5.霜月学院特別クラス

今朝になって購買に用意されていたのは普通の制服と、柔道着、そしてトレーニング用の動きやすそうな上下二着。思っていたよりまともでよかったですよ。ボディービルダーの着ているような、もうなんですか、筋肉のの字もないだらけたやつを罰するようなのが出てきたらどうしようかと。

・・・まあ半袖半ズボンで体格は大体わかってしまうのですが。

さて、この学校の時間設定は独特だ。

5時起床、30分後にトレーニングルーム集合で軽い?運動。その後食事で一時間もらえる。そこで着替えて勉強、そして運動、運動、運動。

俺は今日一日で学んだことがある。この学院にいじめは存在しない、絶対に。なぜならあの大男久松でさえ隣で倒れているのだから。

一般的にいじめとは暇を持て余していたり、ストレスを溜め込んでいたり不満を抱えていたりなどといった場合に起こるのだろう。

ストレスとは大抵運動と睡眠で解消され、不満はそもそも抱く時間がなければ意味がない。余裕がなこればならないものだ。

・・・我々に余裕はありや?否。退屈な時間?否。いじめられる弱者・・・対象となるならこの五人全員だろうが、一般のC組の方々は同情の目を向けるのみ。当然だ、彼らも同じ目に遭っていたのだから。

今の、五人揃って浜に打ち上げられた死んだマグロのようになるまでには色々あったのだ。

最初に倒れたのは中野、次いで先輩、俺、神田。持久力化け物の名をほしいままにしている久松を横目に見ながら、筋トレをやらされ続ける4人。

そのうち久松が苦手な特訓に入って1分弱、ばったりと。盛大に。

さて、寝転びトレーニングすらできなくなった、つまり腕、腹筋、立ったままではあまり使わない足の筋肉まで麻痺する者たちが現れ、俺もついに離脱、久松も程なくして遠い目になっていた。

今日は長い一日だった。授業?あ、あったよ。席は自由だったため、極力久松から遠い場所を陣取っていたら、なんとC組の名前知らない方の女の子が同じクラスでした。他にも数名おりましたが、みんな知らない顔で男。

ちなみに彼女と席が隣になったのですが、花岡の取り巻きと似たような臭いがするのでちょっと苦手だ。最初は友好的だったとしても、一度嫌われれば普通に席に近づいてこなくなるだろう。ま、この学院ではな。それでも机の中に物を入れる気になれないのは仕方がない。いつ土塊つちくれや虫、ガムやゴミが入ってくるかしれないので。

しかし授業は素晴らしい。やる気が違うからというのももちろん大きいだろうが、ひと教室10人弱に対して教師が2人体制なので、ちょっとわからない場合などは授業を妨げることなく質問できるのがなにより楽だ。進度は頗る早く、一番遅れている人に合わせてはいるが、その間進んでいる連中は練習問題を解かされたり先取りしていたりと様々だ。どの教科を取ってみてもそれは変わらず、宿題の量も適度でいい。実は何もないと困るかなとか思っていたからね。

そして授業後なぜか女の子、もとい松永まつなが 結花ゆかさんに礼を言われる俺。なんでも、彼女が質問したくてもできなかった所を俺がしたからだそう。人の目そのものにちょっとした恐怖を感じるため、極力筆談ですませるようにしてきたらしいが余りに無礼と思うらしく、最近では思うように先生を呼ぶこともできなかったとか。

そんな事情があるなら言ってくれればいくらでも質問しよう、てなことは伝えておいた。多分彼女が普通に話せるのはこの前髪のおかげなんだろうなあ、だってほとんど見えないもん。

さて、回想に浸っていたところ担任坂本及び助手の安藤さんが現れた・・・これが担任の仕事。小柄な中野は背に、久松と俺は米袋のように担がれた。先輩と神田は猿女に背負われて、寮の浴室へと運ばれる。

「体を温めれば恐らく足くらいは動くようになるだろう。もし立てないやつがいたら助けてやってくれ。お疲れ様。」

そのための足湯コーナー。意外と深さのあるこれの使い方がわからずに、掃除しにくいものつくりよってからにと怒っていたあの頃が懐かしい。

「し、死ぬかと、思った。」

この場を代弁する先輩。久松でさえ頷いた。

「これ明日休みにならないですかね?動ける気しない。」

神田君の言う通りだが、ここでくじけていては半年卒業の夢は叶わない。みんなが休みでも俺はやるぞ?石に齧りついてもな!

各々なんとか立ち上がると、久松を除いて寮へ帰還した。別に立てなかったのでなく、風呂に入るのだそう。

山だから下よりは涼しいんだけどね、入る気にはならないよ。

帰ると、心配そうな表情の深琴君。よれよれなのでね。

この日は先にシャワーにさせてもらい、椅子の力を借りながらなんとかボリューム満点の食事とあっさり目のものを作りましたよ。食欲なくてもこういうとき食べないと死ぬ、絶対。食べた後すぐに寝ると牛になるといいますが、もう知りません・・・あ、宿題。

「浪花さん、今日は僕の勉強はいいですから、早く寝てくださいね、朝早いですから。」

「ごめんね、ありがとう。」

天使・・・俺の部屋に住む天使・・・俺には似合わなかったろう服をいとも簡単に着こなした深琴君が菩薩様に見え始めた・・・死にそう。

大した量ではなかったが、激しい全身の痛みの前に一時間もかけて終了、今日という日は暮れて行きました。

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