4.変な奴ら

問題発生。俺の前髪の危機。

今日から一応の登校で、まだ制服のない(あると思ってなかったんだけど)俺たち3人と、先輩と同室で高一の中野を誘ってだだっ広い道場に入ったら・・・すでにいたのは一般組だろう。女子2人に対する男の多さよ。だいたい20人くらいだろうが、存在が大きいんだ、全体的に。

そこに完全アウェーな4人。中野もそんなに大きくないモヤシなので、熊の群れの中に子鹿が紛れ込んだ感じ。挨拶もままならずに隅っこで固まっていたら、1人の女の子が近づいてきた。アジアンビューティーと言うのだろう。浅黒い健康的な肌のよく似合う、ポニーテールできつく一つにまとめた凛々しい美貌の持ち主だ。しかしなぜ屋内でサングラス!似合ってるけどさ。

「夏休み編入組ね。私は勇子。桜田さくらだ勇子ゆうこよ。よろしく。勇子でいいわ。」

各々名乗っている間に、遠巻きにしていた数名が集まってきた。

「俺は蒲原かんばら 虎徹こてつだ。筋肉なら負けないぞ?よろしく!」

爽やかな挨拶と裏腹にものすごい熱烈な握手を交わされ、危うく骨を折るところだった。筋骨隆々とはまさにこのこと。しかし、ここに来てからの周囲が友好的すぎて逆に怖い。

「おい、その髪鬱陶しいんだけど。なんとかならないわけ。」

そして最初に戻る。これまでは鮒羽というある種のガードマンのおかげでこの前髪には触れられもせず、俺自身、髭剃るときくらいしか鏡は見ないし、それも口元だけでいいため今どういう状態かなどわからない。・・・目が3つになってたりしたらどうしよう。なんせ最後に見たのは多分小学校。きゃー怖い。

さて、目の前でイライラしている御仁は今にも人を切りつけそうな形相の、超がつくほど怖い美形の男。光が当たると金色っぽく見える髪 。だいたい百七十いくかいかないかくらいの身長だろうが、そんな風にはとても見えない巨人並みの恐ろしさ・・・

あ、そう。俺髪黒のはずだ。うん真っ暗。

お願いだからさ同志よ、君らまで俺の顔覗き込もうとするのやめて。・・・人集まって来てるじゃん!

「なあやっさん、そんないらーて雰囲気出さないでよ怖い。」

ちょっと老け顔の糸目垂れ目の人・・・だらだら話すから余計眠そうに見えるよ。

「うるさい!橋下は黙ってろ。これはどうにかしてやらないと気が済まない。」

「わ・・・」

遂に白昼俺の顔が・・・

「これは・・・犯罪だな。」

先輩いぃぃ!泣きますよ、俺泣きますよ!

「想像を凌駕することってあるんですね。」

冷静なコメントありがとう中野氏。

「・・・すごいね。」

一般三人の語彙力!大丈夫?ねぇ、ねえ!

「切れとは言わないが、邪魔になっても知らないからな。」

視界を塞ぐ黒い壁が戻ってきた。言葉で言い表しきれない安心感。

先ほどよりさらに険悪な表情になって颯爽と去っていく「やっさん」。このタイプはそもそも人と関わろうとしない、割と強烈だがひどいことはしてこない・・・はず、たぶん。

そこに登場坂本さん。と、誰。

俺は何度も言うように、ちょっと姿勢は悪いが180ジャストの身長がある。たとえ自分より大きい鮒羽であっても五センチ違わなければ見上げることは立っていればあり得ない・・・それがこいつ、顔が見えない。

「彼は久松ひさまつ 邦男くにおだ。そこの4人と同じクラスになる。」

「あ、先生。クラスメイトってもしかして五人だけ・・・とか?」

いつも先輩はナイスなのだ。よく気付くし聞きたいこと聞いてくれる・・・

いかん!卑屈モードに入っちゃいかん!ここに来ているのは自分のためにあらず。全ては深琴君のため!どんな暴力が待っていようが何されようが構いはしない覚悟だ!

「その通りだ。クラスで動くのがどれくらいになるかはお前たち次第だが。今この道場にいるのは皆自分の体質との付き合い方を模索している者たちだ。君らが合流するとしたらまずこのC組になるだろう。」

さて、まだ道着とか引っくるめてなにもない俺たちは「軽い運動」とやらをやらされた後勉学の教室へ移動・・・

ある程度余裕でスタスタ歩いているのはデカブツのみ。辛うじて歩いているのは俺と神田。先輩と中野は俺と神田に引き摺られている。持ち上げろなんて無茶言わないで。みこっちゃん曰く治癒スピード三分の一の俺まだ痛み引いてない。疲労に関係ないから!

ぼろぼろの4人を他人事のように教室前で見ている顔を見ると・・・いや、イケメンとか思いたくないんだけどさ、何?・・・間違いなく鮒羽と同じくらい整っている。端正で軽く睨んでいるからちょっと怖い。甘さや浮ついたところのない、辛辣な雰囲気さえ感じる引き締まった顔立ちだ。肌の色からしても元々運動はやっていたのだろう。この4人と違って!

「こ、こんな所でくたばってなるものか・・・くそぅ。」

声の主は中野君。なぜか神田君はうんざりした顔になっている。

「僕は、僕は剣道で段取らなければ・・・でなければ死んでしまう・・・」

なぜ!why?そんな奇病があるのか?

「・・・中野君、いつ異世界に召集されてもいいように、強くなりに来たんだって。」

俺の耳元でボソッと呟く先輩。ルームメイト先輩の気苦労の程が知れる。

さて、取り敢えず五人揃って教室に入ると、担任と女性・・・多分、が待っていた。

ここは普通の教室よりちょっと狭い予備室のようで、黒板ではなくホワイトボードというおしゃれさ。全体的に白を基調とした清潔感重視の空間。

「完全に潰れたのは2人だけか。まあ上々だな。今から配るのは、一般授業のクラスだ。一番上に記された数字が教室番号になる。」

さて俺は・・・ダブルオーエイト。

「ここでは、平均に持っていくための運動より他に量的な平等は重視されない。つまり、 個人にとって最も適当と思われる授業進度が選択され、それは運動の方でも変わらない。この学院は質的平等を徹底したと言っていいだろう。」

女性もこっくり頷くと、ホワイトボードに一ヶ月、およそ半年カケル四と記した。

「卒業資格が欲しい場合、一定の基準を満たさなければいけません。谷崎君の一ヶ月予定ではほぼ不可能。ほかの4人も努力次第ではありますが、決して易しいことではありません。当方は卒業資格取得の意思如何によって様々に配慮をしてはおりますが・・・」

「あの、俺!半年に伸ばすんで卒業資格くぅださい!」

噛みましたね先輩。山猿のような女性教諭と思しき人はちょっと笑って頷いた。

「あ、俺も卒業資格・・・希望は半年ですけど、何年かかっても欲しいです。」

ちょ、なんでデカブツに睨まれなきゃいけないの?ありのままの事実だ!

「他の人たちで、特にこだわりのない人は?・・・いないわね。それじゃあ地獄より厳しくなると思うけど、がんばりなさいね。」

にこやかに言わないで、怖いから!・・・けどやる時やらないでどうする!いざというとき、あの子を俺と同じ目に遭わせて俺は泣くだけしかできない?冗談じゃない!

「さて、まずはお互いを知ることからだ。私は知っての通り坂本・・・坂本さかもと 飴玉きゃんでぃー・・・だ。君らの担任になる。」

みなさん、キラキラネームとか、本当にかわいそうなのでやめたげて。どんなに赤ちゃんが可愛らしくてもヤクザもかくやのおっさんに育った場合悲惨なので。一瞬決まり悪そうな顔をした坂本氏だったが、今は監獄から出て来た囚人のように、 なんとなく清々しい顔をして見える。

「私のことは親代わりと思ってくれて構わない。この五人の成績や教室、道場の把握は全て私が行う。それから彼女はサポート役の安藤だ。

自己紹介しろと言っても好きな食べ物とか言い出しそうで面倒だ。必要事項だけ私が述べるが、構わないか。」

拒否できないよな、普通。いじめられっ子黙認の浪花、何を言われるのだろう。

「・・・まず、こちらから見て左から二番目の小さいのが神田 悠一。脚力がずば抜けているが、他の筋力が弱い。学力は10段階に大雑把に分けた区分のうち、3のクラスに入る。それから一番右の廊下側にいる忍者もどきが谷崎たにざき 優弥ゆうや。神経過敏の毛が有り、少しの温度変化まで感知できる。」

病気のものとは少なからず違うらしい。でもただの埃アレルギーとか

じゃなかったのか。

「学力段階は5、つまり標準、だな。で、神田の右隣の細っこいのが 中野なかの 秋朔しゅうさく・・・空想癖があるが、それ以上に物事の処理速度が速く右手と左手で違う文章を同時に書くことができる。睡眠または空想時間はかなりの時間必要だ。学力は10、ここに入られる奴はそういない 。」

すごいやつだったのか・・・おかしい人だと思ってしまった自分が情けない。

「中野の隣にいる前髪は浪花 雅都だ。」

不意打ち・・・あ、全部五十音順か。

「怪我の治癒が人の三倍の速さだ。その代わり大飯食らいで、食のバランスが崩れると致命的な体調不良を招くだろう。学力は8だな。そこそこできる部類だ。」

「え?」

思わず口に出てしまった。 あ、もしかして試験で奇跡でも起きたか。でなければ俺は標準以下のはず。

「・・・そうだ、あと彼は人間不信と卑屈を兼ね備えている。」

その情報は一体どこから。しかし卑屈じゃなくて正統に評価した結果なんだ。でなければあんなふうにいじめられたりしないさ。

「最後に一番窓際にいる大きいのは久松邦男。持久力に優れるが、フットワークが課題。で、力が強いんだが、抑制しずらい。学力は8、と。こんなところか。質問は」

「浪花さんがそうなった原因はなんだったんですか。」

神田君の直球質問。原因?そんなこと言われたって・・・

「質問が悪いよ、そうだなあ・・・その前髪いつからなんですか、とか。」

中野君のフォローがすばらしい。俺のことでなければ。

「えっと、小学三年のときから、かな。」

「なにがきっかけだったんですか。」

・・・鮒羽達に散々貶された、それが多分直接の原因。その中に友だちもいた、そしてあろうことか先生も。しかも間が悪かった。もしかしたら何もない時だったら例え醜くても伸ばそうとは思わなかったかもしれない。でもこの時は・・・父さんは事故で、それから一ヶ月後には母さんと爺ちゃんが病気で死んでしまった、そんなとき。こちらの事情は伏せたから誰も知らなかったと思うけど。

顔を見られたくないっていう自分の願望とも合致したんだと思う。だってもう俺を見たいなんて言う奴はいない。後見人の元担任はしばらく一緒にいただけで、生活が落ち着くと早々に手を引いた。その現実を直視したくなかったのだ。情けない顔を晒したくもなかった。それから始まるいじめ、暴力、愛のかけらもない日々。それこそみーちゃんがいてくれなかったらと思うと、すこし情けない。

そんな話し聞いてどうするの。

「・・・自分の顔嫌いだっただけだよ。」

嘘つき。醜くても、それがあの優しい両親から形作られたのなら嫌いになるはずがない。しょうもない嘘だ。追求されたくないからついた・・・

大きな掌が頭に乗っかって、揺さぶっている。

「浪花、問われたからと言って全てに答える必要はない。嘘をつき馴れないやつが変にごまかすように言うものではない。 根が深い問題ということは想像できた、それで十分だ。」

担任坂本氏・・・もう泣きそうだ。こんなふうに撫でられたのはそれこそ爺ちゃんが最後だ。

「すんません。俺無神経なこと・・・」

「え、えっ!いや、気にしないでよ神田君。そりゃ質問したくなるよ、だから大丈夫!」

こんなふうに謝られるなんて思ってもみなかった。悪い方に行くのは自分のせいだと、思っていた。

「暗い思考回路どうにかしなよ。でもいつかちゃんと前髪切りなよ、その方が絶対面白いから。」

「そうだね、中野くんの言う通りだよ。いっそここ出るとき思い切ってやっちゃえば?」

中野くんも先輩も簡単に!

俺が恐れているのは実際深琴君の冷たくなってしまうだろう目線の方なのだ。これは耐え難い・・・

「他に何かあるか。」

「あ、えーと久松君?はなんか運動とかやってたの。」

なぜか早々に嫌われたらしい俺。久松と言う名のデカブツは実にここに入ってから一言も話をしていない。

先輩は一緒に学年も聴きたかったのだろうが、たぶん坂本先生と同じように基本余計なことは言わないスタンスなのだろう。

「バスケ部、だ。」

なんという低音!艶のあるバスとは・・・軽く声にコンプレックスのある俺には羨ましすぎる。

しかしこの人絶対関わり持とうとしていない。まあいいんだけどさ。

そのあと二、三質疑応答が繰り返された後、各々勉強の教室を確認・・・そしてまさかの久松と同じ教室。

「・・・お前は嫌いだ。」

「わかってるよ、それくらい。」

面と向かって言ってきたが、それはそれで爽快感がある。これまではそんなふうに、拒絶の意思すら表明されないまま罵倒と嘲笑の的だったのだから。それをこの男、おそらくなんらかの理由をもって判断したのがわかるのだ。・・・それに変に気にかける必要がないのは楽だ。「嫌いなんて言ってない」なんていう逃げ口上聞かずにすむんだから。

「そういうところが嫌いなんだ。・・・足引っ張るなら、病院送りになると思え。」

この図体で言われると洒落にならない。筋肉隆々といった風ではないにしろ、かなり筋肉質なのは服の上からで十二分にわかる。とにかく気をつけよう。



深琴君との食事は俄かに活気付いた。これまでは面白い話など何もなくて沈黙に陥りがちだったのだが、新しい環境というのはいい、今日1日であったことをかいつまんで話して聞かせた。

「でも、僕安心しました。皆さん優しそうです。」

「ちょっと怖いくらいだけど、なんとかやっていけそうだよ。」

見えているかわからないが、ちょっと笑ってみせた。

「・・・雅都さん、僕にも前髪の内側見せてくれませんか。」

「まだ、だめ。俺がちゃんと自分で見られるようになるまでは、だめ。」

「・・・僕の秘密聞いたのに?」

ちょっと意地悪な顔になった深琴君。そんなふうに言っても駄目なものはだめ!

なぜと問われたので、理由を簡単に言ってみました。

「なら、仕方ないですね。」

ふっと近づいた深琴君から逃げようとしたとき、露わになった額に唇が押し付けられた。

「あなたは僕のなんですから、見られないなんて嫌です。それに、僕あなたの顔好きなんで、安心してくださ・・・あ、今のなし!えっと・・・そう、人並みだと思うから、うん。な、浪花さん疲れてるでしょ!お風呂にっ。」

どうしたんだろう、俺を必死で風呂場の方に押し込んでしまった。まあとりあえず、前髪そのままの方がよさそうということは理解した。だってあの子を錯乱させてしまったのだから。

「言い忘れてました。あの、期限は二学期中なので。」

「え?」

「僕の護衛、したいならですけど。」

「わかった、がんばるよ。」

事情が変わった。いつまでもこうしてぬくぬくしていられるわけじゃないのだ。そうなれば全力投球するしかない!

新生浪花雅都、ハラキリも厭わない所存。

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