4.破壊
問題が浮上している。明らかに、西條君は学校に行っていない。なんのかんの家事とかほとんどやってくれたりするのだが、義務教育を受けないのはよくない。
「西條君、学校は?」
「・・・実は僕、元々通ってませんから。通信とかで間に合わせていたので。」
「それじゃあ、今度パソコン買ったほうがいいか。・・・大丈夫。減った分は夏にバイトで稼ぐし、それより君の方が大事だからね。」
土日・・・これまでは憂鬱か退屈でしかなかった休日は俺のオアシスと化した。鮒羽の顔を見なくていい。西條君がいてくれる。
「嬉しいんですが、そんな無理しなくてもいいですよ。
それより・・・大丈夫じゃないですよね、それ。」
昨日受けた傷の一つが思いっきり化膿していた。 珍しく半袖なんか着たせいで目ざとく発見されて、薬品一式が揃っているのを確かめて早々に処理されてしまった。一体これまでどんな生活をしていたんだろう?
「あの、僕がいるの、迷惑ですよね。」
「え?」
「・・・いいえ、今はそんなふうに思っていなかったとしても、あなたはきっといつか、僕を嫌いになる。」
嫌いに、なるのか?誰が?彼は俯いて、なぜか泣いていた。やはりこんな気持ちの悪い人間に連れてこられたのは不本意だったか。それもそうだ。いきなりだったんだから。
「いいえ!違います、違います。あなたがあんまりいい人だから・・・ 僕なんて、ただの悪人なんです。」
「悪人だろうが鬼だろうが悪魔だろうが、そんなこと関係ない。君がいてくれるだけでどれほど救われているか・・・だからね、嫌いになんてなるわけないんだよ。」
口下手が災いしている気がする。しかし本当にそうなんだ。どうして、この子を嫌えるのだろう。彼が猫の皮を被った狼どころか、それこそ化け物だったとしても、俺は拒絶できない。なぜって?俺の名前を呼んでくれる、家で出迎えて、一緒にいてくれる、それだけで本当に有難いのだから。泣いている少年にハンカチを渡すと、情けないという顔をして、やっと笑ってくれた。本当に、どうしてこの子を嫌えるというのだろう。
「あ、そうだ。服、鞄に入っていた三着しか入っていないでしょう。これから買ってこようかなって。君はどうする?」
「ありがとうございます。でも、僕あまり外行きたくないんです。 」
「・・・言いたくないならかまわないけど、理由聞いてもいい?」
困ったように項垂れている彼に目線を合わせた。思い詰めたような顔がこちらをそっとみている。
「・・・方向音痴で。一度逸れたら、きっと二度と会えません。だから、嫌です。」
なんてギャップ!全てにおいて完璧そうなのに。
「わかったよ。それじゃあ、サイズだけ測ってもいいかな。俺が適当に買ってくる。」
「スリーサイズくらい、目視でなんとかならないんですか。」
「俺はプロじゃないからね。ほら、手あげて。」
細い。とにかく華奢だ。まだ未発達だからというのも大きいだろうが、すぐに壊れてしまいそうなくらい骨は細い・・・のだが、全体的に微妙に硬い・・・ような。気のせいだろうか。
「あんまり触らないでください。僕、成長したら、もっと筋肉質になる。そうなったら今みたいに触らなくなるでしょう。ちょっとさみしいから。」
ハートを壊したと思えばキューピットもかくやの勢いで弓を引いてくる。目覚めよ俺の理性。子犬のような男の子が上目遣いに寂しいと訴えたからといって、ベッドに押し込んでいい理由にはならない!
「成長はするものだよ。それでいいんだ。子どもだから西條君に声をかけたわけじゃないし。そもそもね、ショタコンじゃないと思うし。」
可愛いなあとは思うけどね。
さて、冗談交じりに無事に測り終えた俺はかなり日差しの強くなった街へ踏み出した。俺の使命は、鮒羽及びその他の連中に見つからないようによさそうな服を購入すること。その際、宅配にするのを忘れないこと。
これからもっと暑くなることを考えると、ポロシャツとか半袖のシャツとかノースリーブ・・・は、ぎりぎりオッケーかな?なんかがいいだろう。あとは短パンか。色白だから鮮やかな色調も着こなすだろう。
・・・待てよ、この180ジャストの男が、しかもこのニート臭さえ漂う癖毛のひどい前髪お化けの高校生が子供服買うとか・・・おかしい。不審者!
「いらっしゃいませ・・・」
笑顔の底に不味いもの見ちゃったって表情が隠れている。でも、こんなもので挫けたまるか!俺がこれまで受けてきた仕打ちはこんなものじゃない、しかも西條君のためだから。
「あの、弟の服、探しに来たんですが・・・」
心から安心しましたという顔になって、色々と教えてもらいました。ありがとう、店員の岩悟さん!
考えてみれば当然だが、こうして子供服を見ている間中、奴らの気配はない。だからと言ってこの買い物を持ち歩くのはちょっといただけない。
それで、手ぶらでそそくさと帰路についた俺だったが・・・
「浪花か?」
そう、俺の名をまともに呼ぶのは、それも低音で呼ぶのは、鮒羽しかいない。あの屈辱からこのかた、忘れようとしていたのに。
「こんな時間に、珍しいな。・・・別にとって食おうってわけじゃない。ちょっと、付いてきてもらいたいってだけでね。」
「俺、今日もう帰りたいんだ。」
青筋が立った。暴力が来る・・・公園の木々の間で。家と反対の方向、少し大きめの公園へ引き摺られていく。
「お前は、俺のおもちゃなんだ。大人しく従え。」
俺の髪は何色だったろうか。黒?茶色?金色?赤?それとも白?
今は何であれ茶色くなっているはず、土と顔が仲良しになっているからね。
「 気持ちの悪いお前に構ってやるのは俺だけだ。わかっているよな、雅都。」
違う、今は断言できる。違うんだ。俺にはあの子がいる。こいつだけじゃない。俺には、こいつだけじゃない。
いつからだろうか、鮒羽以外の人間がまともに近づいて来なくなったのは。幼稚園の時、小学校も低学年の時、俺にもたくさん友達がいた、今から思えばかなり不思議なことだが。でもある時から、父さんが事故で死んだあたりか、それくらいから、奴の暴力が始まり、友達と思っていた人たちは遠巻きにして笑っていた。
愚弄も誹りも今と比でなく降ってきたものだ。
「面白くない。・・・このあいだの続きでもするか?雅都。」
「それは、やめてくれ。 」
風の音、木々を揺らす、爽やかな音。顔を晒され、口付けされた阿呆な俺。気持ち悪い相手に、こんなことをするなんて、いかれている。
「化け物。お前は俺のことだけを見ろ。俺のことだけを求めろ。」
「嫌だ。」
深琴君は今なにをしているだろう?何もしてやれない俺のために、傷の手当てまでしてくれたあの子は・・・。
「俺は、お前の顔なんか見たくない。例え化け物であっても、自分の意思くらい、尊重してやりたい。俺は弱いから、暴力を振るわれた。だけど、お前を求めることはない。」
ああ、言ってしまった。目の前の顔は怒りやいろいろな感情でぐちゃぐちゃだ。それでもこいつは俺の腕を離そうとしない。
「は、ははは。わかったよ。お前の言いたいことは」
乾いた笑い、潤いのない言葉、狂気の混ざったその瞳。
嫌な汗が流れた。こいつは、今から何をするつもりなのか?
「同意もくそも最初から必要ないよなあ。ただのいじめなんだから。暴力を受け入れたように、全部受け入れてもらうぞ。」
半袖一枚の俺の肌に、土が触れた。ああ、やけに空が青く見える。サギが横切ったのは気のせいか
・・・なぜ化け物なんか相手にするのだろう。なぜこんなことをできるのだろう。
「 さて、と。どうしようかなあ。」
答えの決まっているその後を、想像する気も失せて、その後の數十分はただひたすら耐えていた。
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