第七話 巫覡は舞う

 昨日のように、和泉さんの運転する車に乗っていた。

 和泉さんもあたしも巫女装束に着替えている。家と同じ服装なのは助手席のヒムカさんだけだ。

「あの……。ケガレを祓うって。依頼があったんですか?」

 香月さんが手を回しているみたいなのに。

 返事はなかった。

 ハンドルを握ったままで、和泉さんはしきりに首をひねっている。時々、ぶつぶつと何か言ってる。

「ケガレの発生源……。夏越なごしはらえが原因だとすれば」

 ハンドルを切る。運転が昨日よりも荒い気がする。

 しばらく行ったところで、和泉さんは車を停めた。

 降りてみれば何もない場所だ。

 車道の他には野原が広がっているだけ。月に雲がかかっているのでやけに暗く感じる。

 和泉さんはそんな中に歩み出すと方角を確かめるように、あちこちを見回す。指を差して、目を細める。

「ヒムカ。この向き」

 薄闇に赤い色が垂れる。ヒムカさんの長い舌だ。

「ああ、いる」

 宙を舐めて、舌を鳴らす。

「よし。行くよ」

 返事も待たずに和泉さんは駆けだした。

 一瞬迷ったけど、慌てて後を追う。

 巫覡がはく馬乗り袴は股のところでズボン状に分かれているので、スカートみたいな行燈袴よりも動きやすい。

 それでも、和泉さんの走る速度は速過ぎる。

 慌てて走ってもついていくのがやっとだった。

 夜風に揺れる高い草の向こう、不意に闇よりも黒い塊が見えた。

 ケガレだ。

 人に似た形をしている。四肢らしいものを伸ばした黒い塊。

 あちこちからちょこんと跳び出しているのは多分の輪に使われていたかやの残骸だ。

「亜矢ちゃん。祓って」

 足を止めて和泉さんは言った。

 突然のことにあたしも立ち止まりそうになる。でも、有無をいわせないその言葉に、地を蹴っていた。

 ケガレが緩慢な反応を見せた時には、もう懐に跳び込んでいる。

 祝詞を奏で、巫女舞いを踊る。身体を清浄な何かが満たしていく。

 祓戸大神ハラエドノオオカミの気配。

 舞の動作からの突きがケガレの中心を正確に捉えていた。

 ボッ! と、衝撃が突き抜け、ケガレの背が弾ける。

 ――浅い。

 一撃で四散させることができなかった。ここまで走ってきたので、少し汗をかいている。加えて、ケガレは思っていたよりも強力なケガレだった。

 ケガレの四肢らしいものが大きく広がる。反撃が来る。

「二撃目」

 和泉さんはいつもの声で言った。

「巫女舞いは次の動作へに繋げるようにできてる。一撃でダメなら、二撃。舞いは止まらない」

 止まってなかった。「二撃目」と言われた瞬間、身体は反応していた。

 右の拳を突き入れたなら、次はその拳を引いて左の拳を放つことができる。

 連撃。ケガレはまだ祓いきれない。でも、たじろいではいた。

 だから、全身を振り回して、薙ぎ払う形で踵を叩き込む。

 黒い塊が飛び散った。

 ひらりと舞い落ちるのは、茅の輪の一部だったもの。

 もうそこにケガレはいなかった。

 舞いを終えるべく、腕を回し、身を翻した後で、一息をつく。

 首筋を汗が伝い落ちた。

 それから、和泉さんのほうを振り返る。

「亜矢ちゃんが学んできた浦安の舞、悠久の舞……。近代に作られた神楽かぐら舞は、古い御神楽、里神楽をより実践的に、ケガレを効率よく祓うことができるように改良したもの。最も戦闘に特化した巫女舞。だから、それを信じて祓えばいいのよ。何度でも」

「はい。でも……。どうしてですか?」

「ん?」と、和泉さんは首を傾げる。

「どうして、ケガレを見つけることができたんですか? このあたりの依頼は香月さんに抑えられているはずなのに」

「ああ、それは」

 足音が和泉さんの言葉を遮った。

 現れたのは香月さんと、そのもとにいる巫覡研修生たちだった。

「あら、偶然ね」

 ひらひらと、和泉さんが手を振るけど、香月さんは応えない。

「どういうこと?」

 信じられないという表情で、周囲を見回し、草の中に落ちた茅の輪の残骸を睨む。

「偶然ここに散歩に来たら、偶然、ケガレと出会ったから、そのまま祓っちゃったの。わたしたち巫覡だから、役割に従って。ね?」

 こちらを見てウィンクする。

 途端に香月さんと、他の巫覡たちの視線が突き刺さってくる。

 香月さんは何か言おうとして、でも、唇を噛んだ。

「たいへんね。香月さん。四人も研修生を引き受けると。ケガレを全部で四十祓わせないといけないんだもの」

 和泉さんはぎゅっとかわいく握り拳を作った。

「がんばってね」

 明るく愛らしく拳を上げる。

 それから「じゃ、帰ろっか」と、あっさりと歩き出した。

 あたしもそれに続く。

 ギリッと聞こえた音がなんなのかはあまり考えたくない。

 でも、ちょっとだけ思った。

 ざまあみろ。

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