第29回 とある飛空士への追憶

今回、ご紹介するのは、『とある飛空士への追憶』。作者は犬村小六先生です。


被差別階級に生まれた主人公、シャルル。幼い頃、母親が働いていたお屋敷で、彼はそこのお嬢様である少女、ファナと出会います。ひどい差別のせいで運命を嘆いていたシャルルの心を、ファナの純粋な心が救ってくれました。2人が過ごした時間はほんの数分。ですが、シャルルにとっては何よりも大切な思い出となりました。


時は流れ。シャルルは傭兵となりました。飛空士のパイロットとしての腕は立つのですが、生まれのせいで正規の軍人にはなれません。シャルル達傭兵は、空軍正規部隊の囮役を担わされ、多くの命を散らしていました。そんなある日、シャルルは軍の上層部に呼ばれ、1つの極秘任務を言い渡されます。それは、皇子の許嫁である次期皇妃を、皇都まで連れて行くこと。それも、水上偵察機に乗せ、中央海を単機で敵中翔破すること。その許嫁こそが、成長したファナでした。昔のシャルルのことを覚えていない彼女は、一介の飛空士に対して距離を置きます。そんなファナを乗せ、シャルルは空を翔けていくのでした。


本作は、少年と少女の淡い恋を描いた物語です。2人を隔てるのは、階級という大きな壁。さらに一緒にいられるのは、皇都に辿り着くまでのほんの数日だけ。それでも、シャルルはファナとの距離を次第に縮めていきます。別れは必ず来ると分かっていながら。生まれによる迫害を受け入れるシャルル。望まない次期皇妃という運命を諦観するファナ。階級差別という暗い設定を下地にしていても、読後感はとても爽やかです。空の上では身分など関係ない。そんなシャルルの個人的な信条が、二人を優しく結びつけていきます。その過程の積み重ねがとても微笑ましいんですよね。名前付きの登場人物が少なく、二人きりのシーンが長い分、シャルルとファナの心の触れ合いに集中できます。


白河のお気に入りキャラは、もちろんファナ。最初は他人行儀だった彼女が、次第に無邪気な笑顔を見せてくれるようになるのが、本当に可愛いです。2人の物語は悲恋でしょうか、それとも……。


本作は後にアニメ映画化もされ、それに合わせて新装版も発売されました。新装版は大幅な改稿がなされており、これから購入するならそちらの方がよいかと。でも、新装版ではファナの可愛い挿絵がないんですよね。残念。そうだ、どちらも買おう。


本作は後にシリーズ化されています。同じ世界観ではありますが、タイトルによって主人公が異なります。中でも、『とある飛空士への恋歌』はアニメ化されていますので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。そちらは物語の面白さにエンジンがかかるのが、やや遅めですので、序盤の巻で投げ出した方もいらっしゃるかもしれません。ですが、どうかっ、どうか中盤までは読んで下さい。また、『とある飛空士への夜想曲』は、本作のスピンオフ的な内容となっております。読めば、きっと本作との繋がりにニヤリとすることでしょう。海猫とかね!

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