第19回 時空のクロス・ロード

今回、ご紹介するのは『時空のクロス・ロード』。作者は鷹見一幸先生です。


主人公は、お好み焼きを作るのが得意な写真部の部長。幼馴染の少女に呆れられながらも、仲間達と共に部室でお好み焼きを食べる、ごく普通の少年でした。けれど、そんな平和で穏やかな生活に、刺激が欲しいとも考えています。そんなある日、ふとしたことから知り合った謎の老人から、奇妙な装置を受け取ります。それは、今いる世界と似ているようで異なる、平行世界へ飛ぶ装置でした。


そうしてやってきた新たな世界では、あるウイルスによって老人や大人の多くが死亡しています。そのウイルスは、子どもや赤子への感染率や死亡率が低く、生き残った子ども達は身を寄せ合っていました。一方で、食料を求めて暴動が多発し、殺し合いが日常茶飯事。特に「選ばれし者」と称する組織が、子どもを洗脳し兵として使い、自分達の生き残りのために他の人々を殺害していました。そんな地獄のような世界で、主人公は幼馴染の少女と「再会」します。自分がいた世界とは異なる世界で生きる幼馴染。主人公はその世界の幼馴染や子ども達のために何ができるのか、と元いた世界と行き来します。その一方で、元の世界の幼馴染は、そんな主人公の変化に気づき、彼が遠くに行ってしまうような不安に駆られるのでした。


本作は、文明が崩壊し、人々の心も荒廃した世界を描いた作品です。主人公が元いた平和な世界とは違う過酷さ、それでも逞しく生きようともがく若者達が上手く表現されています。ここでポイントとなるのが、主人公は装置を使うことで、元いた世界と荒廃した世界を自由に行き来できる、という点です。これにより、平和な世界との振れ幅をより激しく読者の心に与え、荒廃した世界で懸命に生きる仲間達への感情移入がより深まります。一方で、平和な世界(主人公にとっての仲間達との当たり前の日々)の大切さも実感できます。特に、元の世界の幼馴染と、荒廃した世界の幼馴染。共に主人公のことを本気で心配し、信頼する健気な少女です。二人(?)とも、主人公が並行世界を行き来していることを知りません。主人公はどちらの世界も守ることができるのでしょうか。


白河のお気に入りキャラは栗野武士。山岳部(本人が探検部に改名しましたが)に所属する主人公の仲間です。マッチョな肉体に豪胆な性格の持ち主。どちらの世界においても、主人公のことを本気で信頼する熱き男でして。二つの世界の彼も、平和と地獄の振れ幅を読者に与える重要な役です。


本作はシリーズ化しましたが、各巻によって主人公が異なるオムニバス形式を採用しています。最終譚では、それまでバラバラだったストーリーが、一つに収束しながら完結するのが、読んでいて楽しかったです。

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