第3話 コピー機

「それでは、佐倉田さんは"エロい"絵を今すぐに書き始めてください」


相変わらず強調するな⋯⋯という邪念は彼女の目線で直ぐに消した。


「⋯⋯はい。」


「悪魔ちゃんは、とりあえずお茶を入れてあげて」


「かしこまりました」


 俺の部屋⋯⋯


「デカすぎるわ!」


 落ち着けないほどの広さだわ。うちのリビングの3倍くらいあるもん。


 しかし、本棚まであるし凄いな。


「紅茶です」


「ありがとう、"悪魔あくま"ちゃん」


 ドン────


「"悪魔あくま"じゃない、デビルだ!」


 いや、どっちでもやばさは変わらないだろ⋯⋯


「あーはいはい。デビルちゃんね」


「"ちゃん"を付けるな! 付けていいのは柊木様だけだ!」


 様って⋯⋯どんだけ信仰してるんだよ。宗教かよ。


「あーめんどくせぇ。分かったよ。デビル」


「分かったならいいんです」


「で?なんでまだいるんだ?」


「えっと⋯⋯その⋯⋯なんでもないです!」


 ────ドン!


「あっちゃ!」


「え⋯⋯?」


 デビルの袖がカップに当たってしまったようだ。


「どうしたの!?」


「火傷した。帰る」


「⋯⋯?悪魔ちゃんが作ったのってアイスティーよね?火傷するわけないと思うんだけど」


 なんでアイスティーってこいつが知ってんだよ。カップ立ったからいけると思ったんだけど、ダメだったか。


「いえ、水出しの紅茶です」


「爺!? え? 爺が出したの?」


「いえ、お作りになったのは悪魔様です」


「ふぅ~ん? そうなんだ?」


 全く信用していない。


「爺を信用出来ないのですか!?」


「当たり前よ!」


 しかもドヤ顔。ショックで爺が死ぬぞ、おい。


「お嬢⋯⋯ま⋯⋯まさか⋯⋯そんな⋯⋯お言葉⋯⋯」


 ほら、精神的に死んじゃったよ。もはや立てない状態になっちゃったよ。


「ありがたき幸せ!」


 は? なんでテンション上がってんの? ドMなの? この爺さん、ドMなの?何考えてんの?

 さっきまでのはなんなの?


 ────ツッコミは心の中で。


「佐倉田様、すぐに代わりをお持ち致しますので少々お待ちください」


「は、はい⋯⋯」


 なんかこの家の人ってやばいのかな⋯⋯?


「とりあえず、描いてくださいね」


「終わってるぞ」


「え!?早くないですか!?」


「20秒あればラフくらい描ける」


「さすが、私の見極めは正しかったのですね」


 嘘だからね?本当は暇だったから家で描いてただけだからね?


「じゃあ、俺は帰るな」


 肩を掴まれた。しかも中々の握力である。


「あと100枚は⋯⋯?」


「コピーすればいいだろ?」


「コピー機あると思ってるの?」


 え?このご時世にプリンターとかでコピー出来ない方がおかしくない?


「⋯⋯ないんですか?」


 肩の掴む力が強くなった。


「ないんですね。分かりました。すぐに書きます」


 そして、帰ったのは次の日の23時だった。


 幸い、弟は柊木のお手伝いさんの1人がお世話してくれたそうだ。


 弟曰く


 ────ご飯はお兄ちゃんの30倍美味しかった。


 ────ゲームもしてくれて優しかった。


 ────ずっと、柊木さんの家にいていいよ。


 だそうだ。


 弟まで悪魔化してきている気がする。兄としては若干悔しいが仕方がない。


 そして、またダメ出しをされまた書き直す。


「コピー機買えよ!」


「もったいないじゃない」


「こんなに用意出来る経済力あるなら、コピー機の1台や2台、紙を破って捨てるくらいだろ」


「ごめん、その例えが全くわからない」


「あ、そう」


 早く帰りたい。連日の徹夜で身体から魂が抜けかけている。


 家に帰ったら絶対、気絶するな。これ。


「寝るならベッド使ってね?」


 え? ベッド? あったっけ?


 椅子を回転させると、そこにはベッドがあった。


「あ、天国だ~!」


 肩を掴まれ、一言。


「まだ行かせないわよ?」


 鬼! 悪魔! 人間の屑!


 もうしばらくは寝れない俺はさておき、悪魔というと⋯⋯


「⋯⋯!ー!⋯⋯!ー!」の繰り返しである。


 もはや何をやってるのか分からない。


 まぁ、俺の弟は言うまでもなく寝ているだろう⋯⋯


 柊木さんの膝枕で。


「え!? なんでいるの!?」


 というより、柊木さんの膝枕で寝れるとか幸せすぎやしませんかね?


「疲れていたようなので⋯⋯」


「そこのベッドに寝かせておいてください」


「貴方は寝ないのですか?」


「弟の方が大切ですから」


「まぁ、なんて心が美しい!」


 とはなるはずがない。


「佐倉田さん? なーんーでー寝ているのですか?」


「なぬ!?」


 止めて、それ以上強く掴まれたら折れちゃう。俺の肩折れちゃうから!


「もう一度言いますか?」


「いえ、分かっているので大丈夫です」


「なら、やるべき事も分かりますよね?」


「はい。分かっております。直ちにやります」


 これがブラック企業(豪邸)の実態である。


 しかも寝たのなんて、せいぜい1時間だぞ?もはや寝てない同然だろ。


「⋯⋯コピー機」


 なんでないんだ!


 もはや呟き始めているようだ。


 魂がだんだんと離れて言っている感覚がある。


 ガシッ────


「なんじゃ!? なにがあったのじゃ!?」


「なに、変な夢見てるんですか?」


「ち、違うんです。寝てはいないはずなんです!」


「⋯⋯はず? ⋯⋯へぇ? ⋯⋯で? コピー機、そこに用意しましたけど?」


 お嬢様のくせに口が悪い⋯⋯


「あ、ありがとう⋯⋯」


 はい。睨まれました。


「ありがとうございます⋯⋯」


 今までの苦労は全てこのコピー機で無駄になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る