源三郎江戸日記(弟四部)80 大砲を一門、船に乗せろと言つて岡に上ると、才蔵が待っており、奴らは戦支度をしています、一門の山内豊勝が屋敷に10人が手勢を連れて入りました、その数およそ60


源三郎江戸日記(弟四部)80


大砲を一門、船に乗せろと言つて岡に上ると、才蔵が待っており、奴らは戦支度をしています、一門の山内豊勝が屋敷に10人が手勢を連れて入りました、その数およそ60人鉄砲10丁を門の、

後ろに並べています、打ち込むところを討ち取ろうと言う腹です、いずれも戦支度をしていますと言うので、10人の家来にしては少ないなと言うと、山形が昨今規定通りの家臣など雇って、

いませんと言うので、


豊勝は何石じあと聞くと、2100石との事ですと言うので、それでは怒るのも無理ないな、家禄半減以下だからなあ、他の者も2000石近いのじあろうというと、そうです一番低いもので1600、

石だそうですと言ったのです、鉄砲を構えているところを狙撃できる場所はないかときくと、門から約200間離れた所に寺があり、三重の塔があります、その一番上からですと丸見えで狙撃、

できますと言うので、


山形達5人は15丁の鉄砲をもち、3連射して15人の肩を射抜いてやれ、終われば我々に合流せよ、撃ち終わったら門を爆破する、船子15人が炸裂弾を射るのだ、二発づつ射れば半分以上倒せ、

るじあろう、後は突撃して切り払うぞ、準備が出来たら赤い矢を空に向って射るので、一斉に銃撃しろと言うと、承知と返事したのです、それでは行くぞと言って、進んで行ったのです、

まずは飛猿が門に火薬を仕掛けて、


仁蔵が赤矢を、空に向って発射すると、どか~ん、どか~と、連続で15発の銃声が聞こえたのです、源三郎が右手を上げると、飛猿が導火線に火をつけたので、間合いをみて放てと言うと、

どか~んと大きな音がして、門に向って大砲の弾が飛んで行き、大音響がして門が粉々に吹き飛んだのです、門の後ろには大勢が転がり、動揺しているので仁蔵構え放てと言うと、15本の、

炸裂弾が飛んで行き、


一斉に爆発して次々と吹き飛んだのです、見ると30人は転がっています、山形達が追いついたので、行くぞと言うと8人が突撃して乱戦となり、敵方は次々と頭や肩を叩き潰されて8人が転、

がったので、これで残りは12人です、さらに踏み込んで切り下げると全員が転がったのです、豊勝の首に刀を突きつけ、その首もらったと一気に振り下ろすと、空気を切り裂く音がして、

顔先3寸を掠めたので、


豊勝は気絶して前にバタンと倒れたのです、次は誰だと言うと、一門は肩を押さえて、お助けくだされと言うので、豊勝の後ろからカツを入れると息を吹き返して震えています、豊勝いま、

のは脅かしだまだ不服と言うならその首叩きおとすぞと言うと、わかり申したおうせに従いますと平伏したのです、ほかの者はと言うと、従いますと言うので、ならば屋敷に帰り謹慎する、

のじあ、


キズついた者は医者に見せてやれ、軽くやっておいたから深手はないじあろう、鉄砲は肩を射抜いただけだ、死にはせんと言うと、それぞれが引き上げたのです、門は早急に修復しなされ、

沙汰は山内公が下されるじあろうと言ったのです、この事はわしの胸の中にしまっておく、土佐藩は改易等にはならぬと言って屋敷を出て、大砲は船にもどせ仁蔵達は船にもどっていて、

くれと言って、


城にあがり御座所に行って、一門の方々見なさったか、総ては忠罰したぞ、みなの者は屋敷に帰りおとなしくするのじあと言うと、ハハハッと言うと、帰っていったのです、一門は総て、

承知しましたぞ、これから一両具足の棟梁に会ってきます、禄は無しとします、税は4公6民で良いですが、これから開発する新田は30年は無税としてその後は4公6民とします、宜しいか、

と言うと、


承知いたしましたが新田開発の費用は捻出できませぬと言うので、それは幕府が1万両下げ渡すと言うと、何とお出し下さるのかと言うので、返す必要はありませぬ、今回浮いた2万石は、

財政改革に使いなされ、一両具足以外の新田開発、物産の奨励に使うのですぞと言うと、承知つかまったと言うので、一両具足に朱印状を書きなされと言うと、書いて渡したので受取っ、

たのです、


4割りを藩に納めるのは、色々と治世に使うから納得するのです、道路も整備せず橋も架け替えず川の治水も行わないのであれば渡す意味等ありませぬ、やる事は苦しくてもやりなされ、

1000石以上の禄は与えてはいけませぬ、与えれば何年か後には、又同じ事が起きますと言うと、わかりもうした肝に銘じますといったのです、それでは松田殿後は頼みますぞ、今回手向、

かったものは不問に付します、


処罰はしなくて宜しいと言ったのです、城を下がり、馬を調達して1万両持ち、8人で一両具足の棟梁徳田源内の処に向ったのです、村に着くと大勢が取り囲んだので、話し合いに来たの、

だ徳田源内の処に案内せいと言うと、案内したので諸国巡察視の、村上源三郎じあと言うと、徳田源内に御座る、何用で御座るかと言うので、藩のやりように、怒っている事はわかるが、

いがみ合うだけでは何の解決にもならぬ、


そなた達も帰農して100年経つ、人も増えて暮していくのも大変じあろう、藩は新田開発の費用も出さず、10石の扶持米は取り上げ、永代2分は反故にされた、怒るのはもっともな事じあ、

山内藩を改易にすれば、又他の大名が、乗り込んでくるだけじあ、食うて行く為には、新田開発をやるしかないじあろうというと、やろうにも金が御座らぬというので、1万両を幕府から、

そなたに下げ渡す、


返すに及ばぬ、これで新田と物産の開発をやるが良いと言うと、まことに御座るかというので、そこに持って来ておる、荷馬車に積んだ1万両を見せると、なぜ幕府がそこまでと言うので、

それがわしの役目なのじあ、遠慮なく受取るが良い、新田は30年税免除する、と言う朱印状じあ約束をやぶったら、これを幕府に提出すれば良いと渡したのです、新田開発の潅漑について、

じあがと水車を使った潅漑方法を教え、


馬にスキをつけた開拓方法を教えたのです、馬を十分用意する事じあと言ったのです、土佐はカツオが沢山取れるそうじあな、鰹節、カツオのたたきは名産じあろう、千石船も一隻そなた、

にやろう、この船は前から風が吹いても前に進めて、夜でも航海できるように工夫してあるので、ここからだと大阪に1日でいける、名産のオッオ節、カッオの叩き等の特産品を大阪で商、

うのじあよ、


これからは藩には頼らずに生きて行くのじあ、武士は没落していくだけじあ、米だけに頼ってはいかん、又新田開発を二万石分やれば、年に1万両の実収入になる、その内の2割りの2千両、

は積み立てるのじあよ、30年で6万両になるであろう、それを新たな投資に使うのじあよ、いままでその努力をしてこなかった、つけがここに来て回って来たのじあよ金があれば色々工夫、

できるのじあ、


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