第9話 同胞~山田太郎視点~

 今日は身体測定がある日だ。はっきり言うと、めんどくさい。行きたくないが、しかし行かなければならない。学校をずる休みしないこと。これは母親と交わした契約(やくそく)なのだ。身体測定がめんどくさいという理由で休むとそう告げた日には間違いなく女神の鉄槌(げんこつ)が下されることになるだろう。そして私は、頭にたんこぶをつけてしばらくの間学校を登校する羽目になる。

 

 ダサすぎる!それは悠久なる闇(エターナルファントム)として死ぬよりも恥ずかしいことだ!


 「じゃぁ学校行ってくるから。」


 家族にそう言い残し、私は今日も学校という名の監獄へ足を運ぶのだった。




 学校に着き教室に入るとにぎやかだった教室はぴたりと静まり返ってしまった。


 盟友達(クラスメイト)は昨日の宣言(あいさつ)で思わず私から漂ってしまう覇気(オーラ)に恐れおののいていたが、まだ私の体から覇気が出てしまっているのだろうか。


 やはり昨日の私の宣言は完璧だった!

 

 この調子でいけば盟友達に私の事を理解してもらうのも、そう遠い未来ではないな。


 少しすると、先導者(せんせい)が教室に来て、朝の学活なるものを始めた。そして何事かを言うと健康調査票というものを配りどこかへ去って行った。どうやら検査を行った後、次の検査が始まるまでに少しの間、時間が余るようだ。


 この時間を使って学校に何か魔法がかけられていないかチェックするか。


 もし仮に奴らが私を探し当てていて、私を害するためにこの学校に何らかの魔法をかけていたら、その魔法を解くことが出来るのは私しかいない。


 視力検査を終わらせて、まだ30分ほど時間があるのを確認し、私は一階から探索を開始することにした。


 「ここには奴らの気配がないな。魔法もかけられていないようだ。」

 「ここにもない。奴らはまだ私を見つけていないのか・・・?」


 一階の空いている教室を探しまわってみたが奴らの気配は感じられなかった。


 何?奴らとは誰のことだって?


 奴らは奴らだ!それ以上でもそれ以下でもない!

でも確かにしっかりした敵の設定を決めた方がいいか。


 私は一階を歩きながら本当は存在しない“奴ら”に関する設定を作り始める。


 そうだな。・・・!!思いついた!奴らは私の強力な魔法の力を恐れて、私を倒そうと考えている魔法使いの秘密結社の一員どもだ。私とは敵対勢力の秘密結社で、日々私が世界の平和を守る時に邪魔をしてくる一員どもだ。


 そしてどうやら今は一年生しかいないらしい。そういえば昨日もらった経典の切れ端(プリント)に学年別時間差登校について書いてあった気がする。思い出した。一年生は午前中、二、三年生は午後にあったはず。

 

 さて、そろそろ教室に戻らないと次の検査があるか。


 次の聴力検査までの時間が近づいていたので、教室に戻り、それから次の検査へと向かう。聴力検査は視力検査より時間がかかるのでその分、検査が終わってからの次の検査までの時間が豊富にある。


 聴力検査も難なく終わらせ、今度は四階を調査することにした。


 !?奴らの仕掛けた魔法の気配がするだと!?馬鹿な!さっきは感じられなかったというのに。


 四階にある特別教室から奴らが仕掛けた魔法の反応がする。気がする。直接魔法が仕掛けられた場所へ行き、魔法に触れて魔法の効力を切らなければ何が起こるか分からない。


 四階の特別教室に向かい、魔法をかけられた場所に手で触れ魔法を解除していく。魔法解除は魔法を仕掛けた者より強い魔力が必要なので、私ぐらいにしか解除は出来ないのだ。


 そうしている内に上から強い反応を感じる。ような気がする。


 「屋上で魔力反応だと!?奴らめ何を考えているんだ。学校を崩壊させるつもりか!?」


 急いで特別教室を出て、屋上へと向かう。昨日学校に張ってあった地図で確認しているため、屋上までの経路は知っている。小走りで進むとすぐ屋上にたどり着いたが、その前には鍵付きの扉があった。


 「くそっ!ここまで来て、奴らの妨害か!」

 

 屋上へ行くには鍵が必要か・・・


 そう思ったが、何の気なしに扉を開けてみると、どうやら鍵はかかっていなかったらしく、すんなりと開いて屋上へ入ることが出来た。


 この学校は屋上に鍵をかけないのか?それともたまたま鍵がかかっていなかった?


 頭の中でそう考えたが、どちらにせよ屋上に入れたならいいか、と思い考えるのをやめた。


 天気は快晴で雲一つなく、風が気持ちいい。あまりの心地よさに思わず魔法を解除するのを忘れてしまうところだった。急いで魔法を解除すると扉が開く音がする。


 まさか先導者か!?


 奴らのことを知らない者達に、奴らや魔法の事を話しても理解出来やしない。しかし、この一瞬では言い訳も思いつかない。こうなったら正直に奴らのことを話すしかない。そう思ったがまた考えが巡る。


 わざわざ先導者がここまで見回りに来るか?

 いや、私と同じ様にここまで来たと言うことは私と同じ選ばれし者の可能性が高い!ならばここは同胞を向かい入れる態度で言った方が得策!この学校で初めての同胞を見つけられるかもしれない。


 「お前が選ばれし人間か。待っていたぞ。我が運命の戦友(フェイトメイト)よ。」

 そう振り向いていうとそこにいたのはやはり先導者ではなく、制服をまとった小さな女だった。




 

 「あ、あの山田さん!」

 驚いたことに、その小さな女は私の通称名を知っているようだった。しかし私はその小さな女の名前を知らない。そもそも会ったことはないと思うのだが。

 

 しかしそのようなことは最早どうでもいい、この女は私と同じ選ばれし者なのか?もし同胞になってくれるのなら私にとって身近に出来る初めての同胞になる。


 「いや、何も言わなくていい。私にはすべてが見えている。お前が同じ力を持つ仲間を探しているのだとな。」


 これでどうだ!これで私と同じ存在か見極めてやる。普通の人間なら意味が分からず困惑もしくは言葉が通じない人間にでも会ったかのように逃げ出すだろう。逆にもしこれに肯定的な反応をしたら私と同胞になってくれる可能性が一気に上がる。


 「はい。そうなんです!私、今まで同じような力を持つ人に会ったことがなくて・・・」

 

 小さな女は顔を赤く染めながら恥ずかしそうに手を合わせて、しかし笑顔で私にそう言い切った。


 これは確定だ!私と同じだ。これは是非とも仲良くなってもらわねば・・・!


 生まれて初めて、身近な人が私と同じ存在であるということに心がざわめく。どうなったら同胞になってくれるか頭を最大限に働かせる。


 「そうだろうな。この世で選ばれた人間というのは極めて少ない。私とお前が会えたことはまさに奇跡のよう・・・いや必然だ。この広い世界の中で同じような力を持つものがこうして巡り合えるのは必然以外の何物でもない。」


 こうして必死に頭を働かせて自分が発したのは運命論だった。これは聖本(バイブル)に書いてあったことをそのまま言っただけなのだが、それを良く思い出したものだと自分を褒めたい。

 運命だったにしろ何にしろ、このような小さな少女がまさか選ばれし者だったとは思いにもよらなかった。少しばかり身長が低いことを除けば普通にどこにでもいる女にしか見えないのに実際は世界の真理に気づいた者だとは。人は見かけによらないものだ。


 「それにしても、まさかお前が選ばれしものだったとは、少々驚いた。人は見かけによらないものだな。」


 これは別に悪い意味で言ったわけではなかったのだが目の前の少女はそれを自分の容姿が劣っているという意味だと捉えたようで少し顔色を悪くしてしまった。

 

 「え?はい。確かに私の見た目は山田さんと違って悪いですけど・・・」


 「・・・いや、そういうことではないのだが。まぁいい。」


 私は別にイケメンな訳ではないし、小さな少女も不細工なわけではない、どちらかというとかわいいとは思う。ただし、綺麗かと言われると少し首をかしげてしまう感じは否めないが。


 「あの、山田さん。」


 「ファントムでいい。ファントムと呼べ。私たちは運命の戦友だからな。遠慮する必要はない。」


 「わ、わかりました。ファントムさん。どうして屋上に?」


 このときまで面と向かって真名で呼ばれたことはなかったが、この日初めて自分でつけた真名を呼ばれてみて思いの外恥ずかしく思ってしまった。顔には出ていないと良いのだが。


 そしてやはりどうして屋上に来たかと聞かれてしまった。お前も屋上に来ているではないかと真面目にそう訪ねたくなったが、選ばれし私たちにとってその質問は言葉通りの意味ではなく、私たちが屋上に来るような理由(せってい)を考えて教えろという意味か。


 ならば、私が使っている設定で行こう。私と敵対している秘密結社の奴らが私を追ってこの学校に魔法を仕掛けていた、というものだ。


「なに?お前は何も感じなかったのか?そうか。お前の力はその程度ということか。屋上であれほど強い反応があったというのに。」


「い、いえ。私もちゃんと気づいていましたよ!だから屋上に来たんです!」


 私が話を振るとすぐ食いついて来た。やはり私の考えは間違ってはいなかったとわかる。

 こいつは同胞になってくれる!反応も早いしノリも良い。

 

「そうか、わかっていたか。やはりお前は私のフェイトメイトだな。」


 そう言うと小さな女はうれしそうに頷いて、はい!と私にそう言った。ここで私のさっきの羞恥心が蘇る。すなわち真名で呼ばれることの恥ずかしさだ。やっぱり通称名で呼んでくれないかと喉まで出かかったところだ。しかし自分から真名で呼べと言っておいて、やっぱり恥ずかしいからなしは相手に悪いと思い、せめて周りに聞かれないときだけにしてもらうようにお願いしてもらおうと決意した。


 「その、なんだ・・・ファントムと呼ぶのは二人きりの時だけにしてくれないか?それ以外の時は山田でいい。」


 「別にかまいませんが、どうしてですか?」


 不思議そうに首をかしげてそう私に聞いてくるその小さな女は真面目にそう聞いてくる。自分も同じ立場だったらそう聞き返すだろう。そんな裏表のない顔で言われると、本当の理由を言いたくなるが、それは何か負けた気になるので言わない。 本当の理由は言えないがせめて理由はしっかりした理由を言わねばなるまい。


 「・・・私の真名が悠久なる闇(エターナルファントム)というのはもう知っていると思うが、真名には力が宿っているからな、力の使い方を知らない一般人に呼ばれて、真名に込められている力が暴走するかもしれないから教えたくないのだ。」


 「でも、昨日の自己紹介で思いっきり、真名っていうんですか?それクラスの皆さんに言ってませんでした?」


 く、苦しい・・・


 今思いついた理由を語って見たのだが、思いつきによるもので設定を練り切れていないため矛盾がぽんぽんと出てきてしまう。小さい女も冷静に突っ込まないで流してくれれば良いものを・・・!

 すこし恨めしく思ってしまうが、小さい女に罪はない。ここは設定が煮詰まっていないことを暗に認めて乗り切るしかない。


 「まぁ、真名の力による力の暴走はめったに起こることはないからな。つい口を滑らせてしまったのだ。」


 「なるほど。そういう理由なのですね。わかりました。普段は山田さんとお呼びしますね。」


 こっちからお願いして、さらにそのお願いを条件付きでやめろと伝えているにも関わらず、いやな顔一つせずニコニコとほほえみながら私にそう言ってくるこの女は一体何者だと思ってしまうのは仕方ないのかもしれない。


 こいつは天使か何か聖に連なる者の生まれ変わりか・・・?


 いままで山田さんなんて言われたことがなかったので呼び捨てていいと伝える。顔を赤くして首をブンブンと振りながら呼び捨てに関しては拒否してきたが、こっちの妥協案を飲んでもらい、君づけで読んでもらえるようにしてもらった。


 わかりました。では、山田君って呼びますね。とその女は笑顔を向けてこちらを見る。その笑顔は今まで見たこの女のどの笑顔よりも、いや、今まで見てきたどの笑顔よりも輝いて見えた。


 こうして私は他の選ばれし者、この世の真理に気づかぬ者達は私たちのことを中二病などと呼ぶが、と同胞(ともだち)になることが出来たのである。

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