45. 「どこにだよ」
防刃チョッキの上から支給されたカソック服を着る。コウキは顔をこれでもかというほどしかめながら身支度を整えていた。離れたところに固まっているサンタ・ヴィオラ教会のクラージマンたちが声を潜めることもせずコウキを見て話し込んでいた。
「おい聞いたか? 今日あいつメインやるらしいぜ」
「マジで? でもサポート募集の知らせ来てなかったよな」
「まさか一人でやるとか?」
「ま、あいつ全然喋らないしほんとに独りぼっちでやるつもりかもな。あーあ、可哀そうに」
ケラケラと聞こえてくる言葉を受け、コウキは乱暴に自身の棚の扉を閉めた。睨みつければ、反応が返ってきたことに気をよくしたのか彼らは指差して笑う。
「おぉ、怖」
「殺されないように頑張れよー!」
口々に言葉を浴びせる彼らから逃げるように、コウキはカソック服のボタンを下から順に締めながら歩き出した。
目的地であるサンタ・ヴィオラ教会の入り口には、既に出立の準備を整え終えたクレインが待っていた。息が白く上るほどに冷えた気候に合わせ、漆黒のカソック服の上から上等なローブを纏っている。くすんだ金色の留め金が曇り空の下で鈍く輝き、教会の神父長である威厳を示しているようだ。大きな革製の鞄を脇に抱え、気温と同じように冷えた視線でコウキを見つめている。コウキは自身の防寒具である毛玉の浮いた灰色のマフラーをしっかりと首に巻き付け、モンクストラップの踵を打ち鳴らした。
「遅かったな」
「チョッキ着るのに手間取った」
「何度も着ているものだろう。手間取ることか?」
「成長期なんだよ、言わせんな」
「新品を用意させておこう」
「できれば二サイズ大きい奴で頼む」
「そこまで成長するようにはとても見えないがな」
「無駄にでかいイタリア人共と一緒にするんじゃねえよ」
軽快なやり取りは英語で行われている。単純にそちらの方がコウキの言葉が流暢に出てくるからだ。イタリア語もここ数年の教会暮らしで上達こそしたが、あくまでそれは日常会話を滞りなく進める程度でしかない。通じる人間相手に喋るならば、できるだけ英語で。そういうスタンスがコウキの中で勝手に出来上がっていた。そして、英語がまともに通じる相手にはクレインその人が当てはまる。
コウキは吹きすさぶ寒風に身を縮こめて鼻を啜った。
「さみぃ……」
「夜はもっと冷えるぞ」
「めんどくさ……活動許可証の件がなかったらこんな仕事絶対受けてねえわ」
「だろうな。行くぞ」
「どこにだよ」
「今回は依頼主の自宅に向かう。部屋からどうしても出てこないらしくてな、こちらから出向くことにした」
「あーぁ、これだから引きこもりは嫌なんだよ」
マフラーに顔を埋めながら小声で悪態をつくコウキに、クレインは僅かに眉を上げた。
「お前も似たようなものだろう。他者との関わりを無理に絶とうとしている点では大して変わりない」
「うるせえよ」
わざとらし肩を竦めてコウキはため息を吐いた。耳に痛い正論は聞きたくないと言わんばかりにマフラーをよりしっかりと巻き直す。
やがて、石畳を打ち付けていたクレインの足が止まった。同じく足を止めたコウキは半分睨みつけるように、目的地の建物を見つめた。開店当初は鮮やかな赤い色彩で道行く人々の目を引いていたであろう雨除けも、今ではすっかり年季の入ったボルドーになっている。それすらも町の外観を飾るのに一役買っているようで、落ち着いた色合いの外装をしたクリーニング屋は景色に溶け込んで町の一角に佇んでいた。
「ここだ。準備はできているな」
「それ、聞かなきゃいけない事か?」
胡乱気にクレインを見たコウキに、彼は静かに視線を返しただけだった。そのまま二人は、ゆっくりとした足取りで入り口に向かう。余裕すら垣間見える彼らの後ろ姿は、身寄りのない日本人とその身元保証人ではなく悪魔と戦うクラージマンそのものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます