田代健斗という少年
21. 「何か用か?」
コウキが日本の地を踏んでから数週間が経過した。秋原ちえの一件から、九重教会に悪魔祓いの話は持ちかけられていない。
「あっつい……息が止まる……むしろ止まってる……湿度で殺される……この国絶対おかしい……」
九重教会がある北添市は、東京都郊外とはいえコンクリートを多く有した土地である。直射日光に暖められた空気の中を、ふらふらと覚束ない足取りでコウキは歩いていた。背負われたリュックサックの中には分厚い封筒が入っている。当の昔に提出期限を過ぎたそれを抱えてコウキが目指しているのは、教会から離れた場所に位置する郵便局だった。
「ちょーっと期限過ぎたくらいでうるせえんだよなぁあのおっさんはよ……」
その提出期限を二週間は優に経過しているにも関わらず、コウキの表情に反省の色は見えない。道すがら似内が働いているコンビニで購入したバニラアイスを啜りながら、コウキは額に滲んだ汗を手の甲で拭った。現在気温は三十六度。ほぼ人間の体温と変わらない。サングラスを掛けていても尚、真夏の日光は目に突き刺さる。
「日陰でも涼しくならないとかおかしいだろ……何のための日陰だよ……」
ぐしゃり、とパウチを握り締めて顔をしかめる。手元のゴミを捨てようと辺りを見渡したが、ゴミ箱は見つからない。仕方なく、コウキはそのゴミをジーンズの尻ポケットにねじ込んだ。
「あのぉ」
そんな時、コウキに間延びした声が掛けられた。暑さのせいで眉間に皴が寄ったままのコウキは、思わずその険しい顔のまま振り返った。
軽薄そうな少年だった。高校の制服と思わしき長袖のカッターシャツは着崩され、襟元からは黒いインナーシャツが覗いている。そのくせ、長袖は捲らずにボタンはきっちり全て留められていて、見ているだけで汗をかきそうだ。ブリーチ剤で傷んだ短い髪は直射日光で明るい金色に輝き、その隙間から銀のシンプルなピアスが見え隠れしていた。スラックスの裾は折り返され、白い左足首とそこに結ばれた黒いミサンガがちらりと顔を覗かせている。少年はまだ幼さの残る顔に人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、コウキに近付いてきた。
「……何、もしかして俺に話しかけてる?」
「うん。おにーさんしかいないでしょ」
「そうかい。何か用か?」
「俺ちょっと道に迷っちゃってさあ。この近くのコンビニまでどうやって行くか教えてもらえない?」
へらへらと笑う少年に、コウキは暑さとは違う不快感を覚えた。他人をなめた態度に、言いようのない苛立ちが募る。
「悪いけど、俺ここら辺の人間じゃないから詳しくないぞ。そのスマホで調べろ、スマホで」
コウキの目は、少年のスラックスのポケット部分が四角く膨らんでいるのを見逃さなかった。指摘された少年は一瞬鋭く目を細めたが、すぐさまその剣呑な視線を収めて笑みを形作った。
「たはーっ! そう言えばそうだね! スマホあるのすっかり忘れてた! いやぁごめんね、おにーさん」
わざとらしい反応を残し、ひらひらと手を振って少年は来た道を歩いて行った。その足取りから迷いは感じられず、コウキは眩いカッターシャツの背中を睨みつける。それを追いかけることなく、コウキはただ自分の目的である郵便局に向けて歩き出したのだった。
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