18. 「二十四歳ですけど」

「日本の米ってどうしてこう美味いんだろう……」

 九重教会、居住スペース談話室。コウキはそこに設置された食卓で名嶋が作った握り飯を頬張っていた。炊き立ての米にシンプルな塩と海苔の組み合わせは、彼の日本人のDNAを刺激してやまない。どこか甘さすら感じさせる白米の旨味を、コウキはしみじみと味わった。

「そんなに言うほどかしら? イタリアにもお米はあるでしょ? リゾットだって食べるじゃない」

 談話室から扉一つ隔てた厨房から冷たい麦茶を運んできた名嶋が、困ったように笑う。グラスに入った氷が涼やかな音を立てた。コウキはそれを受け取ると半分ほど一気に飲み、満足げに息を吐いた。

「別に米が食べられないってわけじゃないっすけど、種類がやっぱ違うんすよ。大体スーパーに売ってるのってタイ米だし。日本米が食べたきゃ米農家のところまで行って買い付けなきゃだし。面倒くさいんすよね」

「へぇ、そうなの」

「日本食レストランなんてほとんどがパチモンだし、ちゃんとした和食ってサンタ・ヴィオラの近くではほとんどないんすよ。チャイナタウンも遠かったし」

 喋りながらも、コウキは器用に次の握り飯を口にした。欠食児童もかくやといった様子で目の前の握り飯を平らげるコウキに、名嶋はふと浮かんだ自身の疑問をぶつけた。

「そういえば、あなたってローマに住んでどれくらい経つの?」

「九年っすね。永住権取ってからは三年すけど」

「え?」

「ん?」

 驚愕に目を見開いた名嶋を、コウキは怪訝そうな瞳で見る。頬に米粒が付いていることに気が付かないまま、コウキは首を傾げた。

「なんか俺変なこと言いました?」

「だってあなた、今何歳?」

「二十四歳ですけど」

 ごく当たり前のようにコウキが答えるが、名嶋はその返答を信じられないと言いたげな面持ちで見た。

「じゃあ翠川くんは十五歳からローマにいるってこと?」

「そういうことになりますね」

「親御さんの仕事についていったとか?」

「親は別に関係ないっすよ。最初に引っ越したきっかけはそうですけど、クレインのところに転がり込んだのは自分の意思っす」

「どういう経緯でクラージマンになったか、聞いてもいいかしら」

 コウキは指についた塩を舐めとる。頬についていた米粒に気が付き、それもつまんで口に含んだ。最後の握り飯に手を伸ばしながら、名嶋を一瞥する。

「俺の生い立ちとか聞いても面白くないと思うけど」

「単なる興味よ。話したくなければそれでいいわ」

「うーん……」

 視線を彷徨わせながら、コウキはあー、うー、と唸っている。眉間に力がこもり、皴が寄っている。

「俺、昔の事話すのあんまり得意じゃないんで……」

「それは遠回しなお断りってことでいいかしら」

「まあそうっすね」

 口の中に入っていたモノを嚥下し、コウキは麦茶の入ったグラスを手に取った。グラスの表面は汗をかいていて、テーブルに小さな水たまりを作っている。喉を鳴らして中身を飲み干し、息をついた。

「ごちそうさまでした。めっちゃ美味かったっす」

「お粗末様……そうだ、昨日の悪魔祓いの報告書、ちゃんと正教会に提出しておきなさい。期限は守りなさいよ」

「あー……面倒くさ」

 がちゃがちゃと騒々しい音を立てて食器を片付けながら、コウキは顔をしかめる。嫌な顔をしながらも流しに置いた食器を洗う手を止めないところを見ると、報告書の制作を渋っているだけのようだ。手際よく食器とグラスを洗うコウキの手を眺めながら、名嶋は感心したように呟いた。

「随分手慣れてるのね、食器洗い」

「ん? あぁ、向こうで小遣い稼ぎのために下宿の家事やってたからこういうの得意なんすよ」

「へぇ。じゃあこれからお手伝い、お願いしちゃおうかしら」

「金くれるならいくらでもやりますけど」

「生意気ねぇ」

「どうも」

「褒めてないわよ」

 軽口を叩きながらも、コウキは水切りラックに食器を並べていく。最後の皿を並べ終え、濡れた手を吊り下げられたタオルで拭った。口元に浮いた欠伸を隠そうともしない。

「くぁ……腹いっぱいになったら眠くなってきた。ちょっと寝るか」

「ちょっと! 報告書は!?」

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