09. 「何かつまんねぇなぁ、あんた」
九重教会の裏庭。日の落ち始めた薄暗がりの中で、コウキはぼんやりと煙草を咥えていた。先端から燻る細い煙を目が追いかけているが、思考は全く別の場所を彷徨っていた。
秋原ちえという少女と、彼女が孕む異常性。ちえと同じ目をした人間を、コウキは何度も見てきた。今まで悪魔祓いと称して接してきた数多の人間を思い返しながら、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「煙草の匂いがすると思ったら翠川くんだったのね」
「……禁煙なら別の場所探しますけど」
「屋内で吸わなければ別に構わないわ。ちょっと気になっただけよ」
現れた人影は名嶋だった。肩を竦めながら、彼女はゆっくりとした足取りで距離を詰める。コウキは興味なさげに彼女を一瞥し、また煙草を吸い始めた。
「そっすか……あ、あのお嬢さんどうなりました?」
「今は居住スペースのゲストルームで眠ってるわ。さっきまでずっと泣いてたの。あなたの首を絞めたのが相当ショックだったみたい」
「まぁ、あれくらいの年頃で人を殺しかければそりゃショックも受けるでしょうね」
「今日は教会に泊まってもらう事になってるから、何とか今晩中に片を付けなくちゃ」
「そっすね」
コウキの投げやりな返事で会話は途切れ、そのまま二人の間には沈黙が落ちた。
その静寂を先に破ったのは、名嶋だった。
「翠川くんって、もっとぶっきらぼうで冷たい人間だと思ってた」
「は? なんだそれ、嫌みっすか?」
「違う違う。逆よ」
ひとしきり笑った後、俯いた名嶋は言葉を続ける。
「秋原さんに対しての言葉に驚いたの。神様とか信じてない、なんて言う割には随分と優しい口調だったじゃない? 必ず、とか約束、とか、なんだか頼もしいクラージマンだなぁって思ったのよ」
「ふぅん」
「興味なさげね。賞賛されるのは慣れてるのかしら」
「そういうわけじゃないっすけど……」
短くなった煙草の先端をモンクストラップの裏で擦り、コウキは新しい煙草に火を付ける。コウキの口から、言葉と煙が一緒くたになって吐き出された。
「神様を信じてないのは本当っすよ。そんな曖昧なモノを信じるより、もっと別の分かりやすいモノを信じた方が生きやすいし」
「例えば?」
「金。誰にでも価値が分かって、多く持っていればそれだけ自分のステータスを誇示できるものだし。他にはまぁ名誉とか地位とか色々ありますけど。俺の中では神様ってのは信じるのにキャパを割くほどじゃないんすよ」
「じゃあ、あなたは悪魔は信じるっていうの?」
「逆に聞きますけど、シスターは悪魔って何だと思いますか」
質問を質問で返され、名嶋は言葉に詰まった。サングラスに隔てられていないコウキの真っ直ぐな視線が、名嶋に刺さる。それを受け切れなかった名嶋は目を逸らし、コウキの手から立ち上る煙を視線で追いかけた。
「悪魔は、神に仇成す悪しき存在で……」
「そういう教科書通りの答えは聞いてない。あんたが何だと思ってるかって話」
コウキは変わらず、煙草を吹かしながら名嶋を見ている。名嶋はぐっと息を詰めたが、はっきりとコウキを見つめて言った。
「……私の答えは変わらないわ。悪魔は神の、つまりは私たち神の所有物である人間の敵よ。そして、そのターゲットにされてしまった哀れな人間を救うのが、あなた達クラージマンの使命」
「……はぁ、何かつまんねぇなぁ、あんた」
「なっ……!」
「まぁいいや。とりあえず、今日はあのお嬢さんの件を解決しないとな」
最後に一吹かしした煙草を、コウキは地面に落として踏み消した。大きく伸びをして、教会に戻ろうとする。名嶋はコウキを鋭く呼び止めた。
「ちょっと翠川くん!」
「んだよ。まだなんかあるんすか」
「ポイ捨て禁止! 吸い殻はちゃんと捨てなさい!」
指差された先には、コウキが作りだした無数の吸い殻が散乱している。何度か瞬きをしたコウキは、口を尖らせて嫌そうにそれを拾い集めるのだった。
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