04.5. 「翠川コウキ……」

 九重教会の聖堂。日課の祈りを終えた名嶋は、閉じていた目を開いて小さく息を吐いた。眉間に寄った皴が、彼女の胸中が穏やかなものではないことを如実に表している。

 彼女の脳内を占めているのは、ローマの知人が寄こした日本人クラージマンだ。大ぶりなスクエア型のサングラスをかけ、リュックを背負った痩躯が目の裏に浮かぶ。軽薄な笑みを口元に浮かべたガサツな男、というのが名嶋のコウキに対する第一印象だった。かつて世話になったクレイン司祭の頼みというのもあり、二つ返事で彼に下宿先として部屋を提供したのだが。

「翠川コウキ……」

 幼い頃から教会に足蹴く通っていた名嶋にとって、教会の取り決めや教えは何よりも大切なものだ。だからこそ、聖職者であるにも関わらずそれを軽んじるコウキの存在に説明し難い不快感を感じていた。ファーストインプレッションに加え、不信の徒というのが悪印象に拍車をかけている。

「……ただでさえうちのクラージマンは変なのばっかりなのに、クレインさんもとんでもない奴を寄こしてきたわね」

 首から下げたロザリオを握り締め、苦々し気に名嶋は呟いた。

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