アデルバートとシャルロット
煙に巻かれたメイランド伯爵はぽかんとしたまま、丁寧に追い出された。
女王とサマーフォード卿も講和締結記念の式典に呼ばれて出て行き、テオドールとペイトンは奇妙な目配せの後、急に用事を思い出したといって園亭を後にした。
いま、緑の庭園にはアデルバートとシャルロットの二人きり。シャルロットはアデルバートの手を引っぱって、スミレを植えたある板張りの道に降りた。
シャルロットは話した。
アデルバートたちが軍法会議にかけられたと知り、自分から名乗り出たこと。
証拠として陸軍病院で重傷者を実際に治療してみせたこと。
そして、シャルロットは自分の身と引き換えにアデルバートたちの解放を要求した。だが、サマーフォード卿は取引に応じる代わりに、メイランド伯爵に気づかれないよう、万事がうまくいくようにこっそり女王に取り計らってくれたのだ。
風が、さあっと緑の園を撫でる。
シャルロットは話し終えると、思い切った告白を胸の奥に秘めつつ、アデルバートをちらりと見た。アデルバートがこのもじもじした雰囲気にふさわしい、なにか素晴らしいことをしてくれると期待してもいた。少しどぎまぎしていたが、彼女はしっかり受け止めるつもりだった。
あとはたった一言、ロマンチックな言葉があればいいのだ。
そして、アデルバートが最初に口に出した言葉は、
「君って、……本当に助け甲斐がないね」
「は?」
救いがたいほどロマンがなかった。
「だって、そうでしょ? 同盟軍も帝国軍も秘宝が王冠とか黄金じゃなくて、女の子だって分かってたら、奪い合うつもりなんてハナっからなかったってことだ。また、僕の空回り! 一人相撲だよ!」
シャルロットは唇を噛みしめ、エプロンのスポイトをまさぐった。
治りかけの傷口に消毒薬が飛ぶ。
アデルバートは悲鳴をあげて庭園を転がりまわった。
「いたあ! なにすんだよ、もう!」
「アデルバートのばか! そういうところ、最っ低よ!」
シャルロットはぷいっと顔を背け、一人でそそくさ歩いていく。やや遅れて、とまどい気味のアデルバートが言い訳しながらついていった。
「だ、だって、僕が何もしなくてもシャルロットは助かったじゃないか」
「自分が何の役にも立ってないって本当に思ってるの?」
「事実はそうじゃないか」
「全然そうじゃない」
シャルロットは振り返った。そこは蓮の浮かぶ小さな池のあずまやだった。
「命の力ってね、使えば力の持ち主の命が削れてしまうの。使いすぎたら死んでしまうわ。でも、おばあちゃんは力を捨てたことをずっと後悔してた。自分が辛い思いをしたくないからって、自分に出来ることから逃げていくのは卑怯なことだって言ってたの。だから、私、従軍看護婦になってエルボニン半島に行くことが決まったとき、ちょっと複雑だった。おばあちゃんは力を本来の場所、つまりあの洞窟に封じ込めたことを私に教えてくれたから。私、本当は信じてなかったの。私がそんな力を使える人間だなんて。でも、チョブルイ川の野戦病院で怪我人を見たとき、こう思ったわ。もし私にそんな力が使えるなら逃げるべきじゃない。ちゃんと確かめてみるべきだって。そうすれば、もっとたくさんの人を助けられるから」
シャルロットは一つずつ教えた。
人と違う能力を持つことへの恐れ。
本当はアダムスカヤ街道で引き返しそうと思ったこと。
四人のコサックを相手にかばってくれたアデルバートを見て、力を取り戻すために最後まで行こうと決めたこと。
「あのとき言ったでしょ? 僕を信じてって。だから信じたの。もし、命の力を取り戻して大変なことになっちゃったら、アデルバートは助けてくれるって。そうしたら、あなたは私を守って、助けに来てくれたわ」
アデルバートは顔を赤らめた。シャルロットは微笑んだ。
「ほっぺ、傷になってるわよ」
「え? い、いいよ! もう消毒は……」
シャルロットはアデルバートの頬にキスをした。
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