再会
ペイトンは射撃の名手である。
暗殺者は逃がしたが、代わりにキジバト四羽を仕留めていた。それも胴ではなく頭を撃ちぬいていて、血抜きも済んでいる。
さらに農家で桐製の煙草入れと交換に新鮮なミルクと蕪を手に入れていたので、中断されていた夕食は一気に華やかになった。
「なるほど。あんたがあのコサックどもから坊ちゃんを助けてくれたわけか。礼を言うぜ、男爵」
大判フライパンがかたむき、ソースがジュッと鳴る。食べごろのソテーがテオドールの銀皿に滑り込んだ。
「こちらこそ。あなたの槍に助けられました」
打ち解けやすいペイトンとテオドールはまるで十年来の親友のような気さくさで言葉を交わしていた。テオドールは上品だが豪傑気質があったし、ペイトンも自分と同じくらい腕っ節の強い人間には親しみを感じるのだ。
「あんたの剣もなかなかだったぜ」
「お褒め頂いてどうも。それとまともな食事をどうもありがとうございます。私の舌はどうもこの缶詰という新発明に慣れません。おまけに味付けが……」
「おっほん」
空咳をしながら消毒入りのスポイトをくるくる回すシャルロット。テオドールは慌てて口をつぐんだ。
ペイトンが太い首をぐるっと回して、シャルロットに笑いかける。
「それで、坊ちゃんはこちらのお嬢ちゃんにも助けられたわけだ。よし、たっぷりサービスしてやるよ」
たっぷりソースをかけたソテーが今度はシャルロットの銀の皿に振る舞われる。
「お嬢ちゃんじゃなくて、シャルロットよ」
「チャリオット?」
「シャ・ル・ロッ・ト!」
シャルロットはもう一度注意深く自分の名前を発音した。単身で戦場に乗り込んだ志願看護婦としての意地はお嬢ちゃん扱いと非常に相性が悪い。
ペイトンは舌を噛みそうになりながら、口の中でシャルロットと言ってみた。ペイトンは共和国語で会話は出来るがときどき発音がうまくいかないのだ。
「お嬢ちゃんならうまく発音できるんだけどなあ」
「いやよ。ちゃんと名前で読んで欲しいわ」
「シャーロットでいいか?」
「まあ、戦車呼ばわりされるよりはマシね。いいわよ、それで」
声こそつんとすましているが、その顔はいい匂いをさせるソテーの湯気にあてられて柔らかな笑みに満ちていた。
「おいしそう」
「ペイトンの料理は世界一さ」
ペイトンは恥ずかしくもあり嬉しくもあるときによくやるはにかみ笑いをして、ソテーをアデルバートの皿に盛った。
「しかし、坊ちゃん。秘宝の奪還なんて、正直、楽勝だと思ってましたが……」
ペイトンはフライパンを皿代わりに持ち、肉をザクザク切りながら倒木の上にどっしり座った。
「なにやら雲行きが怪しくなってきましたね。あいつら、帝国の差し金でしょう?」
「うん」と、切った肉を吹き冷ましながらアデルバートが答えた。「恐ろしく腕の立つ奴らだったよ。結局、三人とも逃げられた」
野宿には向かない上品な手つきで肉を切りながらテオドールが言葉を継ぐ。
「私が相手にした女性もかなりの実力の持ち主でした。一対一ならまだしも、もう一人にかかられたときはさすがに肝が冷えました」
「あの子、包帯所にいた子よ」シャルロットが言った。「間違いないわ。灰色髪のあの子よ。どうして、あの子が……」
「そう思うと僕を襲ったもう一人も心当たりがある。声を聞いたんだけど、連合公国の参謀たちにくっついて地図をくれた少年兵とそっくりなんだ。体つきや眼の色もね」
「すると、スパイが同盟軍の本陣に紛れ込んでいたってわけですかい?」
ペイトンが気難しい顔をした。いまいち気合の入らない戦争だったが、帝国も一応やることはやっている。情報収集は怠っていないわけだ。
テオドールはどこからか取り出した純白のナプキンで口を拭きながらつぶやいた。
「参謀たちの地図が一枚紛失したとミクローシュが言っていましたが、これで納得がいきましたね」
ちょっと思案してから、アデルバートが言った。
「テオドール、このこと司令部に伝えたほうがいいかな?」
「その必要はないと思います。我が軍はもうコンスタンチノフスクを目指して進軍を開始しました。明日の今ごろはもう要塞に総攻撃を仕掛けるはずです。総攻撃というのはとかく準備に時間と労力をかけていますので作戦地図が一枚流出したくらいでは攻撃を中止はしないでしょう。だいたいチョブルイ川での敗北があるのですから、帝国には待ち伏せする余力もありません。おそらく要塞に頼って持久戦に持ち込もうとするはずでしょう。以上から考えれば、我々が帰還してスパイのことを通報するのは無駄足になります。それよりもあなたの任務を優先されたほうがいいでしょう」
「そうですよ、坊ちゃん。本隊のほうはあれだけ兵隊と大砲がいるんですから何とかなりますよ。気になるのは秘宝のほうです」
「私も気になる。ねえ、あと岩窟寺院までどのくらいなの?」
アデルバートは皿を脇に置くと地図を拡げた。褐色の紙上に広がる黒い斑点を指差し、
「いま、僕らがいる森はたぶんこの森なんだ。だから、岩窟寺院がある渓谷まで馬でいけば明日の日暮れまでに到着できるよ」
「そんなにかかるの? 地図で見る限り、そんなに離れてなさそうだけど」
「偵察をかわしたりしないといけませんからね」
「それにあの黒子どもだ。あいつら、たぶん懲りてないぞ」
ペイトンは最後の一切れをフォークでぐさりと突き刺した。
シャルロットが聞く。
「また、襲ってくるってこと?」
たずねられ、アデルバートがうなずいた。
帝国兵に慣れない土地、そして謎の黒ずくめ集団。秘宝に近づくほど危険は増えていく。この生真面目な候補生は真顔になって聞いた。
「シャルロット……。もう一度、聞くけど、これからもっと危険なことが起きるかもしれない。それでも一緒に来る?」
シャルロットは暗い雰囲気を笑い飛ばした。
「大丈夫よ。頼りになる三人組がついてるんだから。しっかり守ってね、みんな。でも、怪我をしたらいつでも言って。とびっきりの消毒をしてあげるから」
何も知らないペイトンは豪快に笑ったが、アデルバートとテオドールは怖気を奮いながら先ほどの戦いで拵えた軽傷をこっそり隠した。
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