夜営

「きれいな星空だなあ」

 アデルバートは夜空を見上げてつぶやいた。

 昼の荒野は味気なかったが、夜空はハッと息を飲む美しさだった。

 アデルバートは天文学の講義が受けたくなった。星座の名前と由来が分かれば、星と星のつながりが分かる。夜空に輝く幾万の星々の由来が分かるのだ。だが、星を見上げるものはどうしても物憂げな考えに囚われがちである。アデルバートも例外ではない。

「ペイトンはどこにいるんだろう……」

 焚き火から舞い上がる火の粉を目で追いながら、溜息をつく。

「そのペイトンというのは?」

 横で本を読んでいたテオドールがたずねた。マントはそばにたたんであり、風にはためくといけないので短剣を重石代わりにしていた。

 アデルバートがペイトンについて話そうとすると、鍋をかき回していたシャルロットが口をはさんだ。

「アデルバートのお守りなのよ。ちっちゃなお口にお粥を運んでくれるし、オムツまで替えてくれるんでちゅよねー?」

 シャルロットは木さじを鍋の縁にかけるとオムツを替える真似をしてアデルバートをからかった。

 テオドールの顔つきが、触れてはいけないデリケートな事柄に踏み込もうとして真剣になる。

「アデルバート……。あなた、その歳でオムツを?」

「してません! シャルロットもデタラメ言わないでよ!」

 シャルロットは笑いながら、鍋の肉をほぐした。

 三人は森の中心にあった道沿いの空き地で火を起こし、夕食支度を整えていた。食器はテオドールが持参していた銀食器と綺麗に磨かれた銅製シチューポットが用いられ、材料はアデルバートの缶詰とビスケット、料理係には自信満々のシャルロットが志願した。

 星空の天蓋の下、虫の音と風のささやきに耳を澄ませる。焚き火の上でコトコトフツフツ弾けるシチューを見て、アデルバートがテオドールにささやいた。

「チョブルイ川みたいですね」

「確かに。こんなふうに水面が弾けていましたね。今、思うと恐ろしい戦いでした」

「戦争なんて嫌いよ」シャルロットがぶすっとした。「何が楽しくて好き好んで大怪我なんかするのかしら?」

 シャルロットは厚手の鍋つかみに手を突っ込むと鍋を火からおろした。

「はい、出来たわよ。シャルロット特製野戦糧食シチュー」

 シャルロットは磨きあがったシチューポットに湯気の立つシチューをどぼどぼ落とし、トマト風味の軍隊ビスケットを添えた。

「けっこう苦労したんだから、味わって食べてね」

「ええ、そうさせていただきます」

 昼間はアデルバートとテオドールに助けられたのだから、夜は自分の見せ場にしようと意気込むシャルロット。テオドールはその可愛らしさに微笑んだ。

「いただきまーす!」

 空腹のアデルバートはその手の機微に疎かったので、既にさじでたっぷりシチューをすくい、スプーンごと頬張った。テオドールも少し掬って静かに口に運ぶ。

 今まで経験したことのない刺激が舌と喉を蹂躙し、アデルバートは航海以来久しく出していない言葉を口に出した。

「おえええっ!」

 言葉というよりは嗚咽である。

 目の前で大砲が炸裂しても、肩を銃弾がかすめても、一度に五人の帝国兵と戦ったそのときでも、涼しさを失わなかったテオドールの微笑が大きくぐらついた。

「なかなか……個性的な味、ですね……。人を選ぶ味です」

 テオドールは顔をヒクつかせながらも辛うじて微笑を維持し首をかしげた。

「目がチカチカします……。視覚に訴える料理なんて初めていただきました。……シャルロット。あなた、味見はしたのですか?」

 シャルロットは腰に手をあてて、えへんと威張った。

「するわけないでしょ。食べてからのお楽しみよ」

「あなたの調理方針は性格と同じで、なかなか冒険的ですね……」

 アデルバートが喉の奥から至極失礼な嗚咽をもらした。

「うえっ、おえっ……ぺっ、ぺっ。どうして缶詰と塩だけでこんな味になるの? なんだか物凄く苦いよ」

「アデルバート。そういうものではありませんよ。女性がせっかく作ってくれたものはきちんと食べなければいけません。それがジェントルマン・シップです。二人でこの難物に立ち向かいましょう。さっぱりしたものやいい香りのもので口の中に清涼感を溜め込んで、古今類を見ない苦味に対抗すればいいのです」

「わかりました。僕も軍人です。やるときはやりますよ」

 アデルバートは自分の雑嚢からミントの葉を取り出すと口直しにカリカリかじり始め、テオドールも葡萄酒のフラスコを開けて、口の中を芳香な味でゆすいでいる。

「よし、準備完了」と、アデルバート。

「何とか食べられそうです」テオドールもいつもの微笑を取り戻した。

 こんな態度をとった二人の擦り傷にシャルロットの消毒液が浴びせかけられたのは言うまでもない。

「ふん! いいわよ! 別に無理して食べなくても!」

 シャルロットはすっかり機嫌を損ねてしまい、染み入る痛さにうずくまる二人を残して南の枝道に消えてしまった。アデルバートはバツが悪そうに言った。

「お、怒らせちゃった」

 テオドールも手の擦り傷をさすりながら、シチューを見つめた。

「一生懸命作ってくれたのですからね……」

 近くの木につながれた馬たちも重い雰囲気を感じ取り、機敏に鼻を鳴らした。

 アデルバートは予備水筒に入ったココアを小さな鍋に移して温めなおした。それを三つのマグに注ぎ、一つをテオドールに渡すと、

「ちょっと見に行ってきます」

 と、残り二つのマグを持って、枝道の中に分け入りシャルロットの後を追った。

「純粋ですね」

 テオドールは一人微笑みながら、ココアをすすった。


 シャルロットは森の北に広がるなだらかな斜面で一人ポツンと膝を折って座っていた。

 長い金髪が風にゆっくりなびいている。薄い青のスカートがぼんやり浮かび、褐草混じりの坂の上に広がっていた。

「ねえ、シャルロット」

 アデルバートは後ろの小道からそっと近づいた。

「ココア飲まない? 温めなおしだけどおいしいよ」

 アデルバートは隣に座り、甘い匂いのするマグを差し出した。

 シャルロットはその取っ手に指を絡ませて、口元に持っていくと吹き覚ました後に小さな声で、

「ありがと」

 と、ささやいた。

 二人でマグに息を吹きかけながら熱いココアを少しずつ啜る。

「さっきはごめん。一生懸命作ってくれたのに」

「いいのよ、別に。本当は滅多に料理なんか作らないんだもん」

 シャルロットは拗ねたのと恥ずかしいのが入り混じった思いで胸をかあっとさせた。

 アデルバートはそのへんの情に疎かったので暢気にこんなことを言った。

「へえ。じゃあ、料理はいつもお母さんが作ってくれるんだ」

「ちがう。母さんはいないわ」

 アデルバートはハッと口をつぐみ、辛そうに目を落とした。

「ごめん。無神経なこと言って……」

 シャルロットはあっけらかんと笑って、アデルバートの脇腹をどやした。

「や~ね。勘違いしないで。両親は私が物心着く前に死んでるから悲しいとかそんなのはわからないのよ。それに、七つまではおばあちゃんがいてくれたし」

「……でも、それからは?」

「おばあちゃんが死んじゃった後はずっと施設暮らしよ。……ほら、またそうやって暗い顔する。かわいそがるのはやめてよね。施設って言っても、おいしいご飯とあったかいベッドがちゃんとあったし、友達もいたんだから。明るく楽しく元気よく毎日を過ごせたわ」

 アデルバートが苦笑した。孤児院にいようが、明るく生きるシャルロットの逞しい姿が容易に想像できてしまうからだ。きっと男勝りな幼年時代を送ったのだろう。

「シャルロットってどんな逆境に追い詰められても不死鳥みたいに復活しそうだね」

「それは褒め言葉として受け取ってあげるわ。ココアに免じてね。普通なら容赦しないんだから。……そういえば、アデルバートのこと聞いてなかったわ。両親は元気なの?」

「うん」

「どんな人たち?」

 アデルバートは空を見上げて、小さい星と大きい星が二つ並んでいるのを見つけると思い出し笑いをしながら家族のことを話した。

「少し変わってるんだ。父さんは学者肌でね。小さな大学の古代生物学者なんだけど、なんていうか……おっとりしてて大人しいんだ。いつも裏山で土を削っては何か小さな化石を掘り出して、嬉しそうにはしゃいでる。父さんはその化石を少しずつ集めて、大きな恐竜の化石を再現しようとしてるんだ。ところが、母さんは逆でね。乗馬はするし剣術はピカ一。いつもすばしこくってハキハキ元気がいいんだ。君みたいにね」

「兄弟はいないの?」

「いないよ。僕は一人っ子。でも、ペイトンがいてくれた。ペイトンは僕が生まれてからずっと僕の面倒を見てくれたんだ。父さんみたいに見守ってくれたし、母さんみたいに叱ってくれた。兄弟みたいに遊んでくれて、僕を愛してくれたんだ」

「……大切な人なんだ」

 ココアを少しすする。

 マグに星空を映して不安げにうなずいた。

「だから心配なんだ。今、どこでどうしているのか? 敵に捕まってなきゃいいけど……」

 アデルバートが陰気になりかけると、シャルロットはまた脇腹を小突いた。

「元気出しなさいよ。溜息ばかりで辛気くさいったらありゃしない。ほら、歌にもあるでしょ? 君微笑めば世界中が君と微笑む。まず笑わなきゃ。溜息なんかついてたら、これから先の大冒険は乗り越えられないわよ」

 夜闇の中でもその明るさは日光のように輝いていた。アデルバートは笑わずにはいられなかった。この少女の言うとおり、笑い続ければペイトンがひょっこり戻ってきて、一緒に笑ってくれる気がするのだ。

「君は不思議な子だね」アデルバートが言った。「君の笑顔を見ているとなんだか癒される気がするよ。君にはそういう不思議な力があるのかもね」

「え!」

 不思議な力、というのは褒め言葉のつもりだった。

 だが、シャルロットは急に目を丸くするとアデルバートから目を背けてしまった。

「どうしたの?」

「あのね、アデルバート……」

 シャルロットは難しい顔で躊躇ってからつぶやいた。

「私、宝物がなんだか知ってる……」

 この告白にアデルバートは驚いた。

「本当? でも、どうして君がそんなことを……」

「今は教えてあげられない。このことはテオドールには言わないで」

「よく分からないけど……うん、分かった。言わないよ。でも、宝物の正体を知ってるなんて、君、見かけによらず物知りなんだね」

「見かけによらず、が余計よ」

 二人とも笑いあう。

「行こうか?」

「うん」

 アデルバートは立ち上がり、シャルロットに手を貸した。

 そしてシャルロットが立ち上がった瞬間……

 黒い風が走りこみ、シャルロットの手がアデルバートからもぎ取られた。

「シャルロット!」

 アデルバートは剣の柄に手を走らせかけて、凍りついたように動きを止めた。

 顔まで隠した黒装束はシャルロットの肩に腕を回し、喉元に短剣を突きつけた。黒い布の間から冷たい眼がアデルバートを見つめている。

「この子の命が惜しかったら」黒ずくめの王国語は死刑宣告のように冷たかった。「秘宝の地図を渡しなさい」

 少女の声だった。出来るだけ低くしているが、あどけなさが隠しきれていない。

 短剣が滑り、軽く首を突く。

「ア、アデルバート……」

 シャルロットの頸から血が一筋、白い肌を滴り落ち、ブラウスに染みてゆく。

「やめろ!」

「地図を出しなさい。あなたが持っていることは知っている」

 どこかで聞いた声。マスクから見える翡翠色の瞳もまた見覚えがある。

「あ、あなた、包帯所の……」

 シャルロットは正体に気づいたようだ。

「………………」

 シャルロットと宝の地図を天秤にかけるつもりはない。持っていればすぐに渡したかったが、地図はいま持っていなかった。鞍の裏に隠してあるのだ。アデルバートの剣は鞘に入ったまま。だが、六連発銃が懐に隠してある。鞍のホルスターから移しておいたのだ。それに手が伸びようとすると……

「馬鹿なこと……」

 既に背後を別の影に取られていた。細い指がアデルバートの首をつかみ、きつく絞め上げる。

「う、うぐっ!」

 苦しそうに悶えるアデルバートを見て、シャルロットが自分の戒めを振りほどこうと暴れ始めた。

「アデルバート! ちょっと、放してよ!」

 暴れるシャルロットは短剣の柄で首筋を打たれ、意識を失った。

その間、アデルバートは地面に仰向けに転がされていた。体の向きが変わり、後ろから自分の首を絞める賊の姿も視界に入った。黒い覆面に隠された顔。薄い色の瞳が感情もなくアデルバートを見下ろしている。おそらく少女と思われた。その体格がアデルバートよりも華奢で小柄だったからだ。だが、その首を締め上げる力は異常なくらい強く、とてもではないが抗えない。

 アデルバートを組み伏せたのは筋力に頼った怪力ではない。指の配置、体の位置、体重のかけ方。コツを知りきった不動の剛力がアデルバートの首を絞めているのだ。

「く、あ……」

 アデルバートは空気を求めて喘いだが、息と血が頭に通わず意識が朦朧としてくる。黒衣の賊が静かにつぶやいた。

「ごめんよ」

 それで分かった。自分を絞め殺そうとしている相手は少年だ。

 だが、相手が男だろうが女だろうがもう関係ないように思われた。いくらもがいても苦しさが増すばかりで死がひたひたと近寄ってくるのが分かる。

 シャルロットはどうしただろう? この連中は僕を殺した後、テオドールも殺すつもりだろうか? まさか、シャルロットまで……っ!

 アデルバートは最後の力を振り絞り、手足を振り回した。だが、冷静な賊はただ親指で力をかけるだけで頭に回る血を遮断し、最後の抵抗を跳ね返してしまった。

 視界がぼやけて、意識が遠のく。

 もうだめだ。

 そう覚悟を決めた瞬間、喉に加えられている力が緩んだ。

 ぼやけた視界が線を取り戻す。

 黒衣の少年の肩が大きな手にがっちりつかまれていた。

 コツも技術もないが、生まれながらの怪力。

 そういう力にみなぎった手が暗殺者の肩を万力のように挟んでいるのだ。

 マスクに隠れた暗殺者の顔にも狼狽の色が現れる。

「坊ちゃんから離れろおおっ!」

 怒れる咆哮とともに黒装束の暗殺者は空高く放り投げられた。

闇を舞う暗殺者はくるりと宙返りし、音もなく着地する。

 そこにペイトンの巨体がすかさず躍りかかる。火山弾のようなペイトンの拳が黒装束の細い胴をぶち抜こうと襲いかかった。

 それから三秒の間に起きた出来事は衝撃的だった。少年がふわりと右に避け、ペイトンの腕に触れた。すると巨漢のペイトンが軽々と宙に舞い、背中から地面に叩きつけられたのだ。

 相手は力を加えてもいない。まるで魔法にかけられたようだった。

 だが、ペイトンの体はその大きさにも関わらず、恐ろしいほど敏捷なのである。地面に叩きつけられ、自分の体重がもたらす衝撃に気絶してもおかしくないのだが、その頑丈な足を振り上げるとばたっと立ち上がり、また少年に正面から襲いかかった。

 結果は同じであった。ペイトンの突進を軽々と避け、その体に少し触れただけでペイトンの巨体はぐるっと引っくり返って投げ飛ばされる。

 だが、ペイトンは立ち上がり体を低く構えて、また突進をかける。

「何度かかってきても同じだよ」

 少年はクスッと笑うと、腕の力を抜き、ぶらりと垂らした。

 三度の突進は三度とも投げ飛ばされて終わる。

 だがペイトンは諦めなかった。拳をバキバキ鳴らすと、右拳を固め、左手を開いて、また突っ込んだ。アデルバートの命を危険に晒したこの賊を倒すまで何度でも突撃するつもりだった。ペイトンの腕が左から少年の頭をつかもうと振りかかる。少年はまたふわりと避けようとするが……

 ペイトンは右の拳に隠していたボタンを相手の顔に投げた。飛んでくるボタンに気を取られ、少年は動きを乱した。

 そのころにはペイトンの両手が相手の胸ぐらをつかみ終わっている。ペイトンはその少年を持ち上げるとあらん限りの力で地面に叩きつけた。

「ぐ! うう……」

 不思議な体術の使い手ではあったが、体が細すぎる。ペイトン渾身の投げをまともに食らい、その衝撃で意識を失った。

 

 アデルバートとペイトンは剣を抜く。二人に言葉は要らなかった。黒衣の少年を放置して道外れの草場に走った。もう一人の賊がシャルロットを引き摺って逃げたのだ。

「待て!」

 シャルロットは崖下の空き地でうつ伏せに倒れていた。黒装束の少女はもういなかった。

「シャルロット!」

 アデルバートがシャルロットを仰向けに寝かせ、ペイトンがマッチを擦った。黄色の火に照らされたシャルロットを見て、アデルバートがホッと胸を撫で下ろす。

「よかった、怪我はしてない……って、わあっ!」

 アデルバートの体が丸太のような太い腕にがっちり挟みこまれ、体がぐっと持ち上がった。

「坊ちゃあああん!」

 ペイトンは狂喜してタワシのような剛い髭をアデルバートの頬にがりがり擦りつけ、泣きじゃくって細い胴をめちゃくちゃに締め上げた。

「よかったあ! 無事だったんすね! ホント心配したんですよ!」

「う、うぐぐ」

「坊ちゃん! 本当に、本当に心配したんですよ! あの後、敵も味方もごっちゃになって、坊ちゃんが空を飛んでってどっかに落っこちまって、それで、それで……」

「く、くるしい……うっ」

 アデルバートが気を失って、がくっと首を垂れた。ペイトンは顔を真っ青にし、アデルバートを鐘でも鳴らす勢いでゆさぶりまくった。何度か咳き込む。気つけがわりのココアを飲ませてもらってようやく落ち着くとペイトンの大きな口から質問が噴き出した。

「坊ちゃん、無事再会できたことを喜びたいところなんですが、分からないことだらけで頭がこんがらがっちまいました。――ややっ! 頭と左手の包帯はなんです? 軽傷? 大したことはないんですね。そりゃよかった。坊ちゃんの身に何かあったら、旦那様や奥様に顔向けできませんからね。……それはそうと、さっき襲いかかってきた連中は何者です? 俺も喧嘩に関しちゃ誰にも負けないつもりでしたけど……。ぶん投げられて、背中を地面につけたのは十五年ぶりですよ。でも……」

 ペイトンはシャルロットを見て、にやりと笑った。

「坊ちゃんもなかなか隅におけませんね。ちょっと見ない間にオトナになって……」

「こ、こんなときに何いってるんだよ!」

「そんなに顔を赤くしちゃって」

 アデルバートはすぐ横にしゃがみ、シャルロットの肩を揺すった。シャルロットは何か薬を嗅がされたのか、なかなか目を覚ましそうになかった。

 アデルバートは顔をあげた。

「ペイトン……今までどこにいたんだい?」

「街道を走り回って、坊ちゃんを探してたんですよ。あの戦いの後、すったもんだの末、不覚にも坊ちゃんを見失いましてね。帝国軍の連中が王国軍の少年士官を捕らえて、北に逃げたって聞いたもんですから泡を食って馬を駆ったんです。まあ、結局デマだったんですけどね。そしたら、帝国のコサックどもと偶然鉢合わせしちまって、またすったもんだの末、全員ぶち倒したわけです。相手はみんな手を負傷してたんで手加減してやりましたがね。するとそいつらの一人が坊ちゃんの帽子を串刺しにした槍を持ってたんです、ほら」

 ペイトンは穴を繕った軍帽を取り出した。

「こちとら言葉の通じないコサック相手に身振り手振りと拳骨でいろいろ聞きだして、そいつらの情報を頼りにここらへんを走り回ってたんですよ。で、偶然、坊ちゃんが襲われてるのを見かけて。でも、坊ちゃん……無事で良かった」

 ペイトンがホッと胸を撫で下ろし、目を潤ませる。

「ペイトン。まだ喜ぶのは早いよ」

 アデルバートは帽子を被って、ぴりっと言った。

「森の中にも仲間がいるんだ。ほら、野営地で話した連合公国のカールノゼ中尉だよ。もしかしたら、襲われてるかもしれない……」

 ペイトンはシャルロットを背負い込んだ。

「よくわからんけど、何だか取り込んでるようですね。事情は後で詳しく聞きます。すぐに行きましょう」

 二人は森を目指して、夜道を走った。

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