大上陸
ボートは同盟軍の艦船の間を縫いながら、鏡のように穏やかな海面を進んでいた。
アデルバートは船縁から顔を出し、上下に揺れる波を見ないように目線を上げていた。
雲ひとつない快晴はいつの間にか千切れた雲を一つ二つ浮かべている。
雲の塊は陽光を遮るどころかむしろ白く輝き、光の強さを如実に表していた。
光を反射する日なたの海面は直視できないくらい眩しいが、ボートが艦船の陰に入った途端、海の表情はエメラルド色に変化する。
力強いオールのリズムはこの苦難がもうすぐ終わることを約束している。
その安堵からアデルバートの中に周りを観察する余裕が生まれてきた。
湾外の穏やかな海上に何十隻もの艦船が停泊している。
各船舶は少しでも早く荷を降ろそうと筏や手漕ぎボートを舷側に浮かべ、豚を入れた檻や防水布を巻いた火薬樽、そして船に酔った兵隊たちを下ろしていた。
アデルバートたちの乗るボートは三本マストの外輪汽船のそばを通りかかった。その汽船は共和国の砲兵中隊を輸送していて、いまもスマートな十ポンド砲の砲身を甲板から艀に下ろしている真っ最中だった。宙吊りにされた大砲は不安げにゆれていた。
「やいこらっ、そうっと降ろせや! つぶされちまう!」艀に乗った軍曹がサーベルの腹で宙ぶらりんの砲身を引っ叩いた。「一体何人で降ろしてやがる!」
すると舷側から髭だらけの顔が出てきて、
「五人で降ろしてる!」と答える。
「なにっ! なんでもっと人を呼んで来ない? 大砲の吊り下げには七人の砲兵を使うって説明書に書いてあっただろうが!」
軍曹は艀の中で飛び上がり、帆布製の敷物を引き裂かんばかりに赫怒する。すると髭面の男が困った顔をして、
「仕方ねえだろう。いま後ろのほうでワインを下ろしてる! 大砲よりもあっちのほうがもっと大事だあ!」
「馬鹿野郎!」
軍曹はますます怒った。
「それを先に言え! 大砲を吊るすのは三人で十分だ。二人あっちに回して、ワインを降ろせ! 丁寧にな!」
次に追い越したのは王国の食糧輸送船だった。この輸送船からは牛が集団で逃げ出した。牛たちは甲板の檻を体当たりで壊すと、しょっぱい飼い葉とお仕置きの鞭しかくれなかった家畜担当大尉に怪我を負わせてから海に飛び込んだのだ。牛たちは犬掻きならぬ牛掻きをして見事なくさび型陣形を組み、海岸へ一直線に進んでいる。
輸送船の兵卒たちは大急ぎで漕艇を降ろし、牛を追いかけた。たんこぶをこしらえた大尉がピストルを振り回して兵隊相手に怒鳴っていた。
「牛どもを逃がしたら、代わりに貴様らをステーキにしてやる!」
ステーキにされてはかなわないと兵卒たちはライフルを構え、ボートの舳先からバンバンぶっ放した。王立工廠生まれのブリチェット弾は全て外れて異国の海に吸い込まれていった。
大尉はボートの上で歯軋りした。
「不甲斐ない! 貴様ら全員タルタルステーキの刑だ!」
タルタルステーキの刑とは生肉を無理やり食べさせる刑なのか、それともタルタルステーキにされる刑なのか、牛に逃げられた今となってはどちらも現実的な罰とは言い難い。
さて、こうした混乱を避けて前へ進むと、ついにだだっ広い湾の入り口が見えてきた。
左右から岬が突き出ている。岩肌にはところどころ草木が茂っていて、灰色の岩壁に黒い影を落としていた。
左側の岬には木造のお粗末な灯台が建っていたが、その円屋根には先遣隊によって、ちゃっかり王国旗が掲揚されていた。右側の岬は軍艦鳥の巣がへばりつくだけの何もない岩場だった。
師団長のメイランド伯爵は目をつむって一言もしゃべらない。連隊長のブラウン大佐は少し気分がよくなったのか親しげな言葉をぽつぽつ漏らし始めた。
「リップルコット候補生。君は従卒に恵まれたな」
下位の者に気さくに話しかける大佐をメイランド伯爵がジロリと凝視する。次にその疑り深い目はペイトンとアデルバートに向けられ、『このくらいでいい気になるでない』と尖った警告を飛ばして、また閉じられた。
だが、他の士官がアデルバートとペイトンに向ける目は羨望の眼差しだった。ペイトンは腕っ節が人並みはずれて強く、そして主人であるアデルバートに対し、実に忠実な従卒だった。規則だけでなく、友情と親愛で結ばれた信頼関係とはまるで騎士物語の一節のようだった。
「まったく」と言ったのは先輩士官のマクギルベリー中尉。「うらやましい話だよ。俺の従卒のトーキンズなど隙あらば俺の煙草をちょろまかそうとするし、本国にいたころはしょっちゅう近所の女中や給仕娘を口説きに出かけて、兵舎にはろくにいやしない。それでいて、こっちが落ち度をこっぴどく叱ると、まるで子供のように頬を脹らませるときた。本当に困ったやつなんだよ」
アデルバートは船縁から身を起こして、もう一度ペイトンに向かい合った。
日に焼けた腕をぐいぐい動かし、二十人の士官が乗ったボートをもう三十分以上漕ぎ続けている。
「僕も手伝うよ、ペイトン」
アデルバートはオールにさわろうとするが、ペイトンはさっとオールを引っ込めて触れさせない。
「休んでいてください、坊ちゃん。それよりも景色をご覧になっちゃどうです? 王都じゃ見られない珍しい光景がそこかしこに溢れてますよ」
確かに湾口を過ぎると、そこには見たことのない光景が広がっていた。
艦船がひしめき合い煤煙をたなびかせ、無数の小舟が縦横無尽に海上を走っている。船の街に迷い込んだようなものだ。
海難事故もあった。王国の汽船と連合公国の帆船が上陸地点をめぐって競争し、衝突したのだ。王国の汽船は公国の帆船に横っ腹を破られ、汽船の鉄板がやはり帆船の横っ腹を切り裂いた。両船舶とも既に船尾が水没し、艦全体の沈没も時間の問題だった。
ただ、周りの船は気楽なものだった。死者が一人も出ていないし、沈没するのは取るに足りない退役船だ。救命ボートに分乗した乗組員たちは沈んでいく二隻のまわりを鮫のようにぐるぐる回りながら、斜檣の艦長たちを見守っていた。
というのも、乗組員の全員無事が確認されるまで艦長は船に残るのがシーマンシップであり、面子だったからだ。このとき、両艦はともが沈んだ代わりに舳先が高々と空を向いていた。艦長たちは甲板を這い登り、空に突き出た舳先にしがみついていた。するとお互いの姿を舳先に認めた艦長たちは紳士的な挨拶を交わし、お互いの不遇を嘆いた。
「参りましたな」王国艦の艦長が二角帽を取って、髪をなでつけた。
「ええ、本当に」斜檣に跨った連合公国の艦長もフラスコを取り出して、少しあおった。
「そちらの積荷はなんです?」帽子を頭に戻しながら、王国の艦長がたずねる。
「アザラシの毛皮で拵えたオーバーシューズです。戦争が冬までに終わらなかったら、兵隊に配ろうと思っていたのですが……。まあ、無用の長物だ
と思いますね。ここは暑いし、どうせ戦争なんか一週間で終わるんだから。むしろ沈んでくれて清々するくらいですよ。そちらは?」
「おや、偶然ですね。私のほうも冬物を運んでいたんです。ラッコの帽子ですがね。これがまた暑苦しくて」
「ま、ラッコにしろアザラシにしろ、元は海の生き物なんですから、沈んだところで元の居場所に戻るだけです」
「同感です。まあ、我々としては気楽なもんですよ」
艦長たちは船が完全に沈み、救出されるまでの間、煙草や酒を交換しながら、気のおけない会話を楽しんだのだった。
湾の内壁近くではもう少し深刻な出来事があった。共和国の汽走砲艦が一隻、尋常ではない量の黒煙を吐いていたのだ。重たそうな黒煙は低く垂れ込めて、海面上を滑りながら煤をばら撒いている。海面を揺るがす爆音とともに黒煙の中から赤い焔がちらっと巻き上がった。
「総員退避! 漕艇を降ろせ!」
艦長の叫び声を合図に、煤で真っ黒になった水兵たちが漕艇を降ろしていそいそと艦を捨てていく。士官に指揮された彼らのボートも先ほどと同じように沈みゆく艦のそばに浮かび、長い航海で慣れ親しんだ艦の最後を見届けていた。もっとも沈没の渦に巻き込まれたりしないよう注意深く距離をとっていたが。
水兵たちはオールで水面をなでながら、呑気に事故を振り返った。
「罐がぶっ飛んじまった」
「板目から火が吹いてよ、甲板が盛り上がって、ドカーン! すげえ見物だった。おれ、故郷に帰ったら、このことをおっかあに話してやるんだ」
「こら! 不謹慎なやつめ!」
「でも、大尉殿。誰も怪我せず死にもせず、五体満足に脱出できたんですから、よしとしましょうや」
「馬鹿者! ……まだ艦長が艦に残っておられる。信号係のフィリップが見つからなかったからだ」
大尉は目に涙を溜めた。水兵たちも軽口を叩くのを止め、神妙な表情で呟きあった。
「そういやフィリップが逃げ遅れたんだ」
「艦長はフィリップを探すために残られたんだ」
「まったくもって情の深い方だわい。昔気質の船乗りじゃよ」
「フィリップ……死んじまったのかな?」
「ん、おれっちのこと呼んだかい?」
フィリップがボート底のぼろきれから顔を出した。
「ああ、呼んださ。おい、フィリップ。艦長はお前を探すために炎上する艦に残られ……ん!」
大尉が目を丸くした。水兵たちもキョトンとしている。
当のフィリップは皆に見つめられて恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「おい、フィリップ……。お前、いつからここにいた?」
「ずっと前からここで昼寝してるよ。しかし馬鹿にゆれると思ったら、ボートを沖に出したのか。漕艇訓練かなんかかい?」
大尉と水兵があきれ果てて顔を見合わせる。
そのとき砲艦がまた爆発し、炎が快晴を焦がした。帆が火柱に巻き上げられ、折れたマストが海面に叩きつけられる。
よく見ると前檣の檣頭に燻り出された艦長が逃げ道を探して、あたふたしていた。
大尉が金切り声をあげた。
「舳先を百八十度転じろ! 艦に戻って、艦長をお助けするんだ! フィリップ、貴様は上陸したら、うさぎ跳び百万回だ!」
ペイトンのボートは喧騒をものともせず、真一文字に砂浜を目指した。
岸辺が近づくに連れて、各艦の間隙が狭くなり、行き交うボートの数も増えていく。
アデルバートは素直に感心してしまった。よくもこんなに大勢の人間が大量の物資を運んで、こんな辺境までやってこれたものだ。これだけの物資と人がいれば、あの海岸に町の一つでも作ってしまえそうではないか。
「まるでお祭りみたいだね」
アデルバートは船縁によりかかったままペイトンに話しかけた。
「ええ、収穫祭を思い出します。ほら、見てください」
家畜を積んだ船から鶏を入れた籠が次々と降ろされて、筏に重ねられていく。隣の小舟は香味野菜を満載していたし、クランベリーパイの箱を載せた船もあった。
「さあ、坊ちゃん。もうすぐ岸ですよ」
待ちに待った砂浜が目前に迫っている。だが、海岸の混雑は言語を絶するものだった。
いい歳をした数万人の男どもが海水浴に興じている様を想像してほしい。
歩兵で溢れそうな艀が鈴なりになって、海岸を目指す。浅瀬で艀が突っかかると兵卒たちは柵をぶち壊して、海に飛び込んだ。ライフルと弾薬を濡らさないよう注意しながら陸を目指す彼らを士官のボートが蹴散らしていく。
オールが熊毛帽を叩き落とし、兵隊の鼻先で水面を打つ。そのたびに歩兵が漕ぎ手をどやしつけた。
馬やラバなどの家禽類も不安定な筏には飽き飽きしたらしく、囲いを解かれると喜々として海に飛び込み、さっさと上陸した。そして、砂浜で雑草をはみ、腹をくちくするとゴロリと寝そべりイビキを掻き始めた。
士官用ボートはアデルバートが乗っているのと同じような状態で積載量ぎりぎりまで人を乗せていたが、将軍用のボートは別だった。年老いた将軍たちはボートを一人一艘で占領していた。二角帽の玉房飾りを潮でぐっしょり濡らし、念入りに錆び止めをかけた勲章を佩用し、士卒の騒乱など耳に入らない風を装っている。そのくせ、陸に足がついたときの彼らの足取りは非常におぼつかない。一月も海に揺られれば、平衡感覚が狂うのは当たり前で体の中ではまだ船に揺られているような錯覚を覚えるのだ。
さて、海岸では各艦が好き放題に荷降ろししたものだから、軍需物資は砂浜中に乱雑かつ非効率的に散らばって新たな混乱を巻き起こした。
工兵が降ろされた場所に真鍮製の十二ポンド砲が置かれていたり、軍医の荷物がスコップと取り替えられていたり、騎兵の集結地点にベッドの部品が山積みにされたりする。砲兵たちは目の前に軍馬の鼻先を突きつけられて戸惑っていた。
師団、連隊もバラバラとなった。二等兵から大佐に至るまで濡れた体を乾かす間もなく、砂浜に乱立する軍旗の群れの中から自分の隊を探さなければならなかった。
「おおーい、誰か旅団長を見なかったか!」
「やい! それはホイッティントン鼓笛隊の太鼓だぞ!」
「すいません、どなたかヴェルテン大尉を見かけませんでしたか?」
「馬はどこだ! これじゃ俺たちは自分で大砲を牽くハメになるぞ!」
王国の白、共和国の青、連合公国の濃緑色軍服が入り乱れ、どこへ行くものか、誰を探すものか分からずに右往左往しているのだ。
この混乱を解決するには一刻も早く総司令部を設営しなければならない。
ところが総司令部設営の許可を出せる総司令官たちが見当たらないのである。
そのころ同盟軍の総司令官である王国軍のサマーフォード卿、共和国軍のサンデュブラン元帥、連合公国軍のメレンディッシュグレーツ公爵は岸から五十ヤードほど離れた遠浅の海岸で水兵に肩車されて陸地を目指していた。
「いやはや参りました。ボートが座礁するとは」
と、サマーフォード卿が甘ったるい微笑を浮かべる。
無口なサンデュブラン元帥もうなずいた。元帥はかなり太っていたので肩車する水兵の背中は炙った竹のようにひん曲がっていた。
「海は苦手ですよ。特に潮の匂いがどうも慣れなくて……」
眠そうな眼に片眼鏡、ピンと尖った口髭のメレンディッシュグレーツ公爵はこの中で一番若くまだ三十七だった。
「船乗りに言わせると、この潮の香りが心地良いらしいですぞ、メインディッシュフルーツ公爵」
サマーフォード卿は鼻腔にいっぱい潮の香りを吸い込むと幸せそうに溜息をついた。
メレンディッシュグレーツ公爵は少し困った顔をし、自分の名を呼び間違えたことを訂正させるべきか否か判断に迷った。こういう場合、テーブルのフルーツをちらと見やりながら、やんわり呼び間違いを示唆することが貴族の礼儀にかなっているが、水兵に肩車されている状態では取り得る礼儀も限られてくる。
幸い、ラッパ手から叩き上げで元帥まで昇りつめたサンデュブランが率直かつ正確に間違いを正してくれた。
「公爵のお名前はメレンディッシュグレーツですよ、サマーフォード卿」
「はて、私はなんとお呼びしましたかな……おや?」
サマーフォード卿は耳を澄ました。後方から何かが激しく水を打ちながら近づいてきているのだ。
「どいた、どいたあ!」
やかましいドラ声とともに手漕ぎボートが猛スピードで突っ込んできた。三人の総司令官はその気迫と船体に蹴散らされ、「わっ」「きゃっ」と高い声をあげて海面に倒れこんでいく。ボートはその航跡に元帥帽や溺れかけた公爵を残し、ぐんぐん進んでいった。
ペイトンは総司令官たちを蹴散らすと、今度はオールを岩にぶつけないよう注意しながら用心深く砂浜に近づいた。ボートの底が砂底にめり込み、前に進めなくなるとオールを器用に仕舞いこみ、嬉しそうに叫んだ。
「さあ、ついた!」
しかし、士官たちは水揚げされた魚のように船底でぐったりしている。
自分の足で立つ元気があるものはいなかった。
おまけに軍服を潮で汚すこともできない。
ペイトンはまずアデルバートを降ろそうとした。が、メイランド伯爵が……
「うおっほん!」
と、大きく咳払いをする。
ペイトンは構わずアデルバートの肩に手をかけるも、アデルバートが首を振った。
「ペイトン、師団長閣下から降ろすんだ。次が連隊長。中佐殿、少佐殿、大尉殿、中尉殿、少尉殿の順番だ。で、士官候補生の僕は一番最後」
「でも、それじゃ……」
「僕は大丈夫。ここまで我慢したんだ」
ペイトンはしぶしぶメイランド伯爵をおぶった。伯爵はペイトンの背中で「固い」「もっとそっとやれ」と文句のつき通しだった。砂浜に転がされていた参謀用の折り畳み椅子に伯爵を乱暴に座らせると、ペイトンは急いでボートに戻り、今度はブラウン連隊長を運んだ。温厚な連隊長は途中まで背中を借りて、あとは自分の足で上陸した。
砂底についたとはいえ、ボートは左右から小波をうけて僅かに揺れている。アデルバートは気丈に我慢したもののやはり辛いようで苦しそうに息をしていた。
少し焦りを感じたペイトンは、
「ちえっ、面倒だ」
ペースをあげるため、中佐二人を一度に背負い、砂浜に運んだ。さらに少佐や大尉も二、三人ずつ抱え込んで、砂浜に移していく。
歳が若い中尉や少尉には遠慮しなかった。元気のない下級将校を引っつかみ、数人をまとめて抱き上げて、どんどん波打ち際に放り出していく。
最後はアデルバートの番だった。ペイトンはアデルバートの腕を自分の首に回し、その両足を抱え込んで背負い上げた。
潮で濡れた髪がペイトンの首に押しつけられる。無意識のうちにやったのだろう。子供のころ、アデルバートはペイトンに背負われて安心するとこうやって頭をペイトンの肩にあずけたのだ。
「坊ちゃん、すっかり重たくなって」
ペイトンは涙ぐんだ。最後にこうして坊ちゃんをおぶったのは何年前だろう?
ペイトンは砂浜に到着するとゆっくり屈み、アデルバートの足をそっと地面につけさせた。
ついにアデルバートの足は帝国の辺境エルボニン半島の名も無き砂浜に降り立った。まだ船に揺られているような余韻があるが、地に足をつけて立っていると考えただけで力がみなぎってくる。
他の士官たちも同じ心境のようで航海の苦労を慰み合い、この一ヶ月自分たちが暮らした海をまじまじと眺めた。
アデルバートも軍帽の砂を払いながら立ち上がり、辺りを見渡してみた。
巨大な入り江がその広く青い懐を開放し、艦隊を招き入れている。
戦艦が祝砲を撃つたびに海が震え、狂ったボラが飛び跳ねては飛沫を散らして海中に没する。そういえば、航海の途中で見たトビウオはもっと長く飛んでいたっけ?
同盟軍の上陸騒ぎで海岸を追い出された軍艦鳥たちが不満げに高鳴いている。鳥たちは編隊を組み、海を離れて内陸に飛んでいった。おそらくどこか他所の絶壁に移るのだろう。
背後には乾燥した雑草がまばらに生えるだけの砂丘が幾重にも続いている。
この砂丘を越えた先に自分たちが戦うべき帝国軍、そして攻略すべき要塞が待ち受けているはずなのだ。
アデルバートは背筋をしゃんと伸ばし、まだ見ぬ敵を睨みつけた。
「男らしく立派に戦うぞ。僕は軍人なんだ……まだ候補生だけど」
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