終焉に

 再び目を開けたとき、世界は変わっていた。空すらも。

 すべてがすべて、炎で包まれていた。学校も、いつもの通学路も、私の周りすべてが、たくさんの火であふれている。

 すぐさま立ち上がり、辺りを見回すも、すべてが火、火、火であふれていた。

 屋上を見上げても、彼女の姿はなく、私の体に傷はひとつだってついていなかった。


「カミサマ!」


 殺戮兵器の名前を呼んだ。呼び声に応じる声はなく、声につられてゾンビが出ることもなく。まるで世界に私一人だけ取り残されたような。いや、そんなことがあるわけがない。きっと、私を残してみんな逃げたんだ。

 ………それもそれで悲しいけど。いないよりかはマシでしょ!

 火の手が回っていない場所を走る。ほぼ通れる場所は限られていて、どこにも行けやしないのに、と火に嘲笑われるようで、無性に腹が立った。

 しばらく動き回ると、本当にどこにも行けなくなった。四方八方が火で囲まれている。熱いのがだんだん近づいているようで、少しでも触れたら、私自身を炎で焼き尽くすぞ、と脅されている気分だった。なんだか無性に悔しくて、手をぎゅっと握りしめて、炎の中に飛び込んだ。


「あれ?熱くない」


 炎が私の身体を舐め取っていくけれど、まったくといっていいほど熱くないのだ。熱さを感じなくなったのか、よくわからないけど、とにかく大丈夫。皮膚も変わらない肌色だ。大丈夫なうちに早く。


「カミサマ!誰かいないの!」


 叫んで走る。行き先は、この街をよく見渡せる神社だ。コンクリートでできた石段を二段飛ばしで駆け上がっていく。周りにあった木は、炎に包まれて、根元から折れて、他の木と折り重なっていた。

 汗をだらだらと流しながら、神社の鳥居をくぐり抜ける。境内はいやに静かで、遠くからパチパチという火の爆ぜる音が聞こえてきていた。

 異様なのはそれだけではなかった。境内の中だけ、火はなく、社だって壊れていない。依然として、当たり前のようにそこにある。

 神社から見下ろした街はもう、終わっていた。


「なんで………」


 炎で包まれ、倒壊し、燃えて灰になっている。ここから見えるのは建物や森が駄目になっていくのだけで、人を確認することはできない。確認できたら余計に精神的にダメージ入っていたと思うので、人が見えないのは逆によかったかもしれない。


「おいおまえ」

「えっ?」


 不意に声をかけられたので、人がいたんだと思って辺りを見回すがいない。見えない。


「しただ、した!おまえのあしもとにおるわ!」

「えっ、ごめんね!」


 小さな和服を着た少女が、足下あたりで不機嫌そうな顔で見上げていたので、咄嗟に謝り、その子に目線を合わせるために腰を落とした。


「おまえ、」

「りん、だよ、お嬢ちゃん」

「わたしもおじょうちゃんではない、ここのかんりしゃ……かみさまだ。」

「………かみさま」

「りん、おまえはなにをした?なににであった?それになにをされた」

「私は………」


 言葉に詰まった。一体この子は何を聞きたいんだ。私は何もしていない、何にも出会ってなんか。それを言おうとするけれど。声は出ない。


「りん、おまえのりょうしんがしんだのはいつだ」

「中学二年のころ……」

「おかしくなったのはいつだ」

「中学三年の夏………」

「それだとじけいれつがあわない、くるうな。いつだ」

「………」

「いつ、おかしくなった」

「中学二年のころ」

「そうだ。りょうしんがしんでからなにもかもおかしくなった、とりんはおもっている」

「そんなわけない、あれは間違いなく現実で」

「ひはあついか?」

「………」

「あつくないだろう。ひにのまれても、あつさをかんじないだろう。これはまちがいなくげんじつなんかじゃない。りんはまだこうこうせいにもなっていない、いまだちゅうがくせいだ」

「違う、ちがう。あれは現実で」

「たしかにりんのりょうしんはもういない。が、それいこうのきおくはもうそうでかたちづくられているのだ。あれらがげんじつにいるわけないだろう。げんにここにはもうわたしとりんしかいない、そうだろう?」


 再び、周りを見るけど、確かにかみさまの言うとおり、何もいなかった。でも、銃は確かに持っていたはずだし、ゾンビを撃ち殺していたはずだった。そう思って、ポケットを探るも、出てこない。銃は所持していなかった。おかしい。もしかして、アレにとられたのか。


「りん、もうもどるべきだ。あるべきところへ、げんそうはわすれるべきだ。カミサマなんていない、ゾンビなんていない、アレもいないんだ。ぜんぶ、おまえのもうそうで、げんそうだ。」

「あの日々は幻想なの?私が考えた妄想なの?」

「そうだ」


 目の前の少女は深く頷いた。が、首を横に振った。


「………アレにかんしてはほんものだった。いじょうなまでのけんおかんをかんじただろう。アレはあのくうかんにいてはいけないものだからな。いや、もうそうだとしておいたほうがいいだろう、アレのいみなどかんがえなくてもよい。さあ、あるべきところへいけ」

「なんで」


 今度は私が首を振った。これが現実じゃなくても、カミサマはちゃんといたのだ。私が求めたものだ。あれが幻想などと容易に信じるわけにもいかない。どうしたって、両親はもういないところから、カミサマもいないところからリスタートしろなんてひどいことを言う。この自称かみさまは。

 もう母さんも父さんもいなくていい、カミサマさえいれば、それで。それじゃダメなの。ねえ。


「カミサマ………」

「それはまがいもんだ。わたしがかみさまなのだから。ここでのかみはふたりもいらん」

「でも、」

「りん、アレにいったことばはうそだったのか?」

「え?」

「いきさきはじぶんできめるんだろう。そんなつよいいしをもてるんだったらカミサマがいなくても、ひとりでだいじょうぶだ。それでもやっぱりこころぼそいというならわたしのかごをあたえよう――――」

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