鴉の心、斯く乱る 参
いつ帰れるのかわからなかったため、迎えの車は帰してしまっていたが、それは大した問題ではない。
それよりも彼が今、
鴉近は、気を静めるために足を止め、
「なぁ、お前」
すぐ後ろから、聞こえてはいけない声が聞こえた。
自らの足音よりも近くで聞こえたそれは、ゆったりした声音の単なる呼びかけのはずだが、まるで耳元に
「おい」
「そんなに構えずともいい。二、三つまらないことを話すだけだから」
目を細めて蛇のように薄く笑う白い男が、あたかもずっとそこに立っていたかのような
「……
鴉近が
「……あぁ、お前、カカラの」
じっと、鴉近の濃い
カカラとは伽々羅と書く、高鞍家の古い名である。今では誰もその名で呼ぶことはない。久しく聞いたその名にも鴉近は唇を引き結んだまま、何も応えない。しかし、巳珂は気にした様子もなく、納得がいったという風に鼻で
「
「何の用だ」
「だから、つまらない話をしに」
鴉近の敵意など興味の
「まず、ひとつ。紅緒が言っていたことは本当だからね。今や俺はあの
あれはあれで傷ついているんだ、と無表情な流し目で見られて、鴉近の
「それから、ふたつめ。俺の
鴉近の
「ただ、俺があそこから動く気がなかっただけのこと。つまり、紅緒が
「馬鹿な!
「……お前、
いや、ひいひいひいひい……? などと
鴉近が固まったまま何も言わないので、巳珂は髪を
「封じが解けても気づかぬほどに、お前たちの力が弱くなりすぎたのではないか? 俺は知らないが。まぁ、とにかく俺が紅緒と出会ったときにはすでに
だからつっかからないでほしいということだろうが、鴉近の頭の中はそれどころではなかった。
「それで、今のはどうだろう?」
急に間近で聞こえた声に、びくりと肩を揺らした鴉近が顔を上げると、すぐ隣で顔を
「……は?」
「
「…………?」
「だから、あの
真顔で答えを待っている巳珂と目を合わせながら、こめかみに汗が伝うのを感じた。この男、何を言っているのだろう。これは何かの
「
それを聞いた
「そうか。話はこれだけだ。ではな」
言い終わらないうちに、その姿はあっさりと
まるで最初から一人だったかのように、その場に残された鴉近は汗が急激に冷えていくのを感じながらも、暗闇の中しばらく呆然と
「埋めた
そう、
とにかく、残っているという呪物の様子を見たいと思い、
俺は察した。自分の埋めた呪物が、
だが、しかし、
内心の
一人になってから、心からの
「何を安心している」
急に
俺は
「ほう、では次はどうしたい」
何もしない。もう何人も病に
「それでは心が
心? 何の話だ。
「
復讐はしたいが、それよりも今は俺のしたことが明るみに出て、
「心が鈍れば人は死ぬるぞ」
何を馬鹿な。
「お前はもう死ぬる」
……何を馬鹿な。
「死ぬるぞ。
黙れ。やめろ。
「死ぬるぞ」
「うるさい!! 黙れ!!」
叫んでから、はた、と立ち止まる。気が付けば
おい、と声に出さずに呼んでみた。
だがもう、
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