うたよみの貴公子姫

希介

幼子と蠱物の問答

 幼子おさなごは問うた。

「何故わたくしは、かように醜いのか」

 蠱物まじものは応えた。

「……どうした、急に」

 幼子はさらに問うた。

蠱物まじもの殿も、わたくしが不器量ぶきりょうだと思うか?」

 蠱物まじものは関心の薄い様子で頬杖をついた。

「お前が醜くかったら、何かあるのか」

「ある。いやなことを言われるし、ひいな遊びにもいれてもらえぬ。しかも、ゆえなくひったたかれる」

 小さな唇をとがらせて、少し沈んだ声で応えた幼子を温度のない横目で眺めながら、蠱物は静かに問うた。

「お前、醜いのか?」

 幼子は虚をつかれた顔をした。

「醜くないのか?」

 蠱物はうっすらとわらった。

「いや、ひどく美しいよ」

 一瞬怪訝けげんな顔をした後に、腹立たし気に髪に手をやりながら、幼子は問うた。

「このぼさぼさと多いからす色の髪や、けものみたいにつり上がった目がか? それにやせっぽちで肌も生白いし」

 蠱物は首を傾げた。

「何だ、誰かにそう言われたのか」

 小さな顔がうつむいた。

「とと様が屋敷にお招きになったご友人らがお連れになった子どもたちに。それから、手習てならいのせんせい」

 蠱物は再び嗤った。

「子どもはともかく、先生とは。何とも愚かしいな」

「醜くくないのならば、何故いじめられる」

 蠱物は応えた。

「美しいからだよ」

 幼子は再び嘆いた。

「何故わたくしは、かように美しいのか」

 何百年かぶりに、蠱物は噴き出した。

「お前は素直が過ぎる。今のような言葉は他では言わないほうが、お前の身のためだと思う」

 幼子は途方に暮れた様子で、地べたに腰をおろした。

「どうすればよいのか」

「そうだなぁ。ただただ、大きくなるが良いよ。大きくなれば、お前も周りもきっとわかる」

 幼子は問うた。

「何が」

 蠱物は微笑んだ。

「理由が嫉妬であれなんであれ、人をいじめることは下らないということが」

 大きな瞳がぱっと輝いた。

「では雛遊びもいれてもらえるのだな!」

 蠱物はたび嗤った。

「……いや、大きくなっても変わらないのかもしれない。ねたそねみはいつでも人の心にあるのだからな。それに、一生愚かなままの者はいるものだし、大人になれば、嫉妬にいろいろ加わって、子どもの時分じぶんよりよほど複雑な厄介事になる、かもね」

 幼子は呆然とした。

「わたくしの今生こんじょう は詰んだということか」

 それを眺めていた蠱物は、少し思案して、さとすような口調で言った。

「そう悲観することはない。さとい者はお前の魅力にすぐ気付く。そういう者たちからは、お前はたくさん愛されるだろう」

 幼子は腰を浮かせて、身を乗り出した。

「いつだ、それは」

「さて、そこまでは」

 再び腰をおろした幼子は落胆したようだったが、しばらくして勢いよく顔をあげた。

「蠱物殿はとても聡いな! ということは、わたくしのことが好きか?」

 蠱物は初めて言葉に詰まったが、幼子は構わずしゃべる。

「初めてのわたくしを愛してくれる者になってくれるか? あ、いや、初めてというのは、とと様とかか様は除いてだが」

 蠱物は眉をひそめた。

「お前は蠱物に愛されたいのか? 蠱物とは人をまどわす悪いたぐいだぞ」

「わたくしは、貴方が自らを蠱物というのでそう呼んでいるけれども、本当に蠱物だとは思っておらぬ」

 きょとんと目をみはる幼子に蠱物は呆気あっけにとられていたが、やがてそっと自嘲じちょうの笑みを浮かべた。

「……そういえばお前も聡いのだった。そうだな、それもいい。でもな、俺はどうやら愛し方が下手らしくて」

 幼子は怪訝そうに問うた。

「愛するのに、下手や上手があるものなのか」

 蠱物は肩をすくめる。

「あるらしい」

 幼子はひとつ頷くと、立ち上がった。

「では、わたくしで試すとよい。どうすると上手くいくのか。それにな、そもそもわたくしは蠱物殿のことが好きだ。だから、もし失敗しても許す」

 今度は蠱物が軽く瞠目どうもくした。

「許すのか」

 幼子は僅かに身構える。

「ある程度までは」

 蠱物は珍しく明るい声で笑った。

「そうか、ならばお前を愛すよ」

 幼子は嬉しそうに跳ねた。

「よかった! では頑張ってたもれ。明日もまた来る」

 蠱物は苦笑する。

「はいはい、頑張るよ」

 幼子は明けゆく空に気付いて、手早く別れを告げて走って行ってしまった。

 蠱物はそれを見送りながら、小さくひとりごちた。

「……頑張るよ」







「今度は間違えないように」







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