第2話 廃忘の夢
真っ白な壁。ところどころが剥げ、灰色のセメントが見え隠れしている。どことなく見覚えのある気がした。つい最近、この白は、どこかで。辺りに視線を巡らせていると、自分の様相に目を疑った。
(ああ──これは、夢か)
はっきりと覚える違和感。手足は皺だらけ、皮膚に浮かぶ斑点は、老いの証。そして体格から、自分が自分でないと知る。
(これは、誰だ)
歩みを始めれば、身体が痛んだ。老化のそれではなく、どこかが負傷している。どこかはわからない。それほどまでに全身が悲鳴を上げていた。
(なんだ、これは──)
再び目を凝らそうとして、息が止まる。強ばった瞳は震えた。足元に散らばる雫。そして欠片。白い世界に赤が浮かび上がる。それはまるで芽が生えるかのように、欠片から蠢き、次第に形を成していく。
(……開花した)
欠片は種、そして人。種から生まれた人間どもは、滴る涎をそのままに糸を引く。そうして互いに歩み寄ると、その身体に牙を押し当てた。思わず口を抑えた。人が人を喰らっている。足がもつれた。赤く濁る床に叩き付けられ、揺らぐ視界の中、唇から種が零れた。そこから生まれた姿に、ああやはりと笑う。
(この肉体は、殻か)
力を込めることも叶わない。種から発芽した教団の司祭は、共喰いを続ける彼らを見て手を叩く。一斉に男に集うそれらに、再び種が投げ与えられた。ツタが絡まり、捕縛される人々。背後から足音が響いた。
「さて、成果はどうかな」
男の声に、司祭の目が輝く。脱ぎ捨てた肉体を跨ぎ、何やら受け取ったようだ。そうして再び視界に捉えた司祭の手元に、この先の悲劇を予見する。
(エリカ……)
握られたチップ。彼女の腕に埋まるそれ。捕縛された人々に、それは縫い付けられた。ツタが肥大化する。耳障りな音、破裂する、金切り声。人々の身体が、巨大な花弁のようにひしめき合っていた。もがき、苦しみ、更に捕食する。
(交配種……そういうことだったのか)
たった一人が残されたとき、その人間の骨格は異常だった。まるで獣。暴れ、呻き、壁を破壊する。これが、合成獣の正体。
「また違った個体だ。面白い」
男の笑い声と共に、獣は氷の檻に閉じ込められた。
「そ、その夢が本当だとしたら、あああの司祭は一度、し……死んだって……こと?」
「それを確かめたい」
昨日と同じ道。日はまだ高くない。家々はそれぞれの色を晒していて、バザールはまだ開いていない。摩天楼に遮られる光は弱々しかった。
昨夜の夢を、彼女は相棒へ事細かに話した。信じられるとは思っていない。しかし、自分自身が話すことで、考えの収拾を図りたかったのだ。渋い顔を浮かべる彼を諭し、朝早くにあの教会跡地へ向かうと連れ出した。なるべく人目には付きたくない。特に、他の公安には。そのために気を緩めない。しかし、寝惚け眼をこする彼には笑みが零れた。
「無理をさせてごめんなさい」
「え?う、ううん、大丈夫」
そう困惑されると、少し胸が痛む。これは彼女のエゴイズム。彼を巻き込むのは、一人だと怖いから、共犯に仕立てあげようとしているから。一人きりで行動したことなど、殆どないから。誰かが隣にいたから、自分の意志を貫いてきた。それがエリカであり、今はヤナギだ。同調してくれる誰かがいれば、自ずと力が湧く。それが彼女の強み、そして弱み。逸る気持ちは、隣から漏れる金属の音に鎮められる気がした。彼が弱音を吐くから、自分は強く口に出来るのだ。これが強気同士であれば、こうはいかない。そう、例えば毎朝懲りずに部屋の前を訪れる、黒服の男。そういえば今日は来ていなかった、と現れた白い塔を見て肩を落とした。心の中でも、噂はするものではない。
「何故あなたがいるのです」
「こっちのセリフだっての。もしかして、あんたらが言ってた公安ってのは、こいつらのことか?」
彼の視線を追えば、記憶に新しい男たち。白髪のポニーテールは、げえっと舌を出して相棒の背後に身を隠した。
「……アカネくん、隠れたところでどうにもならないよ」
「あの姉ちゃん怖いんだよな。しつこいし」
「わからないでもない」
ビティスが頷く。彼らには聞きたいことが山ほどある。しかし、こうまで戯けられると気も落ちる。呆れたものだ、と彼女は息を吐き、彼らを割って敷地へ足を進めた。今すべきこと、それは夢の真実を摘むこと。雑草が深く生い茂る。昨日と同じ、誰も踏み入れていないようだ。
「……おかしい」
「ガ、ガーベラ……?」
誰も踏み入れていないはずがない。何故なら昨日、彼女はここを歩いたのだから。女神の巨木を倒した後も、ここから本部へ帰還したのだから。跡形もなく消えた足跡に、思わず足を引くが、黒い男たちはそれを許さなかった。
「アイツの能力はアンタも見ただろ?今更驚くことじゃあないさ」
「なるほど、そういう親殺しってわけだな」
全く飲み込みが早い。あなたと違って私は事前情報などないのです。言ってやろうとしてやめた。地団駄を踏むヤナギの手を引き、彼らに遅れぬようにと愛銃のハンマーを起こした。
初めて自分の正義を自覚したのは、公安学校に籍を置いて二年が経った頃だった。まだ幼い自分の思考は、ただなるようになれと、世間の流れに身を任せていた。公安の養成施設たる学校に入学したのも、ただの流れ。周りに言われた、親類に言われた、母に言われた。昔から冷静に物事を分別する彼女は、はたから見れば扱いにくく、しかし組織として機械仕掛けの一生を送るには適していると、誰もが感じ取ったのだ。そんなわけで、イエスでもノーでもなく、彼女は公安という正義の犬になることを、なんとなく決めた。なんとなく入ったその先で、その後の親友と出会ったのだ。爛漫で、あどけなくて、身勝手な親友。彼女とは正反対だった。親友は希望に満ちていた。この先に貫く正義を、幾つも所持していた。
「力の弱い人を守ることが、わたしの正義」
初めて出会った時にはそう聞いた。
「意思の弱い人を助けることが、わたしの正義」
しばらくしてからはそう聞いた。
「人を陥れる人を許さないことが、わたしの正義」
そうやって言ったときもあった。
「わたしは、わたしが出来うる範囲で誰かを助ける、それがわたしの正義なんだ」
最後にそう言ったのは、二年目の野外演習のときだった。親友は足を損傷した。演習場に入り込んだ犬を、身を挺して守ったのだ。飛来する銃弾の雨の中を、彼女の銃弾もその中には混じっていた。親友は躊躇わなかった。しかし、そのせいで昏睡状態になった。いくつもの散弾、暴れる野犬の牙、全てが親友の命を蝕んだ。彼女がようやく気付いたときには、血の海が拡がっていた。駆け付けた彼女に、親友はああ言って笑ったのだ。
あのときから、親友が最後に発した正義こそが、彼女の原動力と化している。まだ見ぬ誰かを助けるために、今できることを、思いつくことを、着実に潰す。だから今は──
「やあ、おかえりなさい、モルモット」
またこの言葉だ。瞳を輝かせ、両腕を拡げて出迎える男。薄紫のストラは、風穴から漏れる外気に揺らめいた。
「あなたは、親殺しなのですね」
「親殺し?ああ、確かに私に関わる野蛮な血族は、この手で天に召させました」
両手を打って、祈るように空を仰ぐ。その所作に、黒服の狂犬は舌打ちを落とす。化物が、信心深い人間を気取るな、と。
「もう何十年も昔の話です。今日まで私は何事も無く生きている。イリスは私をお許しくださっているのです。いや、むしろ賞賛している!愚盲な守銭奴共を、土に返してやったのですから!」
守銭奴、その一言で彼の動機が露見する。それが彼の正義だったのか、彼女の憤りは竦んだ。しかし、司祭の信仰心が誠であれば。
「あなたは一度、死んだではありませんか」
「……は?」
そう反応したのはビティスだ。この女は何を言う、表情から見て取れた。しかし、その対角線で顔を歪める男に、夢は確信へと変わる。
「死んだのであれば、神は許してくれていませんね」
「それでもッ!私は!今ここにいるッ!」
「誰から与えられた命です。あのときあなたといたのは、誰ですか」
夢にはもう一人登場人物がいた。倒れた自分からは顔すらも伺えなかったが、狂気じみた笑いを零す、低音の男だった。その男がきっと、黒幕。
「お喋りはそのへんでイイだろ?オレたちは任務で来てんだ。さっさと回収させてもらうぜ」
「か、回収って?」
ヤナギの言葉に返しなどせず、アカネは身軽に飛び上がった。崩れ掛けの梁に脚を掛け、テグスを男目掛けて発射する。唐突なことで、ガーベラも思わず銃口を向けるが、テグスは何故か彼女の目の前に落下した。
「……なかなか様になってるじゃあないか」
笑うのはリンドウ。舌打ちを零すリーダーのテグスを拾い、男へと向き直った。
「な、ななな……」
「なんだよ、おい。親殺しってのはみんな交配種なのかぁ?」
膨れ上がる肉体、彼の手足は木の根と化し、教会を包み込む。揺れる足場を堪え、白髪の黒服を真似て梁に上がれば、それを追い掛ける根の足は止まった。
「自身が女神にでも代わるつもりですか」
そう、これはまるで昨日倒れた女神の巨木。呻き声は下手くそな歌。天井から降り注ぐ陽の光を受けて、司祭の木は赤黒く繁っていく。
「我々の……穏やかな日々ヲ、邪魔さセはしナイ……」
足元から生まれる人形、信者達。彼らは司祭に集う蝶。蜜は管となって、彼らに養分を運ぶ。歪な舞踏会が幕を開けた。
「あーあーあー!低脳がッ!めんどくせえんだよ!」
殴り、蹴り、引き裂き、ビティスは人形たちと踊る。否、踊らされている。木の体は、切り刻んでもすぐに修復される。それをさせまいと、根元から切り取っても、また新たに同じ形態が根を生やす。手数の多い彼ですらこうなのだ。拳銃を握る公安と、テグスを巻くポニーテール。彼を守るように拳を振るう眼帯は、ほとほと嫌気が差しているようだった。
「親玉を狙えばいいだけの話じゃあねえの」
笑い、アカネはテグスを絡める。張り詰められた糸は梁と梁とを伝う、蝶を捕らえるための蜘蛛の巣。手足を拘束された人形は、それを千切る脳がないらしい。そのまま鋭利な糸は、司祭の大木を狙う。根元に巻き付き、両腕を押し広げた。
「……ダメだ」
小さく呟いた声はヤナギ。大木はその身体を横たわらせる。昨日の女神と同じように、つい今までビティスが踊らされていた舞台の上へ。そうして歌は止まり、やがて木の根は姿を消すーーわけがない。司祭の巨木は倒れた刹那に陽の光に蒸発し、切り株はすぐさま再生した。まるでそこに瞬間的に移動したかのように。
「親玉も再生するのかよ……おい、リンドウ、これはオレにはわからんぞ」
「アカネくんが、珍しいね」
呑気に息を吐く二人だが、ガーベラは気が気ではなかった。こうまで人数が揃っているというのに、こうまで手数を打ち込んでいるというのに、司祭の歌は止まらない。木の根は踊る。教会は震える。
「……ヤナギ、種の研究をしていたあなたなら、何か、わかる?」
縋り付く思いだった。彼の人柄から、彼がすぐに首を縦に振るとは思えない。それでも先の呟きを、彼女は聴き逃していなかった。
「えっ……え、えっと……」
「腰抜けに頼ろうったって無駄だろ」
糸に絡まる人形を殴り、新たに生まれる人形を蹴り、男は唾を吐き出す。人形に繋がる管から溢れる蜜は、彼の黒衣を濡らしていた。
「うっ……」
そう揶揄されたのは何度目だろう。あの男は容赦なく傷付けようとしてくる。あれ以来、共闘しようなどと思ったことはなかった。彼と自分は関係ない、ヤナギはそう思いたかった。しかし、彼女は彼の手を取る。
「気にせず、続けて」
それも以前耳にした。以前口にした。彼はあのときも、的確な進路を示してくれた。だからきっと、今回も。そんな微かな希望だった。
「これ回収できなかったりするかね」
「そんなことになったら、ボスが悲しむよ」
進展のない状況に、エキノプスの二人は胡座をかいていた。テグスは既に独立させており、無防備な状態のまま、梁に寝そべる。そんなリーダーに、リンドウは笑っていた。黒服の連中とは、こうも不謹慎な者ばかりなのか、彼女はなんとなしに乱舞する男を睨み付けた。
「ボ、ボスの……君たちのボスの命令なの……?」
その間にもヤナギは口篭る。聞こえていないのか、反応のないアカネに代わって、眼帯はその笑顔のままに頷いた。ヤナギの目が変わる。普段の頼りない瞳ではなく、何かを見出そうとする、強い眼差し。彼は、こんな顔をする男だったろうか。
「し、司祭は……木を操る、親殺し……な、なら、光がなければ、う、うう動けないんじゃ、ないかな」
「光……?」
ヤナギは天井を見上げ、そうして指を差し示した。ぽっかりと空いた、大樹の跡。女神が貫いたそこは、燦燦と降り注ぐ光に溢れている。見れば、木の根はその下を中心に蠢いていた。
「光合成よろしくってか!なるほどな!よぉし、オレに任せな!」
飛び上がり、テグスを宙に構えた。今度は聞こえたらしい。アカネの糸は空を潜る。網目状に張り巡らせ、梁を、木を、網羅した。目は細かく、引き締まっていく。僅かな光すら漏らさぬように、辺りを搾り取るように。
「オラァッ!」
ビティスは人形を引き裂いた。乾いた笑いを落とす。人形は、その場に崩れ落ちていった。
「やるじゃねえの、腰抜け」
木屑を蹴り飛ばし、男は駆ける。視界を塞ぐ木偶の坊を切り倒し、親玉の大樹のもとへ。
ガーベラは梁の上を駆けた。薄暗い天井を見上げ、思わず口が綻ぶ。大樹の根元へ、射程距離の内側へ。
腰抜けと呼ばれても、彼は笑っていた。これが彼女のためになるならば。その場に蹲り、震える肩を抱き締めた。
「さて、吐き出してもらうか」
視線の合図。頷く眼帯を見送って、アカネは握るテグスに力を篭める。大樹の攻略法は、根元。何度も見せつけたのだ、公安だろうと新参の黒服だろうと、それはわかっているだろう。刹那、こだまする悲鳴を耳に、糸を抜き取った。
転がる種を拾い上げ、ビティスは同盟共に目を配らせた。これで満足か、俺の力はわかったか。種を吐き出した司祭は乾涸びていて、見るからにただの老人だった。なんの覇気もない、今回のターゲット。うわ言のように同じ言葉を繰り返している。この顛末を、彼とて知っていたわけではない。しかし、そうなるだろうなという気はしていた。キメラのときも、種がなければ、彼らはただのそれなのだ。昨日も会った女はその情景に目を強ばらせるがしかし、小さく「やはり」と呟いた。末恐ろしい女だ。これと同じチップを手首に埋め込んでいるような女だ、その肝は据わっているだろうなと、懐から取り出した紙棒に火を灯す。仕事のあとの煙は格別だ。汚れた手と同様に、体内も侵してくれるようで、その毒々しさに安心できた。しかしどうして、気掛かりなのはエキノプスでも、公安の女でもない。
「腰抜け。お前、なんて名前だ」
「……今更ですか」
呆れ声の女に、お前には聞いていないと口を尖らせる。
「え……あ……えっとヤ、ヤヤヤナギ」
相変わらずの吃音。それには少しイラついた。わかってはいるが、聞いてやる。
「ヤヤヤナギ?」
「……ヤナギ」
「そうか」
思えばキメラのときもそう。この頼りない男の一言で、場は一転した。彼女が彼を隣に据えるのもわかる気がする。いや、わかりたくはないのだが、どうにもわかってしまう。普段は言葉を鎖すからこそ、その一瞬の判断が冴え渡る。羨ましかった。
「さて」
声と同時に、テグスが目の前を掠めた。まだ動いていたのか、司祭を見れば、相変わらずのうわ言で、反対から聞こえた小さな悲鳴に、目を疑った。
「……おい、どういうつもりだ」
「どうもこうもないさ」
このやり取りは二回目。彼から伸びるテグスの先に、鉤爪を握ろうとしてやめた。
「回収し損ねた種があるって、言ったろ」
そうだ、確かにそう言っていた。それは司祭のことだけではない。そうだ、彼女も。
「……私のチップ、ですか」
締め上げられた手首を震わせ、彼女は笑う。皮肉めいた、嘲た笑み。白んだ手首は、薄暗い中では透けない。
「その手首だろ?痛いのは一瞬だから、我慢してくれよ」
「お、おい」
緊張の糸。あれが彼の手で引かれたら、彼女の手首は宙を舞う。赤に染まるイメージに、身を乗り出していた。
「なんだよ。アンタがさっさと回収できないからだろ」
糸に触れれば、その細さに、硬さに驚いた。こんなもの、少し力を込めれば自分の指すらも切り取られてしまいそうだ。彼女の手首が、赤に滲む。
「俺はただ、穏便にだな」
「お遊び集団は呑気で羨ましいぜ」
好き者と言われようが、酔狂だと言われようが、惰弱だと言われようが、厭わない。しかし。
「……なんだと」
それは彼の地雷。彼以外を刺す言葉は、激昴のストッパーも振り切れている。煙を地面に吐き捨て、一度引いた鉤爪が、その糸を千切る。途端に緩まる腕を振るい、彼女は引き金を引いた。揺れるポニーテールを掠める。
「怒るなよ。まったく、今回の仕事は思うようにいかないな」
「アカネくんも悪いよ。彼は同盟ファミリーじゃあないか」
へらへらと笑う二人。どうしたものか、ヤナギは対峙する二組の間で目を泳がせていた。止めるか、止めないか。いや、止めようとしたところで、自分ではどうともできようがない。彼女の種を、今摘まなくてはならないのか──。
「はーるをまって、ゆきのしたー」
途端に流れる間の抜けた歌声。その声に、ビティスは顔を顰め、エキノプスは呆れ顔を浮かべ、ガーベラは──拳銃を取り落とした。
「やーけたにおいとー……なんだったっけ」
白いドレス。地面に引き摺る裾は、泥に塗れている。手には丸い柚子。それを歩きながらちぎり、目の覚めるような爽やかな香りを漂わせる。
「あ!ビティス!」
少女は屈託のない笑みを浮かべた。せっかくの果実を放り投げ、彼のもとへと駆ける。
「えーっと、ハイデ……だっけか。なんでこんなところに……」
「オレたちの迎えか?」
「そうだよ、たぶん、そうかもしれない」
知り合いかよ。わかりやすく彼の顔が歪む。唐突に放り込まれた部外者、バツが悪いと少女から視線を逸らせば、背後で崩れる音が聞こえた。ガーベラだ。なぜだか背中が冷え、そうっと彼女を振り向いた。
「……おい?」
瓦礫に腰を落とし、震えながら呆ける彼女。瞳は僅かに潤み、先までとの懸け隔てに驚いた。まるでか弱い女だ。感情を抑えきれないような、それでいて煽情的な。
「ガーベラ」
彼女の名を呼んだのは、二つの間で狼狽えていた腰抜け。彼女はハッとして、ハイデを見上げた。
「ガー、ベラ」
機械のような言葉の羅列。女を振り撒いていた少女の香りが引く。
「あ、ああ……」
そんなわけはない。あるわけがない。だとしたら、あれはなんだった。あのときの彼女の怒りは。まやかしの、わけがない。彼女の表情から見て取れた事実に、ビティスはまた紙棒に火を灯した。
「エリカぁ……ッ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます