5.郷愁ギャラクシー
一晩考え、結局モカを手伝うことにした。今日は部活がお休みで、ちょうど良いという事情もある。
「ねぇ、これもいわゆるひとつのデートかな。うへへ」
当たり前みたいに比翼もついてきた。避暑地のお嬢様って感じの清楚な格好で、あとは貞子みたいな前髪と締まり無いデへデへ笑顔さえなきゃ美少女なんだけど。
あたしは動きやすい薄着にスニーカー。背負った空色のデイパックにモカを詰め、ちょっとしたピクニック気分だ。
これも夏休みの思い出作りってことで。
「それじゃ、宇宙船探しに出発~」
「行くアテ無い奴が先頭に立つなよ」
「テキトーでは困るぞ。君らにはひと夏の思い出でも、拙者には重大だ」
かく言うモカも、宇宙船の電波とやらの出処がこの近辺らしい、ということしか分からないようだ。
この地域一帯を調べるということで、地元の博物館と歴史資料館を当たることにした。思うに、何億年も前のモノがあるとしたら土の中じゃなかろうか。何か珍しい物でも発掘されてりゃ、手掛かりになるかもしれない。
と、ダメ元で期待してみたが、結果はモカの知的好奇心を満たすだけに終わった。
この街の郊外では史跡が調査され、自然公園や宅地開発も方々で行われている。何かあるとしても、よほど地底に眠っているのだろうか?
「化石みたいに埋まってるってのはアリだと思ったんだけどな」
「光学迷彩で隠れてたりして。なんと醜い顔なんだ~、って感じ」
一昔前の洋画か。もしそうだったらどうする、金属探知機でも使う? ホームセンターとかで売ってんのかな。
「どうなんだ、モカ」
「他者に破壊されないよう、潜行システムはあるかもしれん。詳しく思い出せれば良いのだが」
さて、どうしたものか――と顎に手を当てた時には、そろそろ腹の虫の鳴る頃で。
比翼がびしっと手を上げた。
「はい先生。比翼さんはねぇ、山の上に行くことを提案します」
「山?」
「うん。街より電波が薄い所なら、ふしぎ発見あるかもよ」
なるほど。電磁波を探るモカにとって、街は霧中にも等しい。いっそ山上へ、というのは悪くない。
近所には気軽に登れる小高い山がある。暗中模索、そこへ向かってみるとしよう。
「比翼隊一同、なんの成果も得られませんでしたッ」
「ま、手掛かりほぼゼロだもんな」
「すまぬ。無駄な足労を強いてしまった」
博物館、資料館に続き、ナシのつぶて三連打。山のような高所には反応無いことが分かっただけでも収穫だった。
ハイキングコース途中の広場で、少し遅めの昼食と相成った。お弁当を二人揃って食べるなんて、学校以外じゃ久々だ。モカはその辺の昆虫とか食ってるらしい。なるべく見せないでほしい。
比翼は卵焼きとかアスパラとか口に入れながら、ずっと空を眺めていた。コイツの目にはあたしか宇宙しか映ってないんじゃないか、って思う時がある。
「ここ、夜は星が綺麗に見える場所なんだよねぇ」
「興味無いな」
「……せっかく宇宙のお友達が出来たんだよ。こんな時くらい良いじゃない」
「宇宙ったって、そいつは地球生まれ地球育ちだし」
土まみれになったモカが戻ってきた。お前また人のバッグん中入るんだけど分かってる?
「拙者も、宇宙を実際に知らぬという点では同じだな。……そういえば、良ければ聞かせてもらえないか? 君達のことも」
何気ない言葉に、少し戸惑う。かわいいカモノハシ君の好奇心に応えたいのはやまやまだが、話したくないこともある。
比翼が何も言わないので、少し悩んで頷いた。モカのことを散々聞いたり調べてきて、こちらの情報だけ明かさないのはフェアじゃない。
「そうだな。昔、あたしも星や宇宙が大好きだったんだ。天体望遠鏡も持ってた」
今は物置でホコリをかぶっている。最後にレンズを覗いたのはいつだったか。
「比翼も同じでさ。小学生の頃、それで気が合ってね」
「あんなに話題合う子、一依ちゃんが初めてだったよ。今は一番の大親友だねぇ」
「お前、あの頃とにかく浮いてたよな」
いわゆる不思議ちゃんってやつ。なんだかんだで、やっぱり趣味が合う友達ってのは良いものだった。
こうして今あたしが笑っていられるのも、コイツが親友でいてくれるからこそ。
「しかし今は宇宙が嫌いだと?」
……そうだ。
「元はと言えば、あたしが星好きになったのは、アマチュア天文家を趣味でやってた父さんの影響でさ。よく、一緒に夜の星を見に出かけたよ」
「良き思い出だ。我が故郷とはまた違った星空が見えるのであろうな」
この場合はオーストラリアのことだろう。
彼も比翼の隣で天を仰いだ。同じ空で繋がっている、遥か南の国を思っているのか。銀河への郷愁を重ねているのか。
「だけどさ」
あんまり、思い出したくないこともある。
「あたし達が小さい頃、この国は不況ってやつでね。働き盛りの父さんが、
「ほう……ニンゲン社会は複雑だな」
「あん時は親が離婚寸前まで行ったよ。母さん、あたしの親権取って出てくって。あたしが父さん置いてかないって本気で駄々こねたのもあって、ギリギリ家庭崩壊は免れたけどね」
つとめて笑顔で話す傍らで、比翼は目をそらしていた。モカの表情は今ひとつ読めない。
「それから趣味の天文は一切やらなくなった。代わりに酒呑んでる時間が増えて。そんな父さん見てたら……なんか、何も言えなくて」
大好きな父の、触れたら崩れ落ちそうな背に、あの時どんな言葉をかければ良かったのだろう。母に分からなかったことが、幼いあたしに分かるはずもなく。
ただ一つ、おぼろげに確信できたことは――
「そうやって星を見に行かなくなって以来、宇宙の話は……あんまりしたくないんだ」
――あたしは、ああはなりたくない。
かつては誰もが
あたしだっていつかは死ぬ。けれどそれは大地でくたばることじゃない。
天を見ろ。
縛られるな。
夢を語れ。
あの圧倒的な輝きを、
「そうか」
モカは右前足で、目元についた土をくしくしと払った。
「ひょっとして、星見える?」
「あぁ、拙者の目は真昼でも見える。特にこの街は空気が澄んでいて……良い所だな」
同意するよう比翼もにへらと笑い、箸でつまんだ唐揚げを「あーん」と近付けてきた。
二人と一匹の時間は、ただそこに在るだけで心地良い。
かつて夜空の星を見上げた時も、こんな気分を味わった気がする。
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