3.暴想クレッセントムーン

「なにやつッ!?」


 カモノハシ君が時代劇の侍みたいに叫んだ。窓の外に険しい表情を向け、ぺちぺちと走り寄っていく。

 あたしは何も動じることなく、代わりに呆れのため息が漏れる。

 ンな所にいる奴の心当たりが、一人ばかりあるからな。


「何かいるぞ! 見えない壁の向こうに!」

「窓ガラスでしょ。割れちゃうからコンコンやめて」


 ガラスにクチバシ連打するカモノハシ君を抱きかかえて止める。じたばたするんじゃないよ。言うほどそのクチバシ固くないし。

 戸を開けてやると、作戦行動中の特殊部隊員みたいに屋根に伏せってる一人の女の子と目が合った。

 やっぱコイツか。


比翼ひよく。そんなトコいると下からぱんつ丸見えだぞ」

「……う。それはちょっと困るねぇ」


 部屋を覗き見ていたのは、あたしの親友――軒下のきした 比翼ひよくだった。今日も奇行ストーキングに精が出てるらしい。

 この娘、どういうわけかあたしを気に入って、いつもこんなことばかりしてるのだ。黙ってりゃ可愛いのに、せっかくの美少女が台無し。

 これはまぁよくあることなんだけど、こっちにはいつも通りじゃないヤツが約一匹いるわけで。


「一依ちゃん、動物とめっちゃ笑顔で会話してんだもん。前から頭おかしいと思ってたけど、ついにイクとこまでイッちゃったのかと思った」

「あたしはいつだって本気だ。焼け死ぬ日まで手を抜く生き方はしないって小四の時に決めた」

「わぁ、また朝からバカみたいなこと言ってる。そんな一依ちゃんが大好き」


 ふへへと変な笑い方をする比翼が、カモノハシ君の方を向いた。ムダに長い前髪から覗く目に、さしもの宇宙生物も射すくめられる。突然現れたヘンタイに戸惑う気持ちは、人間と同じらしい。


「ねぇ。この子、日本語しゃべってたよねぇ?」

「い、一依殿のご朋輩か。拙者は――」

「名前ってもうあるの? 無い? じゃあキミはねぇ、カモ君。いや、茶色いから君にしよっか」

「……はぁ。呼び名は別に何でも良いのだが」


 命名、モカ。いいんじゃないすかね。いつまでも種族名じゃまだるっこしいし。


「しかし、君も驚かないのだな。拙者など、ニンゲンから見れば相当な異物だという自覚はあるのだが」

「んんとねぇ。私ってば、ヘンテコリンな生き物大好きなの。キミは、今まで見た中じゃ栄えある第二位にランクイン」

「では、拙者以上がいると?」

「びしっ」


 変なSE付きで、比翼はあたしを指さした。どうも、比翼調べヘンテコリン生物暫定第一位でござい。別にいいけどさ、失礼なこと言ってる自覚あんのかな。


「仲が良いのだな」

「うん。大親友だもん。一依ちゃんってねぇ、私という地味ーな三日月を照らしてくれる太陽様なの」

「お前よくそういう歯の浮くセリフ言えるよな」

「……一依ちゃんの辞書にはねぇ、お互い様って文字が無いんだね」


 そうして折を見てはあたしにオナモミみたいに引っついてデレデレし始めるのがいつものパターンで、この暑苦しい夏場にお前いい加減にしろよと引っ叩いてやりたくなるのだけど、まだ朝方で涼しいから引っ剥がすにとどめておいてやる。


「比翼にもお前のこと話してやりなよ」

「良いのか?」

「コイツは信用できる。最低でもあたしの写真二〇〇〇枚は撮られてるけど、SNSとかに一度も流されたりしてないからな」

「個人情報保護はネットリテラシーの基本! 私の口は堅いよ~」


 その代わり比翼の部屋にあたしの写真が貼られまくってるわけだが、それで悦に浸ろうが夜な夜な自分を慰めていようが趣味は人それぞれなわけで、好きにすればいいさ。


「Vtuberもやってるからね」

「ぶい?」

「二次元キャラのガワかぶってアニメ声で動画配信する遊び。あとで見せてやるよ」

「……ちょっと語弊あるけどね」


 へにゃへにゃと相好を崩す比翼を、モカはこれでもかというくらい胡散臭そうな目で見ている。雰囲気で何となく分かるようになってきたのだ。やはり言語の壁の崩壊は大きい。動物固有の喜怒哀楽が、より顕著に感じられる。

 それからモカは比翼にも事情を説明し、改めて神妙な面持ちになった。


「拙者がここ日本に来たのは、何も自然保護区がイヤになったわけではない」

「そりゃ、何か目的があるんだろうな」

「そうだ。この島国には――我らの祖先が遺した宇宙船がある。それを探してほしいのだ!」


 並々ならぬ熱意が、言葉の端々に滲んでいた。すぐにはあたしも比翼も言葉を発せず、お互い顔を見合わせてしまった。

 二億年前の宇宙船だって? いよいよ穏やかではない。


「あたしが思うに、そういうのは女子高生よりNASAとかJAXAの方が適任だ」

「モカ君ねぇ、エリア51にご案内かも」


 真っ当な指摘とオカルトネタで返され、モカは短い前足をペチペチとカーペットに叩きつけた。


「拙者もそういう施設があることは知っている! だが事情を説明したところで、研究材料にでもされるのがオチだろう!」

「かもな。さらに言や、二億年前だろ? そもそも動くのか」

「間違いなく生きている。あの船は、我々一族のクチバシにしか感知できない微弱なを発している、目覚めた拙者はそれを辿ってこの街まで来たのだ。しかし近づけば近づくほど、この国は多種多様な電波が入り乱れて正確な位置を特定できん」

「電波ゆんゆんだもんねぇ、この国って」

「頼む、拙者に協力してくれ。君達と出会えたのも何かの縁。この出会いは必然だ! 拙者はまだ見ぬ心の故郷をひと目見たい!」


 まくし立て、モカはあたし達を交互に見つめた。そんな目で見んなよ。すがるような眼差しが潤んでいるのを認めると、サラ金で借りてまでチワワを買うおじさんの気持ちも今なら理解できる気がした。

 ただ、そろそろウチの朝飯の時間だ。


「さっき、宇宙に興味あるかって聞いたよな」

「あぁ、目ざとく反応したな。君なら助けてくれると、拙者は踏んだのだが」

「考えさせてくれ。あと宇宙は嫌いだ。あたしが手を伸ばす先は――蒼い空を紅く穿つ太陽の、あの圧倒的な熱量だけだ」


 モカは言った意味が分からないのか、ぽかんとしていた。

 半紙に揮毫きごうした『焼死』の二文字を見やる。酷暑の気配を肌に感じながら――今日もまた、遥か天上にて熱く燃え盛る紅焔を思う。

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