第8話 或る初夏の物語

その翌日、日曜日の朝。

頭の上から射す光が少し眩しくて、目が覚めた。


「うーん」


僕は全身で伸びながら呟いた。

布団を見ると、昨日の様に膨らんだ様子はない。


「……………………」


ま、まぁエノキくらいの山はあるけど、生理現象だから仕方ないよね?

辺りを見渡しても、凪の姿はない。

昨日は家に帰ってから「ここで寝たい!」と凪が強く所望したので、直に布団を敷いて寝かせていた。

エアコンも効かせているし、なにせこの部屋は然程広くない。

皮肉だがエアコンの効きは良いようだ。

僕は目をこすりながら、パジャマのまま部屋を出た。

髪の毛はボサボサで、足取りもどこか覚束無い。


「……あれ、凪は?」


ふとキッチンに目をやると、何やら人影が見える。


「あ、湊!おはよー!」


「あぁ、おはよう…」


寝起きからか、意識と視界がぼんやりしている。

だからこそ、気付くのが数秒遅れた。

凪が、裸エプロンをしていることに。


「!?」


驚きすぎて体重が後ろに傾き、体勢を崩す。


「え、大丈夫?!湊!!」


僕が転ぶのを防ごうとしたのか、僕の胸に凪が飛び込んで来た。


「ち、ちょっと凪………?」


先ほど言った通り、今の凪は裸エプロンだ。

当然エプロン一枚しか隔てていなくて、感触が直に伝わってくる。

僅かだが彼女の突起物に意識がいく。


「はぁ〜よかったぁ!危なかったね、湊」


「いや転んでるし…っていうか、それ!その服装!」


「ああこれ?湊が喜ぶかなーと思って」


喜ぶ前に驚きがくるよ…しかも免疫が無い僕にとってそれは非常に…


「と、とにかく早く着替えて!じゃないと僕だって一応男なんだから」


「何言ってんの、男だからやってるんじゃん」


「なっ…………」


誘っているのか、そういう事か。


「いい…のか?」


恐る恐る問いかけると


「うん…来て、いいよ…?」


両手をいっぱい広げ、僕を包み込もうとする。

二人の了解なら、もう良いのではないか。

もう、我慢しなくてもいいんじゃないか?

そんな衝動に駆られてしまう。

勿論僕はそんな誘惑に抗えるはずもなく、身を委ねていく。


「んっ…」


一枚を隔てて凪は僕にだいしゅきホールドを決める。


「…いくよ」


数秒の覚悟の末、とうとう僕も卒業……


「ピンポーン」


できなかった。


「おーい湊?!暇だから遊びに来たぞー」


「連絡しようとしたのに、貴方ちっとも出ないじゃない」


空と可憐の話し声が聞こえた。

………やばいっ!鍵閉めてあるよな?

あれ?閉めたっけ?も、もしかして…

確証もない不安感に襲われる。

こ、この状況はマズイっ!


「な、凪!とりあえず隠れて!」


「ど、どうして…?」


「あの2人は僕の同級生なんだ。凪を家に居候させている事を言ってないから不審がるかもしれない。とりあえず隠れてて」


そういいって、ベットの布団の下に隠れさせた。


「ど、どうぞー上がって上がって」


鍵はしっかりと掛かっていたようだが、友達を待たせるわけにもいかないので、上がらせた。

急いで着替えて時計を見たが、11時だった。

寝すぎて体内時計が狂ってしまった様だ。


「弁当作って来たから、食べましょ?

どうせ貴方たち冷凍食品で済ますつもりだったんでしょ?」


「その通りです…」


反論のしようがない完璧な正論に打ちひしがれ、ありがたく食べさせて貰った。


「お、うめぇぞこの玉子焼き!なぁ湊?!」


「うん、確かにトロトロで美味しい…」


「そう?嬉しいわ、もっと食べて」


「うんめぇ!うんめぇ!」


空はその後も止まる事なく食べ続けた。

一方僕は、どうやってこれを凪に食べさせるのか悩んでいた。

というのも、凪に出来立てを食べさせてやれない不甲斐なさと、自分だけが食べている罪悪感で思うように食が通らなかったからだ。


「あら、湊食べないの?」


「いや?!食べてるよ!ほら、このミートボールとか!」


「あ!それハンバーグよ?」


「はっ!?」


やらかした…動揺しすぎた。落ち着け、大丈夫だ、いつだって最適解はあるはず。かの森鴎外も言っていたじゃないか。


「あ、あの、もうお腹いっぱいになっちゃったけど、すごく美味しかったから残り貰っていい…?」


「え?あぁ、良いわよ。美味しいって言ってもらえて嬉しい…」


「そう?ありがと!」


上手く切り抜けた。

気付いたら空は腹がパンパンで動けなり、ぐっすり眠っていた。


「あの…」


「ん?なに?」


「暑くて外で汗かいちゃったから、シャワー浴びて良いかしら?」


「ん、いいよー」


グッドタイミングだ可憐!と心の中でガッツポーズを決め、凪に急いで食べさせに行った。


「これ、僕の友達が作ってくれたんだ。

よかったら食べてよ、すごく美味しいよ」


「……………」


凪はモジモジしている。


「どうした?」


「た、食べさせて!」


「はいぃ!?」


凄まじい剣幕で責め立てた。


「普段なら自分で食べろ」


と冷静に返すはずが、早く食べさせないと可憐が来てしまうという焦りで、思考回路が単調になってしまっていた。

そんな僕の脳で即座に否定できるはずもなく、


「しょ、しょうがないな…」


と肯定してしまった。


「はい、あーん…」


凪は照れ臭そうに目を僕から逸らした。


「はい、どうぞ…」


僕も同じく目を逸らし、挙動不審になりながらもフォークを凪の口に運んだ。


「はむっ」


凪の息が手に伝わる。

それだけで十分緊張するのに、口から出てくるフォークがいやらしく感じてしまい、ついついフォークの先をじっと見つめてしまう。


「ちょ、ちょっと、次よつぎ!」


凪は速くも次のあーんを求めてくる。



「凪、もう少しだから待っててね」


彼女にそう言い残し、凪に食べさせる事約10分、ひたすら"あーん"をする拷問に耐え、全部食べ終わって戻ろうとした時に、


「湊?タオルないから貸してくれない?」


そんな可憐の声が聞こえた。

そういえば疲れて洗濯もの取り込むの忘れてたっけと思い出し、即座にタオルを持って行くことにした。


「可憐ごめん、昨日タオル入れとくの忘れてたわ、ここに置いと…」


そう言って、脱衣所にタオルを置こうとしてドアを開けた時…


「あ、あんたなに入ってきてんの………!?」


不可抗力、否、それは完全なる僕の粗忽だった。

普通、ドアの前に置いておけばいいものを、わざわざ脱衣所に置く必要は少なくとも無かった。

そこには可憐の下着は勿論、可憐自身の一糸纏わぬ姿があった。

タオルがなく隠すものがなかったので、何もかもが見えてしまった。


「うわぁ!ごめんなさい!!!」


速攻でドアを閉め、ドアの外で必死に謝った。


「私もシャワー貸してもらってる身だからあまり強くはいえないけれど…

今の行為は、一女性として許されていいものではないわ……!」


「ごめんなさいごめんなさいっ!

以後このようなことがないように、再発防止を励行いたしますので………!」


彼女の冷淡で悍ましい声が、嫌という程耳に届いた。

ただ、可憐がその名に恥じず婉美だった事は一生忘れないだろう。

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星と少女の幻想物語 @Ltein

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