第2話 どうあがいても、絶望。

廊下に響き渡る蒼生の声が部室等を震わせる。


「たーかーみーねー!!」


多くの学生がまだ活動している中で、彼女は陸上部並の全力疾走で美術部の部室の扉まで一直線に走ってきた。


部室の扉を壊す勢いでスライドさせる。


「高嶺高嶺!聞いてくれ!」


蒼生は相変わらずの大声で悠生の名を呼んでいる。


「そう大声で呼ばなくても聞こえているんだが?」


悠生は呼んでいた本を閉じ、机の上に置くと、ドアの前で息を整えている蒼生の方を向いた。


「高嶺!見てくれ……これを……!!」


蒼生が慎重に掲げて見せたものは


「なぁっ!?」


悠生の心に大きな波紋を呼んだ。


蒼生の手に握られていたもの、それは…。


「そ、それは…、存在自体が都市伝説として語り継がれる…、じゃねぇかぁぁぁあああああ!!」


そう、それは街に住むものならば知らないものはいない、この街の商店街にある商店街運営が設営するテントによって行われる福引。


サービス開始からすでに数十年が経過しているらしいが、その一等をあてたものは誰もいないという伝説の福引の景品が、目の前にかざされていたのだ!


「みみみみみ…美山……お前……まさか……あてたのか…!?」


蒼生は喜びの涙を流しながら親指を突き立てた拳を上げた。


「うおぉぉぉぉおおお!!やったな美山ァ!これで夏休みの退屈な時間が埋められるぜぇ!!」


「しかぁし!」


蒼生は涙を拭い、両手でしっかりと旅行券を持つと、悲しそうにうつむいた。


「高嶺ぇ…


「……は?」


「いいから高嶺ェ!美術部の部員の数を答えろォ!」


この時点で悠生、一抹の不安が脳裏によぎる。


「………えーっと…美山さん…、まさか…俺を置いて行くなんて言わねぇだろうなぁ…!?」


「神代さん一人残していくなんて私にはできないわ!!」


惜しむように涙を流して見せる。


「そ、そうだまりる!お前、わかってるよな…!?な!?」


最後の希望をかけて、まりるを見る。


「ええ、もちろん!


と、満面の笑顔で答えた。


「チックショォォォォーーーーーーーー!!!」







「うふふふ、ねぇあなた楽しみね」


「やめろよ気色悪ィ…!想像したくねぇよ…!」


「そうかしら?なかなかにお似合いよ?」


三人は今バスに揺られていた。


結局三人で行くことになったかというと話は別である。


正直お金を使いたくない悠生は、絶対に行きたいが金は都合できなかった。


ではどうなったかというと、ご覧のありさまである。


「おっほぉ!見ろ高嶺ェ!海だぞォ!海!なんて広大で美しいんだぁぁ!」


悠生は頭を抱えていた。


問題の種はまりるが発見したペア旅行券の一文だ。


―――――――


―――――


―――


「あら?」


「どうかしたの神代さん」


「こちらを」


「?」


「「………子連れは2人までならOK…?」」


「はっ…!?はっ!?」


「高嶺ぇ…ふっへっへ…だってさぁ」


「ぐぅっ……美山と……に!?」


その時、悠生に衝撃走る。


ドクンッ!!


「うっ…(心臓麻痺)」


「おいゴラァ高嶺ぇ!さすがの私も傷つくぞコラァ!泣いちゃうぞいいのか!?」


この混沌とした場を鶴の一声で納めたのはまりるだった。


「別に私はお二人がパパとママでもかまいませんわ?」


その時、二人に衝撃走る。


「あ、あの…神代さん…?もう一度言ってもらっていいかしら?」


「ママ?」


「はうっ…!?(尊死)」


「まりる俺も俺も!」


「ふふっ…お二人ともこういうのがお好みなのですか?パパ?」


「ウッ…(絶命)」


まりるのパンチのある一言に、倒れ込んだ二人が一斉に起き上がり腕を組み合った。


それはもはや阿吽の呼吸をも超越するアイコンタクトの隙すら見当たらない圧倒的スピードの超心理的連携プレーだった。


「いいかぁ美山ァ!今から俺たちはめおとだぁァ!」


「ああ!永遠を誓い合った仲だオラァ!愛しの娘可愛すぎるんですけどォォォ!!!」


まりるそっちのけで完全に出来上がってしまった二人(白目)。それをみてまりるは楽しそうに微笑んだ。


「あらあら…」


―――


――――――


―――――――――


「今過去に帰れるとしたらあの時の俺をぶん殴って冷静にしてやりたい」


「のちに高嶺氏はこう語る」


「かってにナレーションを付けるな。そんなにはしゃいでたらどっちが子供かわかりゃしない…」


悠生はため息をついて見せる。


「なにぃ…高嶺ぇ…さすがにまりるとは犯罪だと思うぞ…」


蒼生が目をそらしながら悠生の方に手を置く。


「そうじゃねぇよこのタコ!」


「それじゃあ私は部長さんのということになるのね」


「のるの!?」


まりるは両腕を広げて蒼生を笑顔で迎える。


「ママに甘えていいんですよー?」


「私はその瞬間、動くどころか表情をもとに戻すこともできなかった。一切の感情を払った真顔になっていたのである。そう、神代さんの天にも昇る究極の癒しに悟りを開く境地に達してしまったのであった」


「セルフナレーションなげぇし、鼻血を止めろ!」


蒼生の肩をどつく、さすがにふざけすぎたことを自覚したのか、悠生が差し出したティッシュを受け取ると、綺麗にたたんで鼻せんを作って鼻につめた。


「それはそうと高嶺…、私たちは一応夫婦ということになっている」


「まぁ仕方あるまい…で、それがどうした…?」


「夫婦同士がお互いを苗字で呼び合っているのはおかしいだろう」


「まぁ、たしかに?」


「そこでだ、今からは私のことを名前で呼ぶこと、私もお前のことを名前で呼ぶ」


「わ、わかった…み…あいや…あ……あお……///」


「や、やめろ、変なところで照れるなよ!私も言いにくくなるじゃないかぁ!」


「わ、わるい…10年以上これでやってきてるから…、いざ呼ぶとなると逆に恥ずかしいっていうか…さ」


「何の逆なんだ!別に名前を呼ぶくらいどうってことないだろう!神代さんのことは名前で呼んでるくせに!」


「ッ!!じゃあお前も言ってみろよ!!そこまで言うならちゃんと名前で呼べるんだろうな!」


「あたりまえだろう!ゆうせ………ゆっ……」


「はっはーん?どうしたぁ?言えてねぇーぞ?」


「下の名前何だっけ?」


「ズコー!ってんなわけあるか!」


「いやはは…たしかになんだかむず痒いものがあるな……。しかし、それこそが私たちが今までに築いてきた絆ってやつなのかもしれないな…」


「美山……いいこと言うじゃねぇか…!」


その時車内にアナウンスが流れる。


次は~八戸~八戸~


「あ、もう降りなきゃ」


蒼生のその一言でおしゃべりをやめ降りる準備を始める。


そして3分ほどすると、バスは停車した。


バス賃を払って降りると、目の前には辺り一面ビーチが広がっていた。


それを見るなりまりるが、


「で、名前は呼べたかしら?」


「蒼生…うん…違和感半端ねぇが…期間限定でこれだ」


「はぁ…わかった悠生。帰ってから聞きたいって言っても呼ばないからな」


「ふふふ、お二人ともまるで付き合いたてのカップルみたいよ?」


からかうようにしてまりるが笑う。


二人は目を合わせると、紅くなって黙り込んでしまった。


旅館についてからもそんな沈黙が続いてしまったのでまりるはいったいどうしたものかと考えたが、風呂に入ったあたりで蒼生のテンションが完全に元に戻ったため、悠生もそれにつられるようにもどった。


海鮮を楽しみ、二日目に入ってからは海水浴ではしゃぎまくった。


だがその日の夜、事件は起こった。


深夜2時、蒼生はトイレに行きたくなって目が覚めた。


ほかの二人を起こさないように注意しながら、暗闇の中トイレへと向かった。


用を済ませてふとおもむろに外を見ると、明かりがふよふよと移動しているのが見えた。


一瞬、人魂かと体がこわばったが、よく見るとそれは提灯で、その明かりで持ち手の姿が見えた。


最初の一人が通った後、何人かが連続して通っていった。


「こんな時間になにかあったのかな?」


部屋に戻って二人に声をかける。


「外で何かあったみたいなんだ、見に行かないか?もしかしたら人手が必要になるかも」


とは言ったものの、二人とも完全にレム睡眠に入っていたらしく、その意識はまどろんでいる。


「あおい……わかった…ちょっとまってくれ…」


「ママ…?うん…」


「むぅ…二人とも…。まぁいい、先に行ってるからな!」


服を着替え上着を着て部屋を後にする。


さすがに夜に出歩くことになるとは思っていなかったため、懐中電灯なんて持っていない。


携帯電話のライトだけが頼りになる明かりだ。


先ほどの廊下から見た場所にたどり着いただろうか?


廊下からではわからなかったが、その場所に立つと、すでに雑木が立ち込めていて気を抜いたら足を引っかけて転んでしまいそうである。


そう考えると、さっきの人たちの服装はよく見えなかったが、しっかりとした服装をしていたんだろうと予測できる。


湿気が高いのか、地面がぬかるみ草がすべる。それに冷気が質量をもっているみたいに肺に入ってくるものだから、どうにも気味が悪い。


いくらすすんでも人の影は見えず、だんだんと怪しくなってきた。


「ううっ…寒い。おかしいな…道を間違えたのかな…?なんだか空気も気持ち悪いしもう帰るか…」


そうつぶやいて振り向こうとしたとき、視界の隅に赤いものが見えて目を戻す。


蒼生が見つけたものは朽ち果てた鳥居だった。道も整備されておらず、他の場所よりは草木の背丈は低いものの、かなり生い茂って入るが、奥へと道は続いている。


「あ、こっちか」


自分の進もうとしていた道の続きを見つけたことで蒼生はさらに足を進める。


鋪装されていた形跡は残っているのだが、今はもうそれを突き破って草が生えてきている。ならべられた石がしゃれこうべのような穴が開いていて不気味だ。もしくはこの暗闇がマイナスの感情を煽り立てそういう風に見せているだけかもしれない。


少し進むと、古い看板が目に入った。錆びついてしまい、難解なものであったが、かろうじて書かれている文字は読むことができた。


『ココカラ先ヘ立チ入ル者、命ノ保障ハナイ』


戦時中のものだろうか?さすがにこの看板が恐ろしすぎて、これ以上先に進むのは戸惑われた。


「な……なんだよこれ…、やばい…!!早く戻らなきゃ…」


後ずさると何かにぶつかった。


とっさに後ろを向くと、ずいぶんと古い恰好をした男性が立っていた。農民だろうか?頭に藁の傘を載せている。


蒼生はそれを見た瞬間、悲鳴を上げて逃げ出した。その男の手には、草刈鎌が握られていた。


そしてなにより、見てしまったのだ。携帯電話の光が照らした先に、永遠に光の届くことのない虚空が二つ空いているのを。


逃げる蒼生を追いかける影は一つ、また一つと増えていく。


足音が徐々に背中で増えていく様は恐ろしかった。


逃げる途中で蒼生は、運よくボロ小屋を見つけることができた。なんとか扉を開け、かんぬきをかけ必死になって息を殺した。


外からは大勢の足音と、叫びによくに声を発していた。言葉なのだろうか?


少なくとも日本の言語じゃない。だからと言って、今までに聞いたことのある既存のどの言語とも当てはまる様子を見せなかった。


足音は去っていき、小窓から覗く光は何一つなかった。


立ち去ったのか?とも思われたが、まだどこからか声が響いている。


「…もうやだよぉ…なんだよあれぇ…」


蒼生は訪れた平穏に息を殺したまま涙した。次第に暗闇に目が慣れ、わずかながらに差し込む月の光を頼りに、ここを抜け出すに何か役に立ちそうなものはないかと探し始めた。


手探り次第に探した。とするとどうだろう、今まで恐怖で感覚が薄れていたが、次第に落ち着いていき、その小屋に立ち込める異様な臭いに気が付いてしまう。


言いようもないが、吐き気がする。冷蔵庫の中身を全部腐らせたらこんな臭いになるだろう。そしてかすかに鉄錆びの臭い。


わずかにしか見えないが目を細めてなんとか注視すると、臭いのする床、そして壁に、大きく吹きかかるようにして夥しい血痕が刻まれていた。


心なしか月明かりを反射して、まだ生乾きにも見える。


思わず喉が閉まり、きゅっと音が出てしまう。


さすがにその程度でこの密室を破るほどではなかったため外に変化のある動きは感じられないが、このままここで待つというわけにもいかない。


朝になれば絶対安全というわけでもあるまい。何よりの証拠にここに血痕がある。


なんとか冷静な思考を取り戻した蒼生は血痕の横の壁に斧が突き刺さっていることに気付く。


深く突き刺さっており、なかなか抜けなかったが、何とか引き抜くと両手でそれを持ち構えてみた。


「私の足で逃げ切れるか…」


いくら手斧とはいえ普段は筆や鉛筆、せいぜい本などを持つくらいしか筋肉がない。


たとえ仮に同等の重さの本を抱えられたとしても、柄から伝わる金属部の重みは耐えがたいものだし、ましてやそれを人に、人に似た何かに振らなければならない。


そしてもしもの時はすぐに捨てなければ、走るのに邪魔になるだろう。


周囲に聞き耳を立て、人気がないことを確認すると、ゆっくりとかんぬきを外し、扉を開ける。


扉から外をのぞきこみ、人影がないのを見ると、音を立てないようそっと外へ出た。


ただ、慌てて駆け込んだため、どちらに向かえばいいかわからない。


下手をすると、あの不気味な人もどきの向かう方向へ行く羽目になる。それだけはごめんだ。


しかしあたりに目印になるものは見つけられない。それどころかまだ遠くにあの人もどきが持つ提灯が見えた。


やはり蒼生を探しているようだ。


「捕まったらなにされるかわかったもんじゃない…」


蒼生はとにかく歩き出した。中腰のまま痛む膝をこらえて、ゆっくり慎重に。


しばらく進むと、集落のような場所に出た。


まるで人気はないが、集落の中にも揺らめく炎の影が見える。


だがこれで一つ確信できた。逆だ。


今来た道を引き返せば、入口に戻れる。


そう考えた蒼生は振り向いて、足早に集落を離れた。


壮麗な月が木々を照らす。運がいいのか悪いのか、草木も照らされよく見える。


そして間違いなく運悪く、蒼生を探す人もどきが集落の方へと向かってくる。


なんとかしてやり過ごさなければならないが、あたりに隠れられそうなものはない。


ふと目に入ったのは、お地蔵様である。なんとか蒼生の体ならちょうど背にして隠れられそうな大きさであった。


(頼む……気付かないでくれ…)


再び息を殺してあれらが通り過ぎるのを待つ。


例のおぞましい叫びにも似たあの声が近づいては遠ざかっていく。


そして進行方向から見えるあかりがなくなってほっと一息ついて気を抜いた瞬間。


もたれかかった地蔵が台座の上を音を立ててひきづった。


遠ざかった足音がこちらに向かってくる。しかもその数は、先ほど通り過ぎた数よりも断然多い。


「ア゛ァァァァアア――――…………ア゛ア゛アアアァァァァ……」


すぐそばであの声が聞こえた。そして再び、蒼生はあの吸い込まれそうなくらい真っ暗な二つの虚空と向き合ってしまう。


次の瞬間、蒼生は大きくあけられた口に恐怖し目をつぶる。


ああ、ここで死んでしまうんだなと、わかってしまった。


でも、その瞬間は一向にやってこなかった。思い切って目を開けるとそこには…


「ア゛ァァァア゛ア゛!!!!」


首のない人もどきが血を噴き出してのたうち回っていた。


そしてあの聞きなれた不機嫌そうな声が響いた。


「美山を返せこの死にぞこない共がァ!!」


どこから引っ張り出したのか、その手には長いバレルが付いた水平二連式のショットガンが握られている。


そしてすさまじい破裂音と閃光を轟かせ、再び人もどきの頭を吹き飛ばす。


慣れた手つきで銃身のロックを外すと薬莢を排莢し即座に実包を装填し再び銃身を戻す。


銃を構えなおすと、ゆっくりと前に前進する。


「まりる、を組め」


「ええ、わかっていますわ」


白い閃光とともに札が結界を結ぶ。


じりじりと引いていく人もどき、そしてついに悠生は腰を抜かしている蒼生の姿を発見する。


「おいッ!美山!平気か?どこもケガはないか?」


悠生の顔を見た瞬間は何が何だかわからないという表情をしていたが、自分が助かったと実感した瞬間、悠生の腰に抱き着いて泣いた。


「たっ…高嶺…?高嶺っ!高嶺ぇっ!!怖かった!死ぬかと思ったぞ高嶺!助けに来るのが遅いんだよぉー!」


わんわんなく蒼生をなだめながらもその手は引き金にかけられている。まだ注意を解いていない。


しばらくはまりるの張った結界に体当たりなどを繰り返していたが、やがてそれが無駄なことだとわかったのか、人もどきはどこかへ去っていった。


泣きつかれたのか気を失った蒼生を背負いあげて、旅館への帰路を急いだ。


「おいまりる…後ろ追ってきてるか?」


「いえ、気配は何も…。それにしてもよく」


悠生は今、蒼生を両腕で抱えている。いわゆるお姫様抱っこだ。


さらに追加で山道を歩けないまりるをおぶっている。


「よく人間二人を抱えてこの悪路をすすめるのね」


「あぁ、蒼生がもうちょい重けりゃお前に歩けといっていたところだ」


加えて、山のぼるにゃお前みたいなチビでひょろには向かねぇよ、といった。


まりるは笑っているが、少しだけしがみつく腕の力が強くなったような気がした。


「まりるさん…首、くびしまってまーす」






朝日が部屋に差し込み、そのまぶしさで蒼生は目を覚ました。


「……ここは…」


旅館の自室だ、あたりを見渡すとすぐに見慣れた顔が見えた。


「あら、おめざめですか?部長さん?」


「ああ?目が覚めたか?飯はまだこない。もう少し寝てても…っ!!」


「あら?」


勢いよく蒼生が悠生に飛び込んでいく。突然のことで少しバランスを崩したが、なんとか蒼生を受け止める。


すぐに引きはがそうともしたが、がっちりホールドされていたし、なにしろ涙をこらえてすすり泣く声が聞こえたため胸を貸してやった。


「おー、よーしよし、怖かったな。でももうあいつらはいないからな」


手のひらを頭に添えて優しく撫でてやる。しばらくすると落ち着いたようで、礼を言って離れた。


それから少しして女中さんがご飯を運んできた。


綺麗にたたまれた布団や、蒼生の目が赤かったことなどいろいろ尋ねられたが、飯にしてくれと強引に押し通した。


「それにしても昨日のありゃあいったい何だったんだろうな?」


悠生が飯をつつきながら話をぶり返す。


「飯の時に思い出させるなよ…」


「大変失礼ですが、昨日なにか?」


女中さんが話に入ってきたのでもしかしたら知っているかもしれないと、悠生がまりるに目配せをすると、頷いたので昨日あったことを聞いてみることにした。


「昨日おかしな人たちが外を歩いていましてね、ずいぶんな時代錯誤な格好で提灯吊り下げて、物騒にも鎌や斧なんか持っちゃってさぁ」


それを聞くと、女中さんは青ざめたようだった。


なにか知っているのかと尋ねても、私の口からはとても、と引き下がるため、それなら話を聞かせてくれる人を教えてくれというと、ばつがわるそうに部屋を出ていった。


すると、どういうわけか、飯を切り上げさせられ、女将のもとへと案内された。


大広間に通され、大きな部屋に似つかわしくないが、三人分の飯が置かれていた。


ふすまから外の様子をうかがえたが、住職がどうの、とか祓ってもらわねば、とか聞こえてくる。


少しすると、女将が入ってきて、席に座るように促される。


席に着いてすぐに、


「この度は大変に申し訳ございませんでした」


と、頭を下げた。もちろん、そんなことをされる覚えは三人にはない。


「今どきの学生に信じていただけるかどうかわかりませんが、あなたがたが見てしまわれたのは…ゾンビのようなものです」


「信じるけどお祓いとかは結構だ、優秀な祈祷師が隣に座っているもんでな」


と、悠生が言うと、後ろから声がした。


「それは残念だ、もう到着しちまった」


後ろを振り向くと、ガタイのいい男が立っていた。素人の悠生や霊感0の蒼生にはわからなかったが、まりるにはすぐわかった。


逆に、向こうもまりるのことに気付いたようだった。


「彼は哲勇さん、近くのお寺の住職であなたたちが見た屍人についてもなんどかお祓いしているの」


「女将さん、この子たちにはそういうのは不要みたいだ。俺が話を付けておくから、仕事に戻ってくれ」


そういわれると、女将はうなづきながら部屋から出ていった。


そして、ここからこの哲勇という人物からあの人もどき、屍人について説明を受けることになった。


「昨日見たとき、あれはただの怨霊ではなかった。物理法則の関与を受ける性質を持っているようだった。」


悠生の言葉に哲勇は深く頷き、こう告げた。


「あれは霊ではない」


蒼生が首をかしげる。


哲勇によれば、あれは死んでいることに変わりはないが、あまりの無念が怨念と変化し、その屍に取り付いたものだという。


「君たちが昨日の夜体験したことを詳しく教えてほしい」


というので、蒼生が昨日の経緯を説明したところ、


「ふむ、悠生君彼女は普段からそんな感じなのか?」


そんな感じ、というのは、夜偶然見かけた集団を追いかけていくような性格か、というのを聞かれているらしかった。


確かに、ビビリの蒼生がそんなことをするなど、幼馴染の悠生にはとても考えられなかった。蒼生もそれに関しては、なぜかそんな気分がわかなかったという。


「もうすでに呼ばれていたんだろう。集落へは入ったのか?」


「い、いえ、集落の中にはたくさん屍人?がいたので、直前で引き返しました」


「それは結構だ、もしも集落の中に入っていたら、恐ろしいことが起きていただろう。」


悠生は思い切って聞いてみる。


「あれはいったい何なんだ?今まで遭遇したどの霊や生き物とも異なっている。外部と行き来できる接点を持った具現化結界なんてのは聞いたことないぞ」


そこで哲勇は悠生の観察力を誉め、こういった。


「そこまで観察できているとは恐れ入った。そうだ、確かにあの村は実在する。」


「えっ…そりゃあ…するんでしょうけど…」


「蒼生、まりるの結界の中にはなんどか入ったことがあるな?」


「まぁそりゃあもちろん」


「あれに出入り口なんてのは無い、悪しきものから身を守るためのものだからな、基本的には解の印なりなんなりじゃないと結界からは出れない。あの空間も結界に似た構造でできている。しかし、出入り口がある。この世界にはまだあの村は現実上に存在しているのに、だ」


「???つまり、昨日見た村はもう一度行けばあるってこと?」


「そうだな、でもなぜか、俺たちは現実上にある村ではない村に行ってしまったんだ」


哲勇がどこからか紙とペンを取り出し、図を描き始める。


「旅館がA、現実上に存在する部落がBだとすると、君たちが入ったあの村はB'として別に存在しているんだよ」


「んな…ばかな…」


「君が言う普通の霊と違うというのは、このB'の空間内部だったからだ。私が調査した結果、あれらは殲滅してもいずれ復活するということと、あの中ではエネルギーの流れが無いということがわかっている」


「エネルギーの流れが無いというと?」


「あの空間内ではどれだけ運動したりしてもおなかは空かない、もちろん走れば疲れるが、疲労感が残るわけではない。なにより時間の概念がない。あの村は、事件のあったその日のままらしい」


そこまで聞いてはじめてまりるが口を開いた。


「事件、とは?」


「私も話しか知らない、なんでも明治初頭にあの村の住人が一晩にして全員殺害されるという異様な事件があったというんだ。彼らはその犯人を探して人を誘い人を殺す。殺された人間の無念を喰らって力を強くする。負の連鎖さ」


やりきれないような声で哲勇が話す。


まりるはそれを無言のまま頷いていた。


「お祓いをと言っていたが、あれはその、なんだ、影響のあるものなのか?」


「ああいったものに耐性がない人はみんなそうなる。酔いみたいなもんだ」


説明を終えると、さて、といって哲勇は出ていった。


女将が戻ってきて、ご飯を食べたのを確認するとお膳を下げてくれた。


それから、ここに泊まるのは嫌だろうから別にホテルを予約するかどうか聞かれたが蒼生が、


「むしろホテルで何か起きそうな予感がするからここでいい」


と言ったので、その申し出を断って三日目を楽しんだ。


最終日、なにもかもだしきって全力で楽しんだ。旅行はおしまい。だが、夏休みはまだまだこれからだ!







「そういや悠生半分寝てたよな、よく助けに来れたな」


「別に助けに行かなくてもよかったんだがな」


「おまっ…お前ぇ…!」


「お前が死んでも変わらない毎日が過ぎていくだけだ。でも、お前がいない毎日は退屈だろうからな」


「あら?それは照れ隠しで自分のためだ、とおっしゃるおつもりで本当は心の中では俺の女は俺が守るとか思っていらっしゃるわけですのね」


「えっ…それは(ドン引き)」


「よーしまりるちょっとあの岩陰に行こうか?道場一と恐れられた俺の関節技を見せてやるよォォォ!!」

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