STEP UP
高1の夏が過ぎた。
時間と言うのは早いものであっという間に過去へと変わっていく。
柑那と付き合い始めて丁度1年が過ぎようとしていた今日。
俺たちの順調に進む交際もここから徐々に変化が訪れようとしていた。
「入学して半年経つけど、女子高はどうよ?馴染めてるか?」
今日は特に暑い日で最高気温三十五度を観測した。
だから、一年記念日の今日は以前のように外ではなく室内。
室内といっても扇風機が回っている駄菓子屋のイートインコーナー。
店主であるおばあちゃんは昔からの知り合いで良く知った顔だ。
そのため、店番代わりにこの店の一角をお借りして二人の空間を満喫している。
しかし、今まで来たお客さんの人数はゼロ。ほとんど店番していないにも等しい。
「うん。馴染めてるし、ちゃんと青春だってしてる。部活入ってないからいろんなことができる時間があって、今までできなかったこととか楽しめていいよ」
俺の恋人――
勉強もそこそこできる彼女は県立を狙っていたのだが、勉強ができる環境がかなり整っている私立に魅力を感じたらしく推薦で見事合格した。
対して俺――
頭が悪いのは元からだが、彼女のように勉強熱心でもないので家から近い地元の高校を選んだ。
さらに、普通科であるのに無許可でバイトができるということも決め手となった。
そして、少し遠距離な二人の恋愛が始まったのだ。
「そっか。柑那の家は裕福だから意外と遊べてるんだなー。俺もバイトとかせずに遊びたいわーー!」
「その代わり勉強はしてないでしょ?」
ごもっとも。と心の中で呟く。
柑那はいい大学に行って、自分の将来の夢を叶えるために今の高校を選んでいる。
決して遊んでいるわけではないのを知っているが、自分の家の家計の都合で遊べていない俺からしたらそっちの方が羨ましい。
「勉強はしてないけど、こう見えてちゃんと家計の足しになるように働いているんだぞ?それも、柑那の言いつけどうりに少しは勉強もしてる」
「へえええ。変わったね勇雅は。去年は成績もボロボロで高校どうしよーって騒いでたくせに。やったら両立できるじゃん」
柑那の今日の服装は昨年と全く同じと言ってもいいほど似ている。
シンプルなオレンジのワンピースに白のサンダル。
相変わらず芳香剤の香りはラベンダーだ。
違うのは髪の長さ。昨年はポニーテールとこれまたオレンジのシュシュだった。
オレンジは彼女の好きな食べ物であるミカンが関係しているのだろう。
「そういや、髪切ったんだね。ショートボブっていうのかな?めっちゃ似合ってる。その髪を
「その表現、めっちゃキモいよ。というか、そこまでべた褒めは引く」
でも、そのキモいっていってるときの笑顔は太陽に負けないくらい輝いてる。
なんでキモいって言いながら笑うのかは分かんないけど、多分、褒められたことが嬉しいのかな。いつもそうやってテレを隠してくる。
「でも、前会ったのが四月の最終週の日曜日だっけ?あの時はたしか二人でバスに乗って遊園地に行ったんだっけ。日帰りで岡山辺りに行ったんだよね。あのときは今日みたいに晴れてて楽しかったよね」
「そうだったな。で、帰りのバスに酔った柑那が……」
「それ以上言ったら殺す」
シンプルな殺意。だけど、俺からしたら嬉しい殺意。
多分、付き合う以前の俺達でもこういう風に言い合えたのかもしれない。
けれど、「嬉しい」とは恥ずかしくて思えなかったと思う。
実際、あの時は好かれているか好かれてないかもわからない状況での友達付き合いだったこともあって、今ほどは何でも言い合えなかった。
だから、こうやって二人で静かな場所で言い合える時間が楽しい。
「ねえ、今度のクリスマスは開けておいてよ?」
「それ、去年開けておいてって言ったのに友達と遊ぶ約束してた柑那が言えることかよ?まあ、俺はいつでも開けておくけどよ」
「きょ、去年はほんとに毎年のことだったから忘れてて。だけど、今年こそは開けておくから!約束!」
「本当だな?じゃ、約束破ったら……キスな?」
多分、キモいって言いながら笑われる。
その未来が見えていたのに彼女は堂々と裏切ってくる。
「約束守れても、守れなくてもキスくらいしてあげるっての。何なら今からだってしてあげる」
その時、俺の顔は運動会の徒競走でこけた時よりも恥ずかしい気持ちがこみ上げてきた。顔は紅潮し、前もろくに見られない。
「あれー?
抑えきれなくなった感情は気が付けば鎖が解けていた。
「黙ってろよ、柑那」
優しくそう呟いた俺は、気が付けば柑那のしっとりして柔らかい唇を奪っていた。
柑那の夏でも白い肌が視界に映る。
背中に回している俺の腕に少し力が入る。それでも、柑那は怒ることもなく口づけを続けている。
柑那も俺の腰に腕を回して少し見上げるような体勢だった。
時空の止まった約三十秒の間。俺の頭に残る記憶はほとんどなかった。
夏の日差しが海に指し、キラキラ輝く海面が金色に輝き始めるころ。
俺と柑那は手を結び、オレンジの照明を背中に受けながら帰途についた。
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