締め切り
空知音
第1話
ボクはあと五分で二十歳になる。
しかし、その五分間が問題なのだ。
目を覚ます時刻、コーヒーメーカーのスイッチを押す時刻、トーストが焼き上がる時刻。全てが決まった時刻に起こる。
それがボクの日常だ。
そして、唯一の趣味が彼女にメールを送ること。
その時刻は、決まって深夜零時ちょうど。
一年前に書き始めてから、一日も休んだことはない。
つまり、三百と六十四日続けてきた。今日送れば記念すべき一周年となる。
始めた時には、自分が一年も書き続けられるとは思わなかった。
なにせメールの中身はラブレターなのだ。
つまり、ボクは三百六十四通の恋文を送ったということ。
それは彼女に三百六十四もの魅力があったということ。
しかし、なぜか三百六十五通目のラブレターが書けない。
ボクに文才が無いのだろうか、それともまさか彼女に三百六十五番目の魅力が無いのだろうか。
時刻は、十一時五十六分。
四分しか残されていない。
まだ一文字も書けていない。
彼女の目も鼻も口も髪も、指の一本一本にいたるまで、その美しさを物語風に、または詩の形で、時には短歌や俳句の形で表現してきた。
それなのに、記念すべきはずの今日、ボクの中は空っぽになった。
時刻は十一時五十七分。
残り三分。
もう長い文章は無理だ。
三行詩にしようか。
それとも、俳句でいくか。
いや、俳句はダメだ。
すでに一度使ってる。
時刻は十一時五十八分。
あと二分を切った。
こういう絶望的な状況でこそヒラメキは生まれるんじゃないのか。
なぜ、それがボクに起こってくれないのか。
いや、諦めてはならない。
最後の一瞬まで、自分の全てを賭け言葉を紡ぐんだ。
時刻は十一時五十九分。
残り一分。
秒針が最後の回転を始めた。
急げ!
何でもいい、書くんだ!
そうしないと――
どこからか日が改まったことを知らせる鐘の音が聞こえる。
全て終わったのか。
彼女に会わせる顔がない。
あれ? そういえば……。
ボクは一度も彼女に会ったことなんてないじゃないか。
題名のない、見覚えがないアドレスからのメールが最初に届いたきりだった。
今ではそこに何が書かれていたかすら忘れてしまった。
ボクは誰にラブレターを出していたのだろう。
とにかく、いつもの時間にラブレターが出せなかったことを謝っておこう。
送信と。
おお! 彼女から、初めての返信かな。
ボクは端末の表示を読んだ。
”このアドレスは存在しません”
締め切り 空知音 @tenchan115
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