13 ナナオの推理【解決編1】

 当初、ナナオはシスターだけに真相を伝えるつもりだったらしい。

 だがシスターは、「皆で拝聴するべき」と主張して、メンバーを呼びにいった。

 一堂に会する謎解き。

 まるで予定調和のようにことが進んでいる。

 “終わり”が確実に近づいてきている。その予感に、僕は知らず知らずのうちに武者震いしていた。


 登場人物が集合するまでの間、エントランスホールで少し話した。


「あのさ。クレルさんとナナオくんってさ……」

「もしかしてクレルに何かされた? キスとか?」


 興味本位で切り出したが、逆に問い詰められてしまう。


「うっ、えっと」

「あんなのクレルにしたら、ただの暇つぶしだよ」


 暇つぶしって。

 ナナオは暗い眼差しのままで言う。


「これまでの転生で、それこそ恋人や夫婦みたいに生活してたこともあった。

 でも、クレルにとっては全て暇つぶしでしかなかったよ。俺の前では口に出さなかったけど、クレルが望んでいたのは長い生の終わり――それだけだった」


 そんなことないよ。

 なんて、到底言えるはずもない。彼らの過ごした長い長い年月を端的に表現したナナオは、諦め、なんて甘く感じるほどの、底の見えない絶望を抱え続けていたのだ。



 シスターが連れてきた、コスモックル多羅、ジェントルマン男爵、ミセスローズ。少し遅れて烈歌老師もヨボヨボとやって来る。


「シスター。検知器にここにいる人物以外の反応はありませんね?」


 推理を披露する前に、ナナオが念を押す。

 シスターは検知器を見やって、


「はい。侵入者の存在はありません。外部からの能力者の波動にも反応していません」


 ワールドエンド要塞の閉ざされた状況が今更のように認識された。犯人はこの中にいるのだ。


「じゃあ、はじめます――」


 ナナオは僕の傍から離れ、皆と相対する位置に立った。ウォータースクリーンが背景にある。


「まずは確認。昨夜、〈ゲスト二名〉が扉を通過した記録がシステムに残っていました。なぜ通路に出たのか?

 外は暗闇の上、トロルの巣窟で危険極まりないというのに。皆不思議がっていたけど、うち一人はクレルじゃないか、と考えた俺はピンときました。

 妹はまさに危険に身を晒そうとしていたんです、自分の意思で。そもそもの契機は、クレルの“自殺願望”でした」


 初っ端から、ショッキングな告知だった。意見しようと立ち上がりかけたシスターを手で制して、


「妹を一番理解しているのは俺です。とりあえず聞いてもらえませんか」


 力なく座ったシスターに頭を下げ、ナナオは続ける。


「話を戻します。昨夜、クレルは自殺願望を抑えきれなくなり要塞の外に出ようとします。何のため?

 トロルに、、、、喰われて死ぬ、、、、、、ためです。クラブの教えで自殺行為は禁止されているから、トロルに殺されようとしたんですね。安易な考えですが」

「そんな……恐ろしいことを」


 もともと落ち込んでいたシスターが、次は美しい顔を蒼ざめさせる。


「まあ普通の思考ではありません。妹は狂っていました。狂いきっていたんです。普段は狂気を抑え込んでいましたが、急に我慢できなくなった理由は……後ほどお話します。

 要塞を出ようとしているクレルを見かけた人物がいます――犯人です。

 ここからは今まで以上に想像を含みますが、犯人は妹を止めようとしたのでしょう。通路に出て説得をこころみますが、思った以上に妹の願望は強く、止めるのは無理と判断した犯人は――自らの手でクレルを殺してしまうのです」


 ナナオは瞬きもせずに、順繰りに一同を見つめる。

 シスターとミセスローズは早くも悲しみに浸り、コスモックル多羅と男爵も動揺を隠せていない。烈歌老師だけが、置物のように身じろぎひとつしなかった。

 次に発したナナオの声は、さらに掠れていた。


「殺したのは“慈悲”だった、と俺は思いたい。トロルに八つ裂きにされるより、楽に死なせてやりたかった、と。死因は不明ですが、絞殺あたりでは、と考えています。殺害後、ホールに戻ろうとした犯人に不運が訪れます。〈水滝の制御システム〉が故障していたのです」


 誰ともなく、やり切れないような溜息をもらす。

 すべてを目撃したであろう水滝はさらさらと流れ、美しい薔薇を映し出している。


「水滝を潜ればびしょ濡れになることは免れない。犯人にとって、それは避けたいことでした。まもなく始まる二十一時からの〈会議〉に出席することになっていたからです。濡れた全身を乾かす時間はない。かといって、このまま身を隠しているわけにもいかない。そこで、犯人は悪魔的な方法を思い付いたのです」

「悪魔的な、方法?」


 反復したミセスローズが、ぶるりと身を震わせる。


「犯人はクレルの死体、、、、、、を傘代わり、、、、、にしたのです」


 なっ、と誰かが叫びかけた。


「あまりにもふざけていると? 俺もそう思います。でも、この方法は華奢なクレルだからこそ成し得たことなんです。傘にするには、自分を覆うよう担ぎ上げなければならない。もし俺が死体だったら、その手段は取られなかったと思います。俺を担げるような立派な体格の方はここにいませんし」


 息をひそめて耳を傾ける聴衆へ、ナナオはさらに続ける。


「このときの犯人には、はっきりと保身の気持ちが芽生えていたことでしょう。次に行ったのは、自分の犯した《もうひとつの罪》を隠す工作でした。それが死体を燃やすことだったのです」

「待ってくれ」


 コスモックル多羅がストップをかける。


「もうひとつの罪って、何だ? 死体を燃やすことがなぜ罪を隠すことに? さっぱりだよ。そもそも、火はすぐに消えて大して焼けなかった……」

「それで良かったんです」

「なに?」

「水を被った死体はただでさえ燃えにくかったでしょうし、スプリンクラーが作動することも想定していた。でも、それで良かったのです。皮膚を焼くだけで十分だったんですよ、犯人は」


「もしかして」と多羅氏。「傘代わりにして死体が濡れたことを隠すため、スプリンクラーを作動させた?」

「いいえ。システムの記録から、〈ゲスト二名〉が水滝を潜ったことはどうせ明らかになりますし、死体を傘代わりにしたことがバレても、犯人が誰かを特定する材料にはなりません」

「それはそうだが……」


 蛇とカエルが睨みあうような、じっとりした嫌らしい空気が流れている。

 ごほん、と咳ばらいをしたのはジェントルマン男爵だ。


「槙村ナナオ。回りくどい弁舌は止めて結論を述べよ」


 先を促されたナナオは、わかりました、と素直に頷いて、


「犯人が隠したかった罪。それは、倫理規定に背き、クレルの肉体年齢を、、、、、進めた、、、こと。老化した、、、、肌を隠すため、、、、、、死体の皮膚、、、、、を焼いた、、、、。そうでしょう?――コスモックル多羅氏」


 告発されたイタリア系のハンサムは、あんぐりと大口を開けた。

 ナナオから事前に犯人の名を聞いたとき、僕は妙に納得したものだ。というのも、シスターやミセスローズがときおり彼を『多羅氏』と呼ぶことが気にかかっていた。

 多羅氏→タラシ→人たらし。つまり、僕。メタ的な視点だが、僕を嫌いな法ノ月が、当てつけで名付けた犯人なのでは、と疑ったのである。


「っ、僕はしていない……! そんな倫理に背くこと」

「でも、ミセスローズには能力を使ったそうじゃないですか」


 多羅氏がぐっと押し黙る。

 そのことを僕らに教えてくれたミセスローズは、気まずそうに顔をそむけた。


「クレルに懇願されたあなたは断ることができなかったのでしょう。その点は同情します。これ以後はふたたび想像になりますが。肉体年齢を進められ、愚かな妹は気づいたのでしょう。たとえ寿命が減っても、すぐに死ぬわけではないと。もしくは老いた自分の姿に絶望したのかもしれません――そこで彼女の精神状態は決壊し、激しい自殺願望にとらわれた。最初に戻ります」


 ひゃひゃっ、と不気味な嗤いを老師が上げた。


「なんとなんと面白くなってきたのぅ! で、首切りの件はどういった成り行きでああなった?」


 ナナオは憎々しげに老師を睨む。が、耐えるように、


「首を切断したのは多羅氏の本意じゃありません。犯行を目撃したファム少年によるものです」

「ファムが……?」


 凍死した愛弟子の登場に、悲しみに浸っていたシスターが狼狽をみせる。


「現場近くの管理室にいた彼は殺人を目撃していたのです。

 隠蔽工作をしていた多羅氏に近づき、『犯行を黙っておく代わりに、死体の首を切断せよ』と命じた。脅された多羅氏は言いなりになるしかなかった。切断にはホールの〈隠し引き出し〉に装備してある剣を使ったのでしょう。証拠になる血痕は洗い流されてしまったでしょうが」


 シスターが教えてくれた要塞の仕掛けだ。通路側の前室にも同じものがあった。


「さて、ファム少年の視点に移ります。頭部をいったんどこかに隠した彼は、皆が散らばった隙に、それを屋上へと運びます」

「屋上に?」


 小首をかしげるシスターに、ナナオは軽くうなづく。


「〈大天文台〉のドーム上に晒すため――生首を餌にトロルをおびき寄せ、俺たちを要塞に閉じ込めるためです」

「なんてこと……!」


 ドレスの裾を乱して、シスターがナナオに詰め寄る。


「そのような恐ろしいこと、ファムに出来る筈ありません! あの子は聡明で物静かで、いつも私を助けてくれて」

貴女のため、、、、、です、シスター」


 今度こそシスターはショックで固まってしまった。


「私の……ため?」

「思い出してください。昨日のプラネタリウムでの話し合いのことを。

 貴女は俺たち能力者を保護するため、しばらく要塞にとどまって欲しいと申し出た。しかし、能力者たちは賛成どころか、反抗的あるいは無関心な態度を匂わせた。ファム少年は、俺たちを貴女と敵対する存在として認識したのでしょう」


 彼の素っ気なさは、そういうことだったのか? 別に僕が原因ってわけじゃなかったんだな。ナナオは淡々と続ける。


「そんな彼が能力者の犯行現場を目撃した。忠誠心が高く、まだ幼い彼はどう捉えたか? 殺人事件が起これば救援隊がやってきます。当然、要塞が開城かいじょうされるわけです。シスターに敵対する犯人が要塞を出るため罪を犯した――と考えたのではないでしょうか」

「メチャクチャよ」


 つぶやいたミセスローズに、ナナオは同意するように、


「とても短絡的で子供っぽい発想です。でも、しかたないです子供なんだから。

 考えてみれば、この中で本当の子供といえば、彼しかいなかったのですね。僕もクレルも、見た目は幼いけど中身はそうじゃないし、シタラ君は異次元から来た宇宙人だし」

「おい」

「続けます」


 僕のツッコミをあっさり無視して、探偵は推理を語る。


「ファム少年の作業は〈大天文台〉に生首を晒し――ドームと壁の隙間に置いたのでしょう――、終わりのはずでした。が、トロルが押し寄せてきたことと生首の因果関係をいち早く知らせたかった彼は、さらに目立つ場所に頭部を晒せないか考えたのです。そこで目をつけたのが、プラネタリウム上のガラス壁でした」


 あそこなら、とナナオはまるでファム少年に成りきったかのように、


「トロル避けの仕掛けで、やがてドームはまばゆいばかりに発光し生首がライトアップされるだろう。まさに絶好の位置です。しかし問題がひとつありました。屋上緑地からガラス壁上に頭部を放り上げるのは、彼の細腕では難しかったのです。そこで、天文観測を趣味としていた彼だからこそ閃いたのが――《天文台を経由させる方法》でした」


 ナナオは手振りを大きくして説明する。


「具体的な方法はおそらくこうです。

 あらかじめ小天文台側のスリットを少し上昇させておき、大天文台の方に向けておきます。次に、大天文台ドームの観測用スリットを少しだけ上昇させて、頭部を挟み、小天文台側へドームを回転させます――天文台の内部にあった血痕は頭部を挟んだ際に付いたものでしょう――。

 そうして、大天文台のスリットを下降させると頭部が押し出されるかたちで、小天文台のスリット開口部に落下します。最後に、頭部を挟んだ小天文台のスリット開口部をガラス壁側に回転させ、先と同じようにスリットを下降させて押し出された生首がガラス壁上に落ちる」


【参考~トリック解説図:https://15196.mitemin.net/i252977/】


「ちょ、ちょっと待って。質問!」


 僕は挙手する。


「複雑な手順を踏んでるけど、〈大天文台から小天文台への移動〉は省略していいんじゃないの? 最初から小天文台に頭部をセットすれば済む話だと思うけど」

「そのとおりだが――そうなると大天文台ドームの内側、、に血痕があった説明がつかない。これもまた想像になるけど。“実験”のつもりだったんじゃないかな」

「実験?」


 ナナオは現場を思い浮かべているのか、視線をあらぬところにやっている。


「生首は最初、大天文台に晒されていた。小天文台への移動が上手くいったら実行しようと決めたのかもしれない」


 あわよくば、という心持ちだったのだろうか。

 天文台を経由してプラネタリウム上へ辿りつく生首。

 なんてグロテスクだろう。法ノ月はこの禍々まがまがしい仕掛けのため、わざわざ科学館を舞台にしたというのか。趣味が悪いにもほどがある。


「いや。駄目じゃ。駄目じゃろ!」


 しかしながら、辛辣にそう放ったのは烈歌老師だった。

 

「黙って聞いておれば、ずいぶんと荒い推理じゃな。そんなの百回やって一回成功すればよい方じゃ」


 老人はさらに、


「大天文台も小天文台もガラス壁も、ぴったり隣接しているわけではあるまい。それぞれ隙間がある。今の方法じゃ、移動の際に生首が地に落ちて終いじゃ!」

「だから、ファム少年も自信があったわけじゃないと……」

「実際には成功しておるわけじゃろ。実験も含めて二度も――偶々たまたま? 本当に今の方法で?」


 弁解しようとしたナナオが悔しげに唇を噛む。

 指摘されたような不備を少なからず感じていたのかもしれない。

  

「ワシだったら絶対試そうとも思わん! 子供でもやろうと思わんだろう」


 今まで無口だったのが嘘のように、烈歌老師の弁舌が勢いを増す。


「さっきの――死体を傘にしたという説も弱いのぅ。槙村クレルが華奢だから頭上に掲げることができた、とおぬしは申したが、逆に考えればそのような小柄な身体がはたして成人男性の傘になり得るか?」

「……ッ」


 僕は唸った。そのとおりだ、と思ってしまったからだ。ナナオはうつむき加減を深くした。

 推理の穴をことごとく指摘し、勝ち誇ったように老師が嗤った。


「まだまだじゃ、槙村ナナオ。全てにおいて甘い、、足りない、、、、。幾度も転生させてやったというに、お主の知恵はその程度か。ガッカリじゃ」

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