8月8日 ~今日出来た幼馴染と一つ屋根の下で暮らします~

 辰原高校への隕石落下は、瞬く間に全国区のニュースとなった。

 健太と朱里は、その場からすぐに立ち去ったため、隕石の発見者は別の生徒となったが、マスコミに追われて、事態をややこしくするよりマシである。

 夕食を食べ終わってテレビを見ている桐嶋一家の話題も、この隕石落下で持ちきりだった。


「近所でこんなことあるとはねぇ」


 ――のんきな母よ。それは愛する我が子を狙ったものだ。


「因果さんやばすぎる……まさか天変地異まで起きるとは……」

「あんた、いつにもまして訳分かんないこと言うね」


 ――のんきな母よ。好きでこうなっているわけではない。


「あははは! こいつは、いつもこんなもんじゃないか?」


 ――阿呆な父よ。何も言うことはない。


「健太くん大丈夫?」


 ――朱里ちゃん、なんでここに居るの?


 兄妹のつもりか、あるいはお嫁さんか。

 朱里は家族面かぞくづらで、健太の隣に座ってミカンを頬張っている。


「なんで朱里が居るんだ?」

「あんたもう忘れたのかい? 朱里ちゃんのお家、しばらく誰も居ないからここに泊まるって言ってたでしょ」


 と、朱里よりも先に玲子が事情を説明してくれる。

 もちろんこの認識も、朱里の魔法の賜物たまものだろう。


「そうなってんだ?」

「そうなってるんだよ」

「しみじみと頷くな!」

「うん。ごめんね」


 幼馴染と言えば、定番の設定だが、現実になってしまうと違和感が大きい。

 年頃の男女が一つ屋根の下。

 普通泊まりに来るだろうか?

 高校生なら一人で留守番なんて当たり前だろうに。

 しかし健太としても事情を知っている朱里が傍に居てくれるのは、安心させられる。


 もしも両親に真実を話したら信じるだろうか?

 そんなの決まっている。

 変わったところのある二人だが、子供への愛情は、人一倍だ。

 どちらからも殴られたことはないし、理不尽に怒鳴られたこともない。

 健太が真剣に話せば、二人とも信じ、息子の歩む運命に心を痛めてしまう。


 計画を話して協力を仰ぎ、もしも失敗してしまったら、二人は自身の無力を悔やむはずだ。

 知らせない方がいいのかもしれない。

 分かっていながら何も出来ないのは、何も知らないより残酷だ。

 それなのに、ここに居たら話してしまいそうになる。頼りたくなってしまう。


「じゃおやすみ。父さん、母さん」

「おやすみ健太。そうだ! 朱里ちゃんのパンツで――」

「死ねクソ親父」 

「あんたもう寝るの? 今日はやけに早いわね」

「ちょっと疲れたんだ」


 健太が食卓を立つと、朱里は、みかんの最後の一房を口に放り込み、健太の後に続いた。


「じゃあ、わたしもそろそろ」

「はいはい。朱里ちゃんもおやすみなさい」

「はい。おばさん、おじさん、おやすみなさい」

「あ! 健太、あんた――」


 突如母から上がった声に健太が足を止めると、彼女は獣でも見る目で健太を睨み付けた。


「あんた、朱里ちゃんに手を出すんじゃないよ」

「出さねぇよ!!」

「わたしは構いませんよ。おばさん」

「あら! やだ!! もうモテるわねぇ健太」

「あははは!! 孫の顔が楽しみだなぁ!」

「勝手に盛り上がんな!」

「いいかい! 女の子に恥かかせるんじゃないよ!」

「ああ、もう!! うるせぇな!!」


 そんなやり取りに辟易としながらも、健太は生き残りへの決意を新たにしていた。

 こんなくだらなくて、うっとうしい日常がこれからも続いて欲しいから。







 健太が仰向けにベッドに倒れ込むと、一足遅れて朱里が客用の敷布団を抱えて入ってきた。


「え?」

「ん? どうしたの健太くん?」

「なんで付いてくんだ?」

「ここで寝泊まりするからだよ」


 自ら据え膳になりに来る美少女。

 夢の中なら速攻でご馳走になるが、これは現実だし、あと数日の余命宣告を受けている状況でそんな気分にはなれなかった。


「怖くねぇの? 思春期真っ盛りの男と二人で……」

「ぜんぜん怖くないよ」


 あっけらかんと言ってのけ、朱里は、健太の横たわるベッドに腰掛けた。


「なんでだ? なんで怖くないんだ?」

「健太くん、だからだよ」

「俺だから?」

「そう」


 何故か朱里は、健太に全幅の信頼を置いている。

 きっと健太はそんなことをする人物ではないし、仮にそうなっても構わないのだと。

 会って一日も経たない人間をどうしてここまで信用出来るのだろうか?

 そんな疑問が浮かんできたが、すぐさまそれは自嘲へ変わっていた。

 未来から来た魔法使いの少女を信じた自分はどうなのだ。

 朱里を信じたのは、彼女の容姿が美しいからではない。

 きっと彼女が広瀬みたいに大福面をした男でも――。


『だから健太! 俺を信じるじゃん!!』


 男でも――。


『うるせぇんだよ! 死ね!! 大福マン!!」


「いや……さすがに広瀬相手なら多分こうなるな」

「どうしたの健太くん?」

「いや、ちょっと考えごとだ」


 阿澄朱里は、痛々しいほど懸命なのだ。

 余裕があるようで、追い詰められている。

 人当たりが良いようで、核心に触れられそうになると人を遠ざける。

 明るいようで、芯の部分がほの暗い。

 散り掛けた夜桜みたいな少女だ。


「朱里、聞いていいか?」

「なにを?」

「あらためてだけどさ……なんで俺を助けてくれんの?」

「……身勝手な理由だよ」


 踏み込もうとすると、こうやって拒絶される。


「知りたい?」


 本音を言えば知りたい。

 けれど、それを聞いてしまったら、朱里を傷付けてしまう気がした。


「いや別に」


 そう答えると、朱里は意外そうだった。

 もっとしつこく聞かれるのだと、覚悟していたのだろう。


「いいの?」

「興味ないわけじゃねぇけど、なんか話したくなさそうだから」

「……ごめんね」

「なんで謝まるの?」

「身勝手に巻き込んじゃったから」

「二回も命救われちゃ、その身勝手は俺のためになるだろ。だから別にいい」


 もしも因果に抗えず、人生が終わってしまうのだとしても、全てを知っている誰かに、隣に居てほしい。


「おやすみ。朱里」


 健太が肌掛けをすっぽり被ると、思い出したように朱里が声を上げた。


「そうだ。夜這いするときは事前に言ってね。いろいろ準備あるから」

「しねぇよ! ていうか事前のOK取る夜這いってなんだ!! そもそも俺はそれほど朱里に興味はねぇよ!」

「さすがに、そこまで拒絶されると複雑な気持ちになるよ」


 なら押し倒せとでも言うのだろうか?

 正直、朱里の気持ちが分からない。

 どうしていいか分からないのなら、やる事は一つだ。


「ああ、もう!! 寝る!!」


 吐き捨てるように健太が言うと、白枝のように細くも柔らかな指が健太の頬に触れ、体温を伝えてくる。


「おやすみ」


 どうして彼女の声は、こんなにも安らぐ音色なのだろうか。

 大気に残る残響に浸りながら健太の意識は、微睡まどろみに落ちていった。

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