古日村観光案内所

黙示

古日村観光案内窓口

 『古日村観光案内窓口information』


小さな建物の中で数人が電話をとったり書類を整理したりと働いていた。


ここは古日村。

昔の町並みを再現した村の中に、様々な体験施設が詰まった観光名所だ。

植物園なども併設されており、経営はぼちぼちである。


プルルルル。

案内所の電話が鳴った。

「ヤス出て」

書類整理をしていた女が男に言う。

「あっハイ!」


ヤスは勤め始めて三日目の新人社員である。

きっちりと制服を着込み、背筋を伸ばして受話器を取る。


「はいこちら古日村案内窓口でございます」

ヤスは決まり文句を言うと、受話器から口を離して、

「ああ、緊張して“観光”が抜けたあ」

と漏らした。


『あのーすいません。スタンプラリー全部埋まったんですけど』

受話器から出たのは女の人の声だ。

「あっハイッ。スタンプラリーは全てのスタンプが集まりましたら村入口にありますこちら、窓口に持ってきて頂ければ!古日村民バッジと証明書、それからささやかながらプレゼンをご用意しております」


古日村は大きく四つのエリアに分かれており、一エリアに二つづつスタンプが用意されている。

どこにでもあるアミューズメントだ。


『そうなんですけど、その窓口がどこにあるか分かんなくて』

「はい?」

『というか、自分がどこにいるか分かんないんです。迷っちゃったみたいで』

「は、はぁ。少々お待ちください」


ヤスはさっと女の方を振り返る。

「ツバサさぁん。村内で迷われてしまったお客様からお電話です」

「あんたもそろそろ一人で対応出来るようになんなさいよ」

「え……で、ですが。どうすればいいのでしょうか」

「その人がどこにいるのか聞きなさい」

「あっハイッ!ありがとうございます!」


ヤスは電話に向き直る。

「お客様。周辺に何か、目印になるような物見えますか?」

しばらくの沈黙の後、

『森の中の道にいます』

と返って来た。

「も、森の中……」


ヤスは村の地図を見る。

森のような場所は各所に点々とあった。

「他に何かありませんか?」

『あ、森出た。なんか古っぽい木の家がいっぱいあります』

「はぁ……」

この村の家はほとんどが木造の古めかしい日本家屋であった。

「何の家がありますか?」

『えっと……”蕎麦屋”って看板出てます」

「そばやそばや……」

地図を指でなぞっていくと、二軒の蕎麦屋が見つかった。

「もう少し詳しく何かありませんか?何でもいいので」

『えーっと、たぬきの置物、スイセン?の植木鉢、あ、塀に落書きしてある”一緒にお茶どうですか?”なにこれ面白。あ、他にもある』


「信楽焼きのたぬきか……これも村内に沢山あるけど……蕎麦屋が近いという事は……こっちだ!お客様!お客様がいらっしゃるのは村内東側、お食事エリアの更に東でございます!まずのそまま真っ直ぐ進んでいただいて―――」


バッ!

急にヤスの手から受話器がもぎ取られた。

「はいお客様お電話変わりましてこっからはネコヤがご案内いたします~」

「ネコヤ先輩!?」

そこにはどこから現れたのか、ヨレヨレの服にボサボサの髪のだらしない男がいた。

「あら起きたの」

ツバサがそっけなく言った。

「だってうっせぇんだもんヤスが」

「あっ、すみません」

「お客様、一ブロック進んでいただくと右に道がありますので、そこを曲がってください」

『はい』

電話の向こう側の女は歩き出した。


「えっ何で曲がるんですか!?」

ネコヤの指示にヤスは驚く。

「この人のいるところ、西エリアだぜ」

「え?ですが蕎麦屋は西エリアには無いですよ!?」

「ぜーんぶ聞こえてたけどさ、蕎麦屋じゃなくて蕎麦屋の看板だから。有んの」

「?」

ヤスはネコヤが何を言いたいのか分からない。

「はい。暫く真っ直ぐで、はい。あ、そこ段差あるので気を付けて」


ネコヤは客への対応がひと段落すると説明した。

「この村って基本古民家の町並みなんだよ。実際運営してる蕎麦屋は二軒だけど、蕎麦屋の看板は百二十五個ある」

「そ、そんなにあるんですか」

「森から出て蕎麦の看板がすぐ目に付く。スイセン、たぬき、それと落書き……この景色は西側エリアの南の方のトイレの側だ」

「お、覚えてるんですね」

「まぁ」

「落書きなんかずっと問題になってるんだから。私でも分かるわよ。いちいち消しても書かれてるからいたちごっこなんだけどさ」

ツバサが憤りながら会話に割って入った。

「それも情緒がっていいと思うケド」

「消す側の気持ちになってから言え」

ネコヤは自身に向けられる語気の強い口調に、顔を逸らした。



ネコヤは目を閉じて精神を集中させる。

今女性客が歩いているハズの道を、ネコヤも自分の頭の中で辿る。

「そこ、左に竹林見えますか?」

『はい』

「窓口はその竹林の方向です。もう少しまっすぐ行くと人が増えて窓口への看板もありますので後はご自分で。また何かありましたら電話してください」

『ありがとうございました』

「窓口で景品をご用意してお待ちしておりますね」

ニコッ。と、受話器の前でスマイルする。


「すっごい!ありがとうございます!」

「いや、全然いーよ」

ネコヤはロッカーに向かった。

「ネコヤ先輩が働いてるところ初めて見ました!」

「俺も自分が働いてるところ久しぶりに見たわ」

ネコヤはスーツに着替えている。

「ス、スーツ持ってたんですか!?え?今から結婚式でもあるんですか!?」

凄い言われよう、とツバサが鼻で笑う。

「いや、今から美人が来る」

「美人って、もしかして先程の電話の方ですか?」

「うん。あの人が挙げてた周辺の目につくものから身長は約百六十八から百七十一センチ。砂利の足音の反響音から体重は約四十八キロ前後。たまに入る雑音は多分髪を耳に掛ける音イコールショートヘアでは無い。履いてるのはスニーカーだな。ラフな格好と推測。もう俺の好みドンピシャじゃん!ちょっと性格悪そうだケド一度拝むのに内側なんてカンケーねぇかんな」

「電話でそこまで分かるんですね……。あっ、でも顔までは分からないですよね。どうして美人だと思うんですか?」

「そこはカンゼン勘だな」

「はぁ……でもネコヤ先輩の勘すごくあたりそう……」

「来た」


おそらく電話の向こうにいた女性がスタンプラリーの紙を手に、窓口にやって来た。


美人であった。


「すいません。さっき電話した者ですけど」

「あっハイありがとうございます。スタンプラリーですね!ネコヤ先輩~!」

気づくと、ネコヤはいなくなっていた。

「え?何で?」

ヤスは取り合えず景品を渡し、女性は帰って行った。



「やっぱ美人だったな!」

「わ!」

ネコヤがいきなりヤスの後ろに現れた。

「先輩どこに行ってたんですか……せっかく着替えたのに全然意味無くなっちゃったじゃないですか」

ネコヤはいつものヨレヨレの服に戻っていた。

「俺初対面の女と話せねぇんだよ。恥ずかしくなっちまう。しかもあんな美人だと尚更ね」

「はぁ」


「一緒にお茶どうですか」

ネコヤが誰に向けるでもなく言った。

「へ?僕ですか?すみません。この後予定があるんですよ。英会話教室通ってるんです。あ、でも先輩が奢ってくださるって言うなら行きますよ!Yeah!」

ネコヤはハイテンションのヤスを無視してボソッと呟いた。


「直接言えたらいいんだけどな……」

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古日村観光案内所 黙示 @mokuzi

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