第3話 二日連続の気絶

 誰に言い訳をしているのかわからないけど、ひとまず家の中へ入っても殴られなかった。というか、妹が近寄ってくる気配すら感じない。


「ゲームでもしてるのか?」


 いや、それは考え難いな。優等生の空純なら、可能性として高いのは勉強だ。


 一階のリビングの電気は消されていた。が、今の俺は何もかも警戒する脳になっているので、それすらも怪しく感じる。


「ふぅ……」


 一呼吸吐いて、俺は扉の横へと立った。その姿はまるで、刑事の突撃前と変わらない。


「さて、空純さんよぉ、昨日の借りを返させてもらうぜ!」


 扉を勢いよく開けて、凛とした態度でリビングへ突撃。態度は凛としているが、足は震えている。だって、怖いんだもん!

 だが、当然の如く姿は無かった。電気消えているのに、いると思った自分を恥じた。


「ばっかだなぁ、俺ってば。靴ある=居るわけじゃないじゃん。靴変えて外に出掛けてるのかもしれないし。さ、ラノベ読もーっと」


 肩から下げた鞄を揺らして、陽気に階段を上る。一日で一番の楽しみなんだ、これくらいいいっしょ。


 上機嫌の俺は、部屋の前に到達した。だが、自室の電気は付けっぱなしだった。


「消し忘れか? ったく、金ねぇのによくやるよ」


 クスクス笑いながら部屋の中へと入った。


「「あ」」


 部屋の中には、俺のラノベを読み漁る空純の姿が。本が十冊近場に積まれている所から推測するに、こいつは俺の部屋で十冊読んだことになる。


「なななな……ッ!」


 手にしていた本を落として、わなわな震える空純。てか、それ俺の本!


 ゆっくり立ち上がる空純。その姿に恐怖を覚えたのか、俺は後ずさる。が、廊下の壁に背が当たってしまった。


「まぁ、待て。落ち着いて話し合いとかでき――」


「ない」


 俺の説得を言葉遮って否定に変えた空純の右手には、禍々しいオーラを放つ拳が。異世界なら魔王でも倒せそうだぞ、おい。


「お兄ちゃん、歯を食いしばってください」


 眼をキラリと輝かせて告げる言葉には、重みがあった。こいつ、ガチで殴る気じゃん!

 俺は左右に視線を送り、なにか反撃出来るものがないか探す。


 ここは現実世界。もちろん何も無い。


 拳が俺の目線と同じ高さまで来た。

 残された猶予はあと数分。考えろ、頭を働かせろ。

 右に逃げる? 左に逃げる? 空純にタックルする? さあ、どれを選――


「へぶし……ッ!」


 ここは現実世界。物事がゆっくりになって、思考が早くなるなんてマンガ展開があるはずもなく、俺の気は遠くなった。


 *


 服の上に一枚の布のような感触。ふわふわとして、温もりがある。


「毛布か」


 目の前には自室、後ろには壁。そしてここは廊下であることから、どうやら俺は殴られて気を失ったらしい。


「二日連続で妹に殴られて気を失うとか、経験したことあるの絶対俺だけだろ……。自慢できる事じゃないんだが」


 肩を落として気落ちする俺。

 毛布を畳んで自室に運ぶ。……この毛布、誰のだろう。いい匂いだ。


「って、変態か俺は! ……にしても、誰のなんだろうな。可能性が高くて低いのは空純なんだよなぁ」


 家の中にいる空純なら、俺に毛布を被せるのも容易にできるが、殴った相手にやる行為とは思えない。かといって、空純以外の人間がやったとしたら恐怖でしかないので……空純ってことにしとこ。


 毛布を運び終えた俺は、時計を見ると八時だった。三・四時間気を失ってたのか。

 髪を乱雑に掻きむしって、一階へと降りた。

 腹ごしらえをするには、料理を作る必要があるからだ。


「ん?」


 素っ頓狂な声を出したのは、リビングの電気が付いていたから。てっきり空純は自室にいるもんだと……。

 だとしたら、これまた殴られて、今度こそ冥土行き決定してしまうのでは? おお怖。


 もちろん死ぬのは嫌なので、ビビり発動!

 リビングへ通ずる扉は引き戸タイプなので、覗く形で部屋を見回す。

 どうやら空純は机に向かって勉強しているらしい。距離はそこそこあるので、入っても逃げる余地はありそうだ。


「おっす」


 片手をあげて、何事もなかったかのように明るく振る舞った。が、


「……」


 俺を無視して勉強を続けられた。あれ、構ってもらえないんだ。


「ご飯食べるか?」


「………………………………はい」


「へ?」


「……………………はい」


「なんだって?」


「食べるって、言ってるじゃないですか!!!」


「ちょっ、殴るのやめーい!!」


 目を瞑って殴られるのを覚悟した俺は、頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「別に、殴る気なんて……」


「ひいいいいいい!」


 悲鳴をあげて身を小さくする。

 前までの空純なら、なんの躊躇もなく殴っていただろう。でも――


「顔を上げてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る