第2話 決意を固めて

「海斗」


 グルルルルル。


「先生はな、お腹を鳴らせって言ってんじゃないぞ? むしろ逆だ。その音を鳴り止ませろ!」


 グルルルルル! グルルルルル!


「聞いてんのか、海斗!」


「先生、生理現象に文句言って楽しいですか? 俺は昨日何も食べてないし、朝も食べてません。お腹が鳴るのは自然の摂理かと」


「ほぉ? ご飯食べてないのと顔の腫れは関係するのか?」


「もちろんですとも。昨日の夜、妹に殴られたんですよ。で、気が付いたら朝になってたんですよね。あはは、酷い妹だ」


「酷いのはお前だろ! 妹のせいにする暇があれば、水でも飲んでこい」


 怒鳴り散らした先生は、俺を教室から追い出してきた。

 俺が真面目な生徒だからウォータークーラーで水を飲んできてやるけど、不真面目な生徒だったら今頃帰ってるからな? 覚えとけよ、先生!(心の中でだけ強気な奴)


 *


「……んぐ……ぷはぁ。腹減ると水も美味しく感じるな。錯覚すげぇ」


 ウォータークーラーを眺めて、俺は水に感心した。

 ……そういやあの先生、俺が妹のせいにしたとか言ってやがったな。違う、嘘はついてない。確かに空純のせいなんだ。

 ――と、提唱したところで誰も信用しないか。さっさと教室に戻ろ。怒られるの面倒だし。


 *


 その後は何が起きることもなく、俺は帰路を歩いた。


「……っていいたいんだけど?」


「にゃはは」


 隣には梓が歩いていた。


「いつも一緒じゃないだろ。帰れ」


「帰り道はこっちなんですけどー。家隣なんだし、一緒に帰ってもいいじゃないの」


「……正論言われると否定も出来ねぇ」


 バカのくせに、正論言いやがって。

 だがしかし、俺は梓と別れる必要がある。今日はラノベの新刊発売日。神作品発掘のため、今日は本屋へと行きたい。これがオタク心というやつだ。


 ――ここで、一つ疑問に思った人もいるだろう。


 本屋に行くのなら、別に梓も連れていけばいいじゃないか、と。あさはかなり……実にあさはかなり!

 梓は“オタク”と呼ばれる人種を嫌う、とても面倒な奴なのだ。

 だから俺は、オタクを隠している。

 本来であればおおっぴらに「オタクです」と宣言し、オタ友を作りたい。が、梓一人いるだけで俺は友達が作れない状況にいる。

 ウェイウェイ系は絡むと面倒いし、暗いやつ=オタクってわけじゃないだろうから、こっちから話すのも気まずい。

 つまり、俺には梓しか友達がいないのだ。


「黙ってどうしたのよ。相談があるなら言ってもいいわよ?」


「無い」


 相談出来る相手一人作るだけで、心は軽くなるんだと思う。……でも、無理なんだよなぁ。梓との関係を壊してまで、できるかわからん友達作りに励むのは。


 ……そうこうしてるうちに、家へと着いた。いや、着いてしまった。


「はぁ……ラノベ新刊……」


「ん? 何か言った?」


「何も無い。じゃな」


 危ねぇ……。危うく半殺しされるところだった。

 ラブコメ主人公の幼なじみはいい奴ばかりなのに、どうして俺の幼なじみはこんななんだよ。神に恵まれなさ過ぎだろ。

 まぁいいか、さっさと家入って読んでないラノベでも読も……、


「落ち着け、俺。昨日は妹が悪いんだ。部屋を間違えたんだからな。きっと今日は大丈夫さ、殴られることは無い。空純だってそこまで引きづらないって。な? 早く家は入れよ、俺。ドアノブに掛けた手が止まってるぞ」


 自己暗示をかけるが、意思が反して家の中へと入れない。

 昨日の今日だ、仕方がないといえばそれっきりなんだが……。


「――って、引くのは男らしくねぇよな! 昨日決意固めてんだ、それが延びて今日になっただけ。堂々と入り腹割って話せっ!」


 と、セリフだけかっこつけておいて、家の中へ音を立てずに忍び込んだ。誤解するな、あくまで速攻で殴られないための工夫だ。


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