第1話 取っ付き難い妹との再開

 俺は今、家の前に突っ立っている。

 すぐに入ればいいだけの話……なんだが、俺にとってそれは容易ではない。

 なにせ、今家の中には高確率で妹の空純あすみがいるのだから。


「毎回緊張すんなぁ……」


 小声を出すと、ゆっくり家のドアノブに手を掛ける。

 妹にビビる兄、の構図が出来上がっているが、俺が妹にビビるのにもちゃんと理由があるのだ。

 妹は俺のことを……“嫌っている”のだ。ただ嫌われているわけではない。少しでも喋りかけようものなら、冷たい返ししかされない。

 ライトノベルが好きな俺は、そんな妹に対して“ツンデレ”なのでは? と、思った。が、違った、あれは絶対ガチで嫌っている。

 デレを見たことが無いから、俺が嫌われているのに違いはない。


 ……という、俺の想像はさておき、そろそろ家の中へ入ろう。


「ただいまー……」


 当然の如く返答はなし。

 両親は共働きな上、帰ってくるのは年一程度なので、実質妹との二人暮らしである。

 だからこそ、俺としては仲良くしたいんだけどなぁ。


「おーっす、帰ったぞぉ」


 俺の家は二階建てで、二階に俺と空純の部屋がある。けど、親が居ないため基本一階のリビングに居ることが多い。

 だから俺は明るくリビングに通ずるドアを開けた。のだが、


「うるさいです」


 冷静に一言告げられ、俺の心の傷が深まった。

 いや、これもう修復不可能じゃね?

 帰り報告=喋るな宣言。

 これだから帰る気失せるんだよ。


 姿勢正しくソファに座る空純。その手には英単語帳を持っている。

 この光景だけでひしひしと伝わってくる、優等生特有の取っ付き難い雰囲気。


 唯我空純は天才である。

 俺とは違って毎日のように勉学に励み、毎回のように学年トップの成績を取ってくる。

 成績優秀なヤツ=根暗眼鏡(勝手な想像)と思っていたのだが、空純を見ると俺の考えが浅はかすぎるほどに容姿端麗。

 運動神経もいいらしいし、ハイスペック過ぎて俺の立場がない。

 なにせ、俺は自称ではなく他人からも普通すぎると言われるのだ。


「思ってて虚しい」


 鞄を肩から下げた状態で机に手を付き、深くため息を吐く。

 もちろんそんな音だって空純は許さない。


「うるさいです」


 また言われた。一日で、というか数分で二回も。メンタル崩壊モノだぞこの野郎。

 だが、怒っても結末は悪い方へしか転がらない。

 鞄の持ち手をギュッと握りしめ、空純を一瞥した後に二階へと向かった。

 ま、空純は一切こっちを見なかったけどな。


 自室へと入った俺は、鞄を机の上に置いてベットに身を投げ出した。


「無理ゲーだよ積みゲーだよ! 仲良くしようなんて土台無理な話なんだよな。よし、とりあえず諦めてラノベでも読むか」


 上半身を起こして本棚からラノベを取る。

 俺の性質上、気になったラノベをたくさん買うが、全部読むわけではないので読んでないのが大量にある。

 というわけで……熟読タイム!


 *


「はぁぁぁ! かっけぇな主人公よ! あの場面でヒロイン助けちまうのかよ」


 俺が読んだのは、いわゆる異世界転生モノ。

 魔王に奪われたヒロインをピンチの状態から主人公が助ける……在り来りではある。それは認めるけど、これがまた最高なんだわ!

 男に生まれたからには、やっぱり憧れる。


 ベットから立ち上がり、別の作品を読むべく本棚を見回した。

 異世界転生は面白いけど、二連続で読むと内容がごっちゃになって混ざる危険性がある。ならここは……ラブコメに決めた!

 ――と、言っても種類が多い。学園モノに妹モノ……ん? あれ、これ買ったっけ?


「『妹が大大大好きです!!』……を、俺が買ってたのか? これって空純にエロ漫画見つかるよりやばくねぇか? やばいよね、売ってこなけれ……ちょっとだけ読もっと」


 ベットに座って表紙を凝視。

 何この妹キャラ、めっちゃ可愛いんだけど。……買った理由これかああああ!!


「ま、まあ内容面白くなければ売るけどな。表紙詐欺だったら、可愛くても売ってやるからなぁ!」


 *


「超……良かった」


 本を閉じて、目頭を押さえて余韻に浸る。

 既刊一巻だけしか出てないのが惜しいと思うほど、内容が良かった。てか、妹可愛すぎでしょ!

 まさに理想の兄妹。兄に対して尽くし、それに全力で応える兄。

 ……憧れだわ、俺もこうなりてぇ!


 と、思った瞬間には俺の身体はリビングへと駆け出していた。

 今から仲良くなれば、気まずさから家に入りづらくなったりすることもないだろう。


「おーっす!!」


 リビングのドアを開けると、そこには――


「誰もいませんでした……ってか? なるほどなぁ……神様の嫌がらせを受けてんだな。……自室って考えは浅はかだよな、きっと外だ!」


 俺は勢いよく外へ飛び出した。

 辺りを見渡すが、簡単には見つからない。


「ひとまず公園に行くか」


 空純は、勉強でわからない箇所が出たりすると、公園に行って頭を冷やす傾向がある。

 つまるところ、今は公園に居る率が高い! さっき手に英単語帳持っていたし。


 ――あれ、俺今すげぇ観察力と洞察力持ってんな。ラノベ主人公に転向する日も近かったり?


 は、しないよな。うん、しねぇわ。

 ラノベの読みすぎで頭が故障し始める前に、さっさと空純を見つけ出して関係修復へと勤しもう。


「あ、海斗じゃない?」


 と、思った矢先に出鼻をくじかれる感じ、まさしくラノベ主人公じゃない?

 ……なんて言ってる暇ねぇか。


「何してんだよ、梓」


 山岸梓やまぎしあずさ、俺の幼なじみに当たる存在だ。

 家が隣同士で高校も同じ。因みに高校名は松坂まつざか高校。

 梓は容姿端麗だけしか、取り柄がないと言っても過言ではない。

 運動音痴に浅学非才……容姿端麗だけで生きてきたと言っても過言ではないのだ。

 家から近いとはいえ、よく高校に入れたなぁとつくづく思う。

 ――で、問題はそこじゃない。今、なぜ俺の横に立っているのかを知りたい。


「一人焼肉ってのを試そうかと思ったのだけよ。でも、たまたまいるし、一緒に行く?」


 本当にたまたまなのかを疑いたいね。

 でも、焼肉かぁ。久しく食ってないな。――でも、


「今は無理。ちょっと用事があるから」


「へぇ、ちゃんと用事とかあるのね。家でぐうたらしながらラノベを読み漁る日々を、淡々と過ごしているだけかと思ってたわ」


 …………まぁ、図星ですけどね?

 敢えて表に出すな。変に付け込まれるとめんどくせぇぞ。

 俺は真顔で公園の方を向き、梓に片手を挙げて。


「んじゃ、失敬」


 何かを悟られる前に、俺が姿を消した。


 *


「いねぇのかよおおおおおお!!」


 小さい遊具が立ち並ぶ中、空純の姿は無かった。

 陽が落ちているからか、公園で遊ぶ者は存在しない。それが探しミスが無いことを証明している。


 街灯に照らされて、俺は帰路を歩く。

 今の俺の目には生気を感じないだろう。自分でもわかる。

 せっかく心づもりが出来たというのに、本当に上手くいかねぇな、現実は。

 ラノベなら主人公の思い通りに行くのになぁ、と思いつつ家の中へ入った。


「っかしいな。電気付いてねぇじゃん」


 廊下もリビングも電気が付いていない。空純はまだ帰ってきていないのだろうか。

 と、その時、足元を向くと空純の靴が。


「これ、ワンチャン一回も外出てない説あるな。……やめよ、自分の考え、行動がバカバカしいと思う前に」


 足音を立てながら、自室へと向かった。

 観たいテレビ番組がやっていないこの時間、俺はラノベを読み漁っている。

 ……梓、超能力者か!?

 な、何を馬鹿げたことを。少し考えが当てられただけだ、たまたま……そう! たまたまだよな!


 自分の心に言い訳するように呟くと、自室の前へと着いた。


「……あれ、電気って消し忘れたっけ?」


 そういった部分にルーズになった覚えはないが、付いているのだから消し忘れたのだろう。


「さて、何を読もうかな」


 ドアノブを回し、引きながら部屋の中へ――


「お、おおおおおお兄ちゃ……」


「えっ? ここ、俺のへぶぉはぁぁ!」


 一歩後ろ下がって、自室か確認を取ろうとした結果、妹からの顔面グーパンが釣れました。

 ……グーパンはダメでしょ……。

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