第7話 あんずの姉、登場

「あんずぅ、風呂入りな」


 お姉ちゃんだ。

 二つちがいで、今は中学生。


 最近の口ぐせは「もう中学生だからね」で、無意味に妹をバカにして笑う失礼な人だ。ドアもノックしてって毎回言っているのに、きいてくれたためしがない。だから今はあきらめて、ただ盛大にため息をついてみせるだけにしている。


『よげんの書』をまくらの下に押しこんで、あたしは立ち上がった。

 でも、これがよくなったんだと思う。お姉ちゃんはにやっと笑ったから。


「なに、かくした?」

「いいじゃん、べつに」


 ムカムカしながら、お姉ちゃんを押しのけて廊下に出る。

 それから、ぴしゃりとドアを閉めると、お姉ちゃんの顔を見上げてにらみつけた。


「ぜったい部屋に入らないでよ。入ったらお姉ちゃんの部屋にも入るし、かってに服とかマンガとか、とっていくんだから」


「はいはい、わかってるって」


 にやにや。

 信用できない顔だ。

 パンチしてやったら、どれだけスッキリするかな。

 でも、そのあとがすっごく面倒そうだから、ふんぞり返るだけでガマンする。


「お母さんに言うから」


 お姉ちゃんはペロッと舌を出しただけ。ほんとに信用できない人だ。たぶん、あたしがお風呂に入っているあいだに、あの本を見るつもりだろう。


 でも、別にいいじゃん。

 だって、何も書いてないもん。


 最後にもう一度にらみつけてから、ドスドスといかくするように足音をならして、廊下を進んだ。階段を下りているときに、お母さんが「うるさいよ」って叫んできたけど、そのまま無視して歩く。


 お風呂は赤い入浴剤が入っていて、なんだか気持ちが悪かった。誰のセンスだろう。お姉ちゃんかも。最近、趣味が変な方向に転がっていってるから。地獄の湯釜ってやつみたいだ。


 湯船にぱぱって入って、すぐにあがる。あんまり早く出すぎたから、部屋で探索中のお姉ちゃんを発見することが出来た。


「現行犯逮捕!」

「うげっ」


 さすがに悪いと思ったのか、お姉ちゃんは素直に「ごめん」ってあやまった。でも、つぎには「だって、かくすからさ。気になるじゃん」って開きなおる。


「『よげんの書』ってあるから、なにかと思ったら白紙じゃない。これから、あんたがよげんを書くつもり?」


「ちがうけど」


 いいじゃん、どうでも。

 ほっといてよ。


 本を取り返そうと手を伸ばす。

 でも、ひょいと頭の上まであげられてしまった。


「ねー、これ買ったの? 古本かな。こだわってんじゃん」

「ちがうってば。図書室で借りたの」


 うそだけど、うそじゃない。

 図書室にはあったから。


 お姉ちゃんは、片方のまゆげだけ、ぴくっと器用に動かした。


「最近って、こんなの置いてんの」


 へーっ、なんて言って、ページをめくる。

 こども時代をなつかしむ大人のふりをしている。

 去年まで、いたくせに。


 そう言い返そうかと思ったけど、かわりに「そうだよ」って答えて、本をうばい返した。今度はいじわるされることもなく、あたしは本を取り戻すことが出来た。

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