第3話 最後の晩餐
『現場には鬼のような絵が描かれた紙が落ちており、その裏面には犯行動機が書かれていたと噂されていますが、警視総監、本当のことはどうなんでしょうか?』
『はい、その通りです。ですが内容があまりにも過激なので報道をしないように呼びかけています。国民の中には隠蔽工作だと言われてしまうかもしれませんが機密情報も書かれているとか。私も詳しくは知らないので何とも言えないのですが』
「クソが!何が機密情報だ」
相川大河が手に持っていたグラスをテレビに向かって投げる。
「すぐ物に当たらない」
すんでのところでグラスを掴んだ横山優佳がきつい口調で言った。
「こうなることくらい予想済みだろ。それよりも昴、何足残してんだよ」
藤田
「人のこと言えんのかよ。我流でハッキングしやがって」
つつかれたくない話を振られた葉風昴は俺だけが悪くないと言わんばかりに言う。
「どっちも自己主張が激しいんだから。警察に私たちがやりましたって主張したいんでしょ。もう、全く何の為に仮装して防犯カメラの映像を弄ったのよ」
怒っているというよりかは呆れている槙野
「今に始まったことじゃないだろ。こんな奴らを選んでしまったことに後悔しかないんだが」
町田弥生は窓際に座り外を眺めながら言った。
「そんなこと言ってやるな。でも軍を抜けてテロ集団になるとは思わなかったな」
斎藤
この七人が児島厚生労働大臣殺害事件の犯行グループである。
「二日も経ったんだからそろそろ俺の仕業であることがわかった頃だろうから次の仕事に取り掛かりますか」
昴はテレビを消し、真面目な話を切り出す。
「この間のはただの宣伝でしかない。俺たちみたいな阿呆がいますよっていう。俺や学がわざと自分ですと言っているような方法を取ったのは模倣犯が出ても一瞬でわかるようにするためだ。これで警察や軍は対応を考えるだろう。だがそんな時間は与えない。次の事件をさっさと始めようではないか。でも大臣をもう一人殺したところで世間は驚かない。同じことの二度目は一度目の衝撃を超えることはない。ってことで次は人ではなく場所を襲撃する。はい、ここで問題です。襲撃されて衝撃が大きくて、その建物内で行われている仕事が止まっても支障が少ない場所はどこでしょう?大河」
「そんな知るかボケ。俺にわかるとでも思ってんのか」
振られるとは思っていなかった大河は慌てふためき早口で言った。
「だよね」
昴はわかっていると言いたげに相槌を打つ。
「じゃあ次、優佳」
「私も解るわけないじゃん」
当然と誇ったように言うが誇れるものではない。
「お前ら少しは頭動かせ、脳筋共。そんなんだから学に遊ばれるんだろ」
「遊ばれてねぇし」
大河が語尾を強めて反論する。しかし客観的に見れば模擬戦で何時も遊ばれているのだ。大河はそれを認めたくはないだけだ。
話を戻す。
「じゃあ、弥生解るか?」
弥生は動じることなく答える。
「衝撃が大きい場所としては皇居、国会議事堂、総理官邸、最高裁判所、あとは都庁とかかな。この中で業務に支障がないのは、うーん」
ここで弥生の口が止まる。
「そうそう、その五つはどれも国内で最も重要な建物だね。この中に今回襲撃する建物がある。お前なら解るよな、学」
「ああ。答えは最高裁判所だ」
「理由は?」
「社会に与えるダメージが少ないからだ。皇居は天皇が住む場所。皇宮警察がいる場所だそ。皇宮警察と衝突することになる。流石に俺たち八人じゃ太刀打ちできない。国会議事堂は立法権を持つ場所。法律だけではなく国政を担っている場所でもあり、業務が止まれば国そのものの社会が停滞する。総理官邸は総理大臣の仕事場。総理大臣の仕事を止めたらただでさえ緊迫している世界情勢に日本は置いていかれる。今一番あってはいけないことだ。都庁はこの中で一番重要度は低いがそれでも首都の庁舎は大消費地に位置している。ここを襲撃する経済的影響は最高裁判所よりは大きい。後は付け足し程度だが地理的に最高裁判所はこの五箇所の真ん中に一番近い」
学の返答は百点満点に近いものだった。
「ま、そういうことだ。これでわかったな。ってことでこれから最高裁判所を襲撃するぞ」
『今日午前0時に《
午前八時。ニュースで現在の状況を知った雅司は怒れる獣の如く警察本庁に登庁した。
「何で連絡の一つも下さらないのですか?」
雅司は忙しそうにパソコンを操作する警視総監に訴えかける。
「今夜と指定されている。昼間の内に幾らでも準備できるだろう。それよりもやる事があったんだ」
警視総監は気怠げに言う。犯行予告が送られてきて、一睡もせずに今の今まで働いていたのだから疲れを隠せずにいる。
「な、この事件の担当上官としてそれはあんまりじゃありませんか?こっちだって時間は足りないくらいなんですから。こんなに早く動いてくるとは。国軍本部に行ってきます」
「その必要はない」
「何ですって?」
雅司は鬼の形相で聞き返す。
「どうせ葉風昴たちの情報を聞きに行くつもりだろ。彼らの同期を呼んである」
警視総監は雅司の思考を完璧に先読みし、既に行動していた。だから雅司に伝えなかったのだ。
「俺はこれから寝る。後のことは頼んだぞ。これでも君を信頼しているんだ、田辺警視長」
「ハッ」
雅司は敬礼をし、警視総監の期待を裏切るまいと心に誓った。つい先程までの怒りなどどこかにいってしまった。
警視総監室を退出した雅司は数人の部下を連れて会議室に向かった。そこに情報提供者が待っているらしい。
会議室には三人が窓側の席に並んで座っていた。雅司たちが入ると二人は立ち上がり、敬礼をすると内一人の男だけが敬礼を返した。よって三人の内一人は警察で二人は軍部であることがわかった。
「朝早くからお疲れ様です」
「お互い様や。ワレも面倒くさいこってになってんな。ワイは柿谷漆。昴の同期や」
強烈な関西弁で年上を敬う気配がないもの言い。足を机の上に乗せ、手はポケットに入れ、我が物顔で座っている。
「初めまして。鳳仙の師団、第三隊隊長大倉詩織中佐です。槙野咲心たちの同期です」
丁寧なお辞儀で育ちの良さを感じる。
「自分は神奈川県警特殊公務課所属、松平
唯一の警察官であり、漆と正反対な性格で真っ直ぐな真面目過ぎでこれはこれで疲れる。
「田辺雅司警視長だ。今回の事件の担当上官だ。私なりに犯行グループについて調べていたが、暗殺部隊である彼らの情報は幾ら調べても出てこなかった。君たちは今でも会っていると聞いている。ぜひ知っていることを話してもらいたい」
「オッケー。とりあえず昴やろ。アイツは無敵やな。まず人数で何とかなる相手やない。多ければ多い程勢いづく奴や。それと知っとると思うけど斬光剣を使う。せやから知覚能力が高こうないと話にならん。見えへんからの。それと本気出すと一刀一銃になる。この銃も厄介なもんでな。不知の銃つっていろんな弾薬を嵌められるっちゅう銃で何の弾か撃たれてみないとわからんちゅうやつや。これがもう的確でな、まるでこうなるっちゅうのがわかっているかのよーに弾が出てくるんや」
「弾っていうのは普通の物ではないのか?」
雅司は上手く要領を得ず口を挟む。
「普通のもあり、閃光弾、高音弾などなど嫌がらせが大半だな。そういやハンドガンなのに拡散弾や爆裂弾もあって死にかけた奴おったな」
笑いながら話す漆。緊張感を持たない漆は全員から冷やかな視線を注がれる。漆はそんなことに気付くほど繊細に生きていない。
「で、次は──」
漆は差し出された書類を捲ると藤田学のプロフィールだった。
「学か。コイツはぱっとせぇへんがその分ちゃんと周りを見ておって、堅実な戦い方をする奴や。得物は氷結靴と大鎌。開発局にあるのと変わらんだろう。あ、忘れとったわ。コイツはたぶん同期で一番頭良かったわ。カメラの細工とかしたのもコイツやろ。それと氷結靴を作ったのは学や。開発局と別で色々やってるらしいから性能はあっちの方が格段良いかもな」
氷結靴は靴の底から空気中の水を凍らせる程の冷気を放出する。地面が凍るので滑って高速移動ができるようになる。最大で弾丸を止めるくらいの氷を生成できる。
漆の言っていることが一転するせいで大して強そうでない敵だと安心していたのに心境が一変する雅司。
「そんな凄いのが葉風昴以外にもいるのか?」
アハハ、と腹を抱えて笑う漆。
「当たり前やろ。昴が一緒に仕事する奴を選んでるんやで。一癖も二癖もある奴らの集まりに決まっとるやろ。全く二人目で狼狽えるなんてな」
漆は嘲笑をうっすら浮かべながら書類を捲った。
「出たー、相川大河。ここだけの話、コイツが一番弱いで。俺が勝てる唯一の奴やからな。戦い方は大雑把で乱暴、そん時の気分で起伏が激しい奴や。得物は雷輪。そういやダガーも持ち歩いているって聞いたことある」
雷輪とは手に収まるくらいの大きさのリングで雷を発する。大河の要望で学が作った武器だ。
「あの、彼が雷耐性を持つ人ですか?」
詩織は漆の顔を窺いながら尋ねた。同じ雷系の武器を使う者としてそんな噂を聞いていた。
「そうやねん、抜け駆けされたんよ。卒業後にもう一度強化剤を飲んで雷耐性を得たらしいんや。ワイも知っとったらやりたかったわ」
悔しそうに言う漆。詩織以外はこの事実すら知らない為ぽかんとして聞くことしかできない。
大河がこの能力を得たのはあらゆる条件をクリアしたからこそ出来たことであり、誰でも構わずという訳にはいかないのだ。しかしこの事実は誰も知らないので漆に声をかけることができない。
漆はもういいやろと次に進む。
「やっとか、横山優佳。別名
「クラーケンガン?何だその怖そうな銃は」
雅司は大層な二つ名に驚きを隠せない。
「十個の銃を同時に使うことから十本足のイカを因んで名付けられたっちゅう話や」
「どうやったら十個も使えるのでありますか?」
年下であり階級も下の漆相手にも変わらない態度で接する雨庭。その態度に一瞬嫌悪感が込み上げてきた漆だったが、すぐに切り替えて説明する。
「コイツは敵の唯一の狙撃手や。大抵一番高いところで八方位に銃をセットしてワイヤーで指一本と引き金を繋げて指を動かすと撃つようになっている。さらに両手に持っているからこれで十個。コイツは同期の中で篭城戦最強やった。慧勇ですら訓練生時代、制圧戦で捨て身やったら何とかなると言わせる程の強者や」
「あの木下慧勇が」
雅司が感嘆するのも無理ない。史上三人目の総合成績Sの慧勇が捨て身=致命傷を負わずして突破できないとまで言わせる使い手など数人しかいないだろう。
ここまで聞いた四人は誰もが師団長になりうる可能性を持った能力を秘めている。誰一人として分隊の隊員と言うにはポテンシャルが高すぎる。
漆は雅司が恐怖に打ちひしがれていることなど露ほども知らず次を捲る。
「誰やコイツ」
「あ、咲心ちゃん」
詩織が間髪いれず答えた。これで漆の代は終わりだ。
「咲心ちゃんは私たちの代で首席で卒業した人です」
「しゅ、首席!」
雅司は思わず声をあげた。その代の顔となる首席がただの隊員など聞いたことがない。なぜ不破日本国軍東京支部長が何師団必要になるかと言ったのかわかった気がする。
「咲心ちゃんは超化剤の適応者でした。それにより得た能力は未来予知の類いです。そのためあらゆる攻撃を躱すなり防ぐなりでまず当たりません。得物は火炎剣の二刀流で舞を踊っているかのような動きをしていることから《火炎の舞姫》と呼ばれていました。その咲心ちゃんがまず勝てないと言いきらせた昴君は一体どのくらい強いのでしょうか」
詩織は自分の中で最強と思っていた咲心が負けたと聞いたときはもの凄い衝撃を受けた。
詩織が零した疑問に答えられる者など漆しかいない。
「昴も超能力を持っとるけどどんな能力かは慧勇もよくわからんらしい。S級はもう別格や。ワイたちは稽古や称して慧勇と戦うんやけど十五人のA級が束になっても一撃当てるのが精一杯や、いっつも」
「それって一人で師団一つに匹敵するということですか?」
「匹敵?やってみなきゃわからんが一つじゃ止められんと思う」
漆からすれば身近にいるからわかるが他は実力の片鱗すらも見たことがないので想像つくものではない。
雅司は史上最強のテロ集団という確信を抱き、これ以上ヤバい人が出ないことを祈りながら書類を捲った。
「町田君もいるんだ。町田君は面白い人ですよ。何たって得物がフォークなんですもん」
「フォークって、三叉槍やなくて?」
「三叉槍ではあるんですよ。でも形はフォークをそのまま大きくしただけなんですよ。その代わり小細工がふんだんにされています。叉の間からレーザー弾が出てきたり先端からレーザー剣が伸びてレーザー槍になったりするのは知ってますがそれ以外にもあるらしいです。皆何かしらの特殊能力があったので町田君も特筆するなら、どんな武器も卒なくこなせる天才肌の人です。そんな彼が何故槍に固執したのかわかりませんが咲心から聞いた話ですと、槍使いは少ないじゃないですかぁ。だから何かしらの十指なるなら槍が一番楽じゃないですかぁ。だから町田君は槍使いになったんじゃないかって話でした。そして咲心曰く、町田君はもう既に槍使いの十指に入っているでしょう、とこの前言ってました」
槍使いは使用人数が少ないだけで決して強い人がいない訳では無い。槍使いの十指は他の十指と何ら遜色ない。
「一旦整理すると、S級に開発局並の作り手に雷耐性にクラーケンガンとやらに首席に槍使い十指の一人ってどれも師団長並じゃないか。もう頭痛いわ。最後の一人くらいは普通でいてくれよ」
雅司は半べそかきながら書類を捲った。
「お、ようやく私の番でありますか。斎藤来斗君は同期の中でも一線を画していました。卒業成績はトップ一〇に入っていましたが特別これと言って突出したものはないのですが当時首席の佐須田君に唯一戦闘で勝った人であります」
「佐須田って特殊五課課長の佐須田か?」
警察庁の特殊課は軍部で言えば師団にあたる。要するに課長は師団長と同格ということである。
「はい、そうであります」
「佐須田より強いって最後の一人まで怪物だな。で、どんな戦い方をするんだ」
雅司はもうヤケになっている。対策は課長クラスを人数分投入する方法しかないと悟ったため早くこの会議を終わらせようとしていた。
「斎藤君は身長一九〇cmを超える巨体であります。そのため超重量武器も扱えるため、得物は巨大鎚の磁石鎚であります。片面は金属と引き合う力があり、怪力と引力が混ざって武器に当たるため必ず武器が壊れます。逆の面は金属に反発する力があり、その斥力により武器で防ぐことができず身体に当たります。訓練所時代は主に引力の方を使っていたため別名武器破壊者と呼ばれていました。どんな小細工をしても力づくで破壊していく、生粋のパワータイプであります」
頭が弱く力で押すタイプの人間にはもってこいの武器である。
これで七人全員分の戦闘スタイルがわかった。実力も十二分わかった。
「これで対策を上と話してくる。教えてくれてありがとな」
雅司が締めようとしたとき漆が手を挙げた。
「実は影隊にはもう一人いるんや。書類上はウチの隊にいることになっとるけど」
漆は鞄から書類を取り出した。それは三久保萌々であった。
「萌々ちゃんってRedBulletの萌々ちゃん?」
詩織が嘘でしょ、と言いたげに言った。
RedBulletとはトップアイドルグループだ。メンバーは五人で全員訓練所卒業生である。訓練所の宣伝のために結成されたグループだったが、可愛さはもちろん他のアイドルとは比較にならない身体のキレの良さで3大グループの一つになっている。
「そうや。アイドルやのに所属が裏の影隊とは名乗れないやろ。代わりに同期のウチらの師団所属になっとる。せやからデータは一通り載っとるから目通しとき」
「本当に彼女が敵に回るのか?」
雅司は未だに信じられない。トップアイドルがテロ集団になるなんて。
「おーかたな。萌々は昴の嫁やからな。昴の為なら何だってする奴やからな。最近何も言わずに消えているちゅのを同じグループの奴から聞いとる。確実に昴と連絡を取っとる。これで相手は八人や」
雅司は萌々のデータを見る。評価は他の七人と見劣りしない。
史上最強のテロ集団に拍車がかかり、地獄絵図と化すことしか予想できない。こんな人たちに国の最重要機関を襲撃されたらひとたまりもない。そうならないために我々がいるのだが。
「他にないか?無ければこのまま上と話をしてくる」
雅司は確認のため各々の顔を見る。
「あ、もう一つあった。慧勇から伝言や。指定された五箇所を狙撃できるポイントを探しとき。今回一番めんどーなのは優佳やからな。それから皇居は襲撃されることはまずない。何故なら康太さんがおるからな。流石に康太さんの部隊相手に八人や無謀やからな」
慧勇の言うことは絶対だろう。できることなら慧勇に任せたいくらいだ。しかし慧勇は今アメリカにいるらしく帰国は望めない。
漆はこれで全部や、と言わんばかりにそっぽを向いた。
雅司はありがとう、と一言言って敬礼をしてこの場から去って行った。
部屋に残った三人は変な空気で動けずにいた。帰っていいのだろうがここにいた方が良いと直感で感じた。
「あのよ」
徐ろに口を開いたのは漆だった。
「アンタらどう思う?アイツら何がしたいと思っとお?」
「咲心ちゃんから聞く限りこんなことするような人たちだとは思わなかった。実際に昴君には会ったことあるけど、至って普通の人だったけど」
「なるほど、アレを普通と言うのか。慧勇よりも野蛮やと思うけど。お前らはアイツらと戦うことになったらどうする?ためらわずにアイツらに刃を向けられるか?」
漆の問いかけに頭を抱える二人。話を聞いている限り相手の方が格段に上だ。それでもこの場に残っているということは本作戦に参加したいと思っているからだ。
「私は咲心ちゃんと戦いたくはないけど、それでも何でこんなことをしているか、ちゃんと会って聞きたい。このままお別れなんてしたくないもん」
「私も何故斎藤君が彼らの指示に従っているのか不思議であります。その真意を聞くことが私がここに呼ばれた理由だと思っています。微力ながら力添え致したい所存であります」
詩織も雨庭はっきりと意思表示する。漆も言うまでもなくやる気満々だ。
「そうとわかったら、行こうで。本作戦に呼ばれてとう奴らはここ本庁に集まっとるちゅう話や」
――午後六時。
昴たちは最後の晩餐に相応しい腹ごしらえのためにファミレスに入った。入り口にある機械に人数を打ち込むと席の番号が書かれた券が発券される。その番号に従い、該当のテーブルに腰かける。テーブルの上にあるタブレットで注文ができ、その注文を受け、キッチン内のロボットが料理を作り、できた料理をロボットがテーブルへと運んでくる。これが今では当たり前になった無人ファミレスである。家でも家事ロボットが普及しているが特別感も希少感もないファミレスがあるのはこういうときのためである。
「私パフェ食べる」
「俺も食う」
優佳と大河が子どものようにはしゃぐ。ファミレスの需要は手の込んだデザートである。数人分のパフェなど材料を買うのが面倒なのは昔も今も変わらない。ネットで買う事でも。
「時間を考えて頼めよ」
昴の忠告をお構いなしに次々に注文をする優佳と大河。
「最後の飯かもしれないんだからいいだろ、たらふく食いたいんだ」
「縁起でもないことを言わないで。それにお腹いっぱいで動けないとか後で言わないでよ」
大河の無計画の発言に咲心が釘を刺す。それでも大量の注文を入れた。
「萌々は本当に来るんでしょうね?」
咲心はずっと引っかかっていたことを聞く。ここにきて計画が壊れたら笑えない。
「たぶん来るだろ。撮影をできる限りやりたいんだろう」
「何それ。明日からそんな生活には戻れないのにさ」
「そう言ってやるな。アイドルになるのが萌々の夢だったんだからよ」
「相変わらず、萌々には優しいわね。鬼と呼ばれる貴方も嫁には弱いわね」
「嫁じゃねえって何度言えばわかるんだ。俺には夏実ちゃんがいるんだからな」
昴のイチオシアイドル白井夏実。RedBulletのメンバーの一人。昴は萌々に何度も無理を言って会わせてもらい、その度に好きという想いが強くなっていった。
「あっそ。萌々が来るとは信じているけどさ」
咲心は決して心配性ではない。しかし副隊長という責任と隊の半分がお気楽者なのだから心配にならざるを得ない。自分が最後の砦なのだ。
政府の警報によりここあたりも人が少なくなっているらしく、店内も昴たち以外には誰もいない。だから声はひそめずとも昴は真面目なトーンで話し出した。
「そろそろ移動の時間だ。萌々からも撮影が終わって時間通りに来れるとのことだ。今回は今まで俺たちに与えられた任務の中で一番難易度が高いと思え。何故かわかるか?」
「殺しはしてはいけないからだ」
昴の問いかけに学が速攻で答える。
「そういうことだ。今まで殺してこいという任務しかなかったのに、今度は殺すな、だ。他は何をしても許されるがこれだけは許されん。そしてこれは第二段階だ。死ぬことは許さん。そして弥生。お前が一番辛いと思うが頑張ってくれ」
「わかっている」
弥生は短くそう答えた。無口なのは集中している証拠。弥生はいい状態である。
「優佳、学。お前らは見つかったら弥生の方に逃げろ。指定時間まではそこで応戦、時間が過ぎたら弥生と一緒に離脱してくれ」
「了解でーす」
「任せておけ」
優佳は元気よく、学は坦々と答えた。この二人には心配などしていない。
「大河。お前が一番心配だな。やりすぎるなよ」
「言われなくてもわかってるわ」
大河はドンっとテーブルを叩いた。このキレ性が不安材料である。
「来斗。自分に自信を持てよ。この俺が認めているんだ。お前ならできると信じている」
「わかっている。迷惑はかけないようにする」
来斗は頑張って自分を奮い立たせる。
「咲心。言うことはないが計画通りに進めてくれよ」
「私だけ寂しくない?まあ、別にいいんだけど。それより昴の方が心配だわ。康太さんは絶対貴方のところに来るはずだから」
「何とかするさ。逆に他のところに出てくる方がやばいからな。仕方ない、一つ言うならば俺たちの道はお前の道だ。お前が迷えば俺たちも迷う」
「プレッシャーかけないでくれる。本来貴方がやるべき仕事よ。囮なんか誰でもできるのよ」
「兄ちゃんが出張ってくるのに俺が本命になれる訳ないだろ。せっかくお前がいるんだから使わない手はない。お前の能力は俺より百倍使えるんだからな」
「あーあ、貴方に会わなければ今頃師団長になってたのに」
咲心は文句を垂れるが、今に始まったことではないし、前々から話し合っていることを今更変えることなどできない。咲心に対して言うことは本当にないのだ。師団長になれるくらいなのだから。
全員のモチベーションを上げたところで最後の晩餐は終わりだ。
この日日本は歴史的転換を迎える。二十年前軍隊を持つという憲法改正をした程の衝撃はないかもしれない。けれど日本内の第三次世界大戦の火蓋はこの日切られたと後に語られるのであった。
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