第一章 偽襲
第2話 捜査
『今日で児島厚生労働大臣が殺害されて二日が経ちましたが以前として犯人特定に至っておりません。警視庁は昨夜二一時に会見を開き、今までの捜査結果を発表しました』
『今回の事件は用意周到に準備されたものでありました。犯行グループは計六人であり、事件当時店内にいた人に聴き込みをしたところ内四人は店に客として来店し、料理を頼む前であった。他二人は警察官のような格好で来店。爆弾が仕掛けられていると虚言を言い、店内にいる客並びに従業員を外へ逃がしたが大臣がいた個室には避難を呼びかけず、仮面を被り襲撃したと思われます。さらに店内と周辺の防犯カメラには事件発生時刻前後十分間は何も映っておらず何者かによるハッキング、改変された形跡がありました。これらのことにより入念な計画が立てて犯行に至ったものであり、犯人の特定には時間を要すると思われます』
『警視庁はこう述べ、犯行グループ特定が難航しているものであると思われます。また負傷した警官二人ですが命に別状はないとのことで担当した医師は──』
『二人とも撃たれたのは右太腿の骨や神経がない部分であり、細い血管しかない場所でした。これは出血多量で死亡することや後遺症が残る確率がもの凄く低い。二人とも一ミリもズレなく撃たれていることから運が良かったと一言で片付けられるものではなく、二人を撃った犯人の銃の扱いがずば抜けて上手いと言わざるを得ない』
『と取材で答えており、犯人は銃の扱いに長けているものと思われます。また犯行グループは自らを《
はあ〜〜〜。
テレビのニュースを見て大きな溜息を吐く男、田辺雅司。この大臣殺害事件の捜査本部長を任されたのだが、ニュースの言う通り捜査は難航している。この事件は下準備が完璧でボロもシッポも見せてくれない。犯行グループは銃だけでなく犯行そのものの扱いが上手い。これだけ上手いと逆にわかり易いものでありそうなのだが。
「ビッグニュースですよ」
警視長の扉をノックもせずに勢い良く開ける部下の山取秀朗。普段では有り得ない行動に驚く。
雅司は明らかな迷惑そうな顔をしたが秀朗はこちらの顔を見たにも関わらず興奮した顔で近付いてくる。
「ようやく解析結果が出ましたよ」
雅司は何を言っているか分からず訝しむ目をした。
「大臣の首を斬った凶器がわかったんですよ」
そう言われてやっとわかった雅司は勢い良く机を叩き立ち上がった。
「それで何だった?」
「はい、斬光剣でした」
「斬光剣?」
こんなところで出てくる名前ではなかった為、聞き返さずにはいられなかった。
「そうなんですよ。傷痕と状況がピッタリ合うんですよ」
「本当か?技術開発局にも問い合わせたのか?」
「はい。確かめて貰って、一致するとのことでした」
「でかしたぞ、と言いたいところだが事態は俺の予想の中で一番最悪だぞ。それは二日も鑑定に時間がかかる訳だ。よくそこまで辿り着いたな」
「後数種類で詰むところでしたよ。誰もこの剣が使われるなんて思わないですからね」
「技術開発局から斬光剣が持ち出された記録はないのだろ?」
「はい、そう聞いています。ということは犯人はあいつしかいないということですよね?」
「だろうな。あんなモン扱える奴は日本であいつ一人しかいない。もう最悪だぞ」
雅司は先程までの興奮は完璧に冷め、力無く椅子に腰掛けた。そして肘を机の上に置き、手を組み額を乗せる。
秀朗は雅司からの指令を待つ。その顔は先程までの興奮は嘘のようにいつもの冷静さを取り戻していた。
十数秒考え、一つの結論に至った。
「よし。軍部に行くぞ。とりあえず東京支部の不破少将のところに行こう」
「はい」
秀朗は元気良く返事をして雅司の後ろをついていく。
日本軍東京支部の最上階に支部長室がある。その部屋をコンコンコン、とノックをして入る雅司と秀朗。
「突然連絡があったからびっくりしたよ。今日はどうしたんだい?」
二人が入るなり腰掛けるように促す東京支部長不破典宏。
失礼、と言って目の前のソファに座って軽く状況を話す。
「児島厚生労働大臣が殺害されたことは知っていますね?その犯人が特定できたのですが……」
「何?軍人だとでも言うのかい?」
「その通りです。葉風昴大佐であると推測されます」
「葉風君だと?証拠はあるのでしょう?」
「はい。大臣の首の切断面を調べたところ斬光剣で斬られたと思われます」
「斬光剣。そうですか、それなら彼しか有り得ないでしょうね」
斬光剣。その名の通り光を剣に応用したものである。これと似た名前の光剣という物もあるがこれは光の熱量を用いて溶け斬るといったものである。しかし斬光剣の特性は太陽光と同じように可視光ではない、熱も高温に達しない、伸び縮みするというものがあり、他の特殊武器より遥かに扱いが難しい。それを日本で唯一使えるのは葉風昴という人物である。
「大変なことになりましたね」
典宏は落ち着きのある声音で言った。雅司とは意見が一致するにも関わらず温度差が海とマグマ位違う。
「何故そんなにも落ち着いていられるのでしょうか?このことが世間に知られたら軍部の信用は失墜しますよ」
「こんなことでは失墜などしませんよ。世間では彼は大佐としてしか見られませんから。それよりも彼が犯人だとしてどう対処するのですか?この問題はそれら警察にも火の粉は飛びますよ」
「確かにそうですが。一度この話は保留として、この事件は単独ではなく複数人での犯行でした。心当たりはありますか?」
「無くは無いですね。彼は特殊部隊の隊長でもあります。規模としては小隊にも満たない少数先鋭なのですが。確認を取ってみましょう」
典宏は受話器を取り、どこかに連絡をする。たぶん管理部のところであると思われるが。
連絡を終えると少々お待ち下さいと言って沈黙の時間が始まった。
沈黙にそわそわし出す秀朗は二分も経たずに沈黙を破った。
「葉風昴とはそんなに凄いんですか?」
「そんなことも分からないのか?訓練所を史上三人目の総合成績Sで卒業した神童だぞ」
「史上三人目って木下
「多くの人がそう言うでしょう。答えを申し上げれば、史上三人目は二人いるということです」
丁寧に教える典宏。しかし秀朗には疑問解消とはいかず、というかさらに疑問が増えた。
「な、二人!葉風昴と木下慧勇両方だと言うのですか?」
「そうです。これは君の方が詳しいと思っていたのですがね、山取警部補」
「な、何故でしょう?」
「聞いていないのですかね。順を追って説明しましょう。葉風昴と木下慧勇は同期として入学し、同時に卒業し、同じ総合成績Sを取りました。よって史上三人目が二人できてしまったのです。そしてこのカラクリを使い、私のボスはあることを考えました。葉風昴の成績を改ざんし表沙汰にできない仕事をさせていました。そして上層部は木下慧勇を史上三人目であることを強調したため、多くの者は木下慧勇だけであると信じてしまっているのです。貴方のように」
「では何故私の方が詳しいと仰ったのでしょうか?」
「ああ、それは佐々木康太の弟だからです。ご存知ありませんでしたか?」
秀朗はあまりの驚愕の事実に口をあんぐり開け、素っ頓狂な顔をする。
「いるとは聞いていましたが名前までは知りませんでした。それを聞いて何故ここまで騒ぐのかやっとわかりました。康太の弟の話は聞いています、康太ですら勝てるかどうか分からないくらい強いと」
「誰もが使いにくいと酷評する斬光剣を好き好んで使っているくらいですから」
典宏は大きく頷く。
プルプルプル。
「はい」
典宏はワンコールで受話器を取った。
典宏ははい、なるほどなど言い一分もかからずに終えた。
「管理部からの連絡です。葉風昴の隊は葉風昴も含め七人全員昨日から通勤していません。さらに携帯を義務付られているGPSが機能していないようです。故意に壊している可能性があります」
「これは当たりですね。その七名が犯行グループと断定。直ちに居場所の特定をしましょう」
雅司は小さくガッツポーズをして興奮気味に言った。
しかしこれで解決したとは到底言えないだろう。
「これは骨が折れそうですね。葉風昴一人ですら将校百人でも足りない程なのにあの隊となると一体何師団必要になることか」
「そこまで必要になる程の面子なんですか?葉風昴の隊は何をしていたのですか?包み隠さず何の任務をさせていたのか教えてください」
雅司は驚愕と共にあの若者にどんな辛い任務を要求していたのか気になった。
「事件を起こしたのでお教え致しましょう。彼らは暗殺と暗殺者殺しをさせていました」
典宏の告白は雅司の予想通りだった。裏の仕事と言えばまず最初に暗殺者だと子どもでもわかる。
「何時からその任務に?」
「訓練所を卒業してから直ぐに」
「十五歳でですか?」
雅司は声を荒らげた。幾ら何でも若すぎる。何歳になろうとも誰もやりたくない仕事を十代半ばでさせるなんて。
雅司は典宏の胸ぐらを掴んで問いただしたい気持ちを抑える。
「それは酷すぎはしませんか?そのせいで今回の事件は起きたとは思いませんか?」
「総合成績Sということはどんな事も卒なくこなせるという判断を下せます。暗殺をさせて精神が病むとは思いませんでした。彼らなら耐えられると思ってました」
雅司は舌打ちをして目の前の机を蹴る。怒りをどこかにぶつけずにはいられない。
「このことはボスに私から伝えましょう。彼らを止めるのは何度も言っていますが至難でしょう。わかっていると思いますがこの事件で軍部から人員を割くのに時間がかかることをご承知ください」
典宏はすまなそうに目を伏せて言った。
基本的に軍は対外国を警察は対国内で仕事をするように組織されている。今回のような事件は警察の管轄であり、軍は関与しないのが通例なのだ。
「わかっています。居場所がわからなければ何もできないので今は総力をあげて特定を急ぎます。またその内来ます」
雅司は怒りをこれ以上抑えきれないと判断し、足早に典宏の前から立ち去った。秀朗は状況がわかるようでわからないためただただ雅司の後を追った。
数分後、典宏は静かに立ち上がり窓際は立ち止まり、ブラインドの間から下を見る。ちょうど雅司と秀朗が車に乗るところだった。二人が乗ると直ぐに発進し、それを見送った。
ふー、と典宏は大きく息を吐いた。
「全く、危ないところでしたよ、昴君。私以外のところに来られていたら大変なことになってましたよ。と言ってもこちらの予想通りに動いていますがね」
たった一人の部屋でそう呟いた。
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