鬼の道は鬼
牛板九由
第1話 OPENING~衝撃
東京都港区赤坂の一角の高級フレンチのお店にスーツを身に纏った男二人と普段着ないようなドレスのようなワンピースを身に纏った女二人が入った。
「いらっしゃいませ。四名様でお間違えないでしょうか?」
「はい」
「ではご案内致します」
店員はこの四人を不思議に思うことなく店内へ案内した。
「こちらの席で宜しいでしょうか?」
店内はほぼ満席で真ん中のテーブルを勧められた。
「大丈夫ですよ」
四人は目配せをして席に着く。
「こちらメニューになります。ご注文の際はスタッフにお声掛けをお願いします。ごゆっくりどうぞ」
メニューと一緒に水とおしぼりも運ばれてきた。
この四人は誰がどう見ても高級店に来れるような年齢ではない。どんなにおめかししても見繕っても隠しきれていない。そのため、店員はもちろんのこと他の客からも注目を浴びている。他の客は舌も目も肥えた上級階級の大人なのだから。
「コースにするんだっけ?」
白のワンピースを着た女がメニューを見ながら確認をする。
「だな。とりあえずメイン料理が三つあるけどどれにする?」
シルバーのネクタイを着けた男がどれも美味そうと涎を飲み込む。
「ここは魚にしようかな」
薄水色のワンピースを着た女が顎に人差し指を当てながら答えた。
「毎日肉って言ってる癖に何かわい子ぶってんだよ」
赤いネクタイを着けた男が怒りよりも呆れを含んだ声音で言う。
突然入口が騒がしくなる。そこには警官らしき人が店員と話している。
「思ったより早いわね」
薄水色のワンピースを着た女が他の人に聞かれないような小さい声で言った。彼女は思ったことを口にする癖がある。
「おい、聞かれていたらどうすんだよ」
赤いネクタイを着けた男はヒヤヒヤさせるなと小言を言う。
一分程度で話が終わったようで店員は厨房の中に、警官はテーブルがあるこちらのフロアに来る。
「皆さん、騒がず慌てずに外に出て下さい。爆弾が仕掛けられているとの情報がありました。退避をお願いします」
そこにいた客は驚きのあまり声も出ない状況らしく、警官の心配はどこの空と言わんばかりに騒ぎ立てることはなかった。高級店ということもあり子どもがおらず、客は皆静かに店の外に出る。
厨房からコックの人たちが出てくる最中、店長らしき人が警官に話しかけてくる。
「個室にもお客様がいらっしゃいます。そちらの方にもお声掛けの方を」
「もちろん、もう一人がやっております。心配せず、早く外に退避をお願いします」
店長は大きく頷くと走って出入口に向かう。
食事をしようとしていた四人の若者は他の客と同じように外に逃げようと出入口に向かったが出口と個室への分かれ道で誰にも気付かれないように個室へと続く道へ入っていった。そして誰もいない個室に静かに入る。
建物の中に一箇所を除いて人の気配が消えたのを確認した四人は個室から出る。
「お疲れさん」
赤いネクタイの男がネクタイを緩めながら警官に声を掛ける。
「それよりもさっさと行くぞ」
警官は労いに答えることはなく、一番奥の個室へと向かう。
奥の個室の前には警官が一人立っていた。
「やっと来たな」
警官二人は帽子を投げ捨てた。そして六人は六様のお面を着ける。
「んじゃ、開けるよ」
先に着いていた警官がドアノブを握る。
勢い良く扉を開けると同時に中にいる女性が喋っていた。
「このお店に爆弾が仕掛けられているようです。今すぐお逃げ下さい」
「その必要はない」
赤いネクタイを着けた男が拳銃を向けて言った。
「キャッ」
秘書と思われる女性が小さくなって悲鳴をあげる。
一拍遅れてボディーガードが拳銃を向けている男性の前に立つ。ボディーガードも拳銃を取り出し、この者たちに銃口を向ける。
「貴様ら何者だ?」
ボディーガードの後ろに隠れた男性が偉そうに銃に屈しないとでも言うように声を荒らげた。
「もう死ぬあんたに言っても意味は無いが生きている奴らには俺たちのことを広める役目があるから言ってやろう。──俺たちは《
名乗ると同時に他の五人もそれぞればらばらの人に拳銃を向ける。
「シャドウデーモンだ?そんなもん聞いたことがない」
「当たり前だ。お前が一番目の被害者だからな、厚生労働大臣児島敦」
「な、私のことを知ってこんなことをやったのか。貴様らこの罪は重いぞ」
「今更何言われても変わんねぇよ。俺に回ってきた仕事だし、他の奴らにやらせる訳にはいかないんでね。ま、心配すんな。初めてと言えど仕損じることはしねぇから」
大臣は必死に頭を働かせる。どうにかしてこの状況から生還する方法を思いつくために。しかしこの者たちを制止させる言葉一つ思いつかない。
とりあえず状況を整理してみよう。この強襲者は六人。内二人は警官の格好をしているが、よく見れば偽物だと分かる。そこら辺にあるコスプレ用衣装であるが一般人には本物だと思うだろう。パニック状態にあったのだから。そう考える限り、周到に用意された計画であることが伺える。また仮面をしているので顔は見ることできないが格好、態度、声音から若者だと伺える。どうしてそんな者たちが銃などを手に入れているのか不思議でしかない。
赤いネクタイを着けた男は般若の面、シルバーのネクタイを着けた男はひょっとこの面、白のワンピースを着た女は狛犬の面、薄水色のワンピースを着た女は妖狐の面、警官の格好をした身長の大きい方の男は隈取の面、もう一人の警官の格好をした身長の低い方の男は天狗の面をしている。
「ひょっとこ、何被ってんだボケ」
ひょっとこの面をした男はえー、と言って頭に被っているものを手で確認する。
「あー、これは少しでも身長を高くしようとしてな。どう?いかしてる──」
パンッ。
般若の面をした男が喋り途中のひょっとこの面をした男が被っているコック帽に銃弾をぶち込む。
「ふざけるのは大概にしろ」
怒号をあげる。仮面の下の顔は仮面同様般若のような顔になっているだろう。
大臣は向けられていた銃口が逸れたことで一歩窓の方に足を動かした。
パンッ!!カランカラン。
「「動いてんじゃねぇ」」
ひょっとこの面をした男と狛犬の面をした女が同時に銃の引き金を引き、同時に叫ぶ。そのため銃声が先程の比ではない。
銃弾は大臣の両脇を通過し、後ろの壁に跳ね返り、床に落ちる。
ひぃぃぃ───。
大臣は腰を抜かしたように後ろにある椅子を倒しながら尻餅をつく。
「き、貴様らには良心はないのか?人を殺すのに躊躇しないのか?罪悪感はないのか?」
大臣はどうか慈悲を、と言わんばかりに訴えかけてくる。
「んなもんあるさ。でもこれは誰かがやらなきゃならねぇんだ。だったら俺らがやるしかねぇだろ?他の奴らに手汚させる訳にはいかないからな。だから大人しく俺に殺されろ」
般若のお面をした男が再び銃口を大臣に向ける。大臣は不格好に倒れ込んだまま後ずさる。
数秒の後、何かを思い出したように大臣はハッと顔を上げた。
「お前たち何をしている!早くこいつらを何とかしろ!何のために雇っていると思っている」
ボディーガードに対して怒鳴り散らす。しかしボディーガードは戦慄している。誰かもよくわからない者たちに襲撃され、その場にいるからというだけで銃口を向けられるという状況になるとはこれっぽっちも思っていなかっただろう。
そんなボディーガード二人は恐怖に顔を染め、拳銃を持つ手を震わせながら指に力を込めていく。
パンッパンッ。
銃声が二発。
うぅぅ──。ボディーガード二人は言葉にならない叫びをあげながら倒れ込んだ。太腿を押さえながら。
またもひょっとこの面をした男と狛犬の面をした女が発砲した。
「危ねぇだろ。どこいくか分からないのに撃とうとするな。これだから素人同然の奴らに銃を持たせるなっての」
「そうそう。素人同然の貴方たちに私たちが早撃ちで負けるわけがないでしょ」
「素人って……。こいつらは警察のエリート中のエリートたちだぞ」
世界情勢が不安定なこの時代、大臣にはボディーガードに民間組織ではなく警察を付けることが法律に明記されているのだ。
狛犬の面をした女は倒れているボディーガードに近付く。
「貴方たちが撃とうとするのが悪いのよ。そんなことしなければ私たちは撃ったりはしなかったわ。他の人たちも一緒よ。不審な動きをしなければ貴方たちには危害は加えないわ。私たちの目的は大臣の死亡のみ」
「私だけが殺されるというのか?」
大臣は襲撃者の目的を知り、さらに顔が青ざめ掠れた声で言った。
「そうだ。他の人は殺すな。それが俺たちが受けた唯一の依頼だ」
「依頼?誰からの依頼だ?見逃せばその倍の金を払おう。二倍で足らないなら三倍出そう。だから殺さないでくれたまえ」
「フ、フハッハッ」
六人全員笑い出す。高らかに。それは大層高らかに。
ひとしきり笑い続けると、般若の面をした男が今までで一番低いドスの効いた声で言う。
「十億でも二十億でも出せるって?生憎俺たちはお前なんざ殺したところで金なんて一銭たりとも貰えないのさ。ただお前を殺したいだけなのさ。なぜ殺されるのか教えてやろうか?十億、二十億ポンと出せる程の貯蓄が大臣やってるからと言ってもあるはずがない。高級店ばかり通うお前にな。ならどうしてあるのか。そんなん餓鬼でも分かる。特定の医療機関との医療費の改ざん、横領。それだけじゃない。孤児院や病院への献金の横領。てめぇのやってることは金だけじゃねぇ。百人以上の余命宣告者に致死率九九%の薬物を治療薬と称し投与させ死亡させた。これは他のどんな罪よりもでけぇぞ。届けも出してねぇ薬を勝手に与えて殺した。これは立派な殺人だぞ。それも与えた薬が強化剤じゃなくて超化剤なのがさらに質が悪い」
「な、でっち上げだ。どこにそんな証拠があるんだ?」
「此処は裁判じゃねぇんだ。証拠はなくてもやったことはわかっている。もうそろそろ終わりにするか。もうこれ以上話すことはないからな」
般若のお面をした男は引き金に指を掛ける。
「待て!早まるな──」
大臣はまだ何かを言いかけていたがその言葉が紡がれる前に首が落ちた。
キャァァァ───。
秘書の悲鳴が部屋に響き渡った。
「銃はやっぱブラフかよ。首切りとか無残な殺し方だな」
天狗の面をした男が銃をしまいながら言った。
「殺し方も謎にすれば俺たちのことをより警戒する。そっちの方が面白いだろ。なぁ?てめぇら」
「それもそうね」
妖狐の面をした女が納得したように言った。
「撤収だ。落合場所は分かってんな?」
全員は頷くと同時にその場から去った。しかし般若の面をした男だけは残っている。
般若の面をした男はおもむろにお面を取った。その顔は正しく好青年としか表現できない、決して殺しをするような顔はしていない。
不用心とも言えるその行動にその場に残っている人たちは固唾を呑んだ。
「何故君たちを殺さないか教えてあげようか?まあ理由は二つあるんだけど。ここで起きたことをありのまま伝える人がいないといけない。日本に恐怖と衝撃を与えるためには。もう一つもう言ったね」
青年はフッと笑うと再びお面を着け、窓から外へ出て行った。
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