第3話 ゲストグラスとキャストグラス

「じゃあかえで君!早速だけどこういう店の経験はある?」

「すっ、少しだけバーテンダーをしていました!」

総勤務時間8時間くらい4時間は記憶がない。学んだことはごみ袋のぬくもりです。

「そかそか!じゃあキャバクラ用語を軽く流すから・・・そんなのどうでもいいよって時は軽く飛ばしてくれていいからね。」

店長はテーブルの上に並べられている大小のグラスをつまみ上げた。

「グラスはかなり種類があるんだけどとりあえずこの二つがなきゃ商売にならない。」

まず大きいコップを拾い上げて軽く振って見せた。

「まず大きい方がゲストグラス。あ!ゲストっていうのはお客さんのこと!」

店長は耳をぴょこぴょこさせていかにも面白いこと言うぞって顔で

「略してゲスグラなんて呼ぶ!お客さんがげすやろうってわけじゃないぞ?」

「あ、あはははは・・・」

いやそれたぶん本音入ってますよね・・・?

「んじゃ次は小さいほう。これはキャストグラスだ。」

「キャストっていうのは女の子のことですね⁉」

バーテンダーで学んだ数少ない知識を披露する。

店長は耳をぴこんと伸ばして

「そうそう、女の子のグラスで入る飲み物のが少なめになってる。お酒に弱い女の子もいるからね。」

へぇー。素直に感心する。意外と女の子のこと考えてるんだ。

「あと、キャスグラにはまだあるんだ。」

店長はコップの口を指でなぞっていった。

「これの特徴は口のほうにむかって少しだけ直径が小さくなっているんだ。」

「なるほどなるほど。」

「実はお客さんもキャスグラを使うときがあって、瓶ビールを飲むとき。その時はこっちを使うんだ。口が小さくなってると泡がこぼれにくい。」

僕は必死にメモを取る。

「あと、テーブルに置いたときにお客さんから見てグラスが小さいって気付かれにくいから、キャストもしっかり飲んでくれていると錯覚させることが出来る。」

店長はゆっくりメモとっていいよと言って、もう一人のボーイさんのじゅんさんを呼んだ。

「じゅーん。お前のが酒作るのうまいだろー?」

店長はしたり顔でこちらを少し振り返るとすぐ向き直った。じゃあ、じゅんはアイスとビールといろんなグラスを持ってきてー!と、ぶんぶん手を振った。

こちらを向き直って、

「よしじゃあ、俺からはここまでだ。」

「ありがとうございました!」

「覚えることいっぱいあるかもだけど働きながらで大丈夫だからね!」

僕がもじもじしていると店長は体をメトロノームみたいに傾けて

「おしっこ?」

「違いますよ⁉いきなりなんですか」

「だよね。どしたのよ」

僕は肩を落としていった。

「実は僕バーも一日で首になっちゃって・・・」

でも・・・

「僕ここなら頑張れる気がしてきました!」

「そかそか、かえでくんはかわいいなぁ!」

店長は朗らかに笑い、僕の横にきて髪をわしゃわしゃした。

僕はなされるがままに小さくなる。

僕は犬じゃないんだぞ。

「かえでくん煙草とかすう?」

「いえ、けど人が吸うのは慣れてるから大丈夫です。」

店長は煙草に火をつけると僕の方をおおまじめな顔で見た。

「かえでくん童貞?」

「そうですけど・・・ってなんでわかるんですか⁉」

「そりゃこの業界長くやってるとわかるよー。」

店長は煙草を吸い込むとにやにや笑いながら僕の顔に吹きかけた。


ごほっごほっ・・・

さすがに近いと目に染みる・・・


店長は組んでいた肩をがっしり抱き上げると煙草を置いた。


えぇっ―――ど・・・ど・・・童貞ちゃうわ⁉―――じゃなくてどういうこと⁉

僕は2m近い大男から肩を掴まれなにがなんだかわからなくなった。

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