その2

 僕とロックさんが寝静まった時間に、管理人さんはやっと帰ってきた。


「いくぞ!」

「は、はい!」

 

 ロックさんの掛け声を合図に、自分の部屋に入ろうとした管理人さんを二人掛かりで羽交い締めにしてリビングに連れて行った。


「なんだ、いきなり!」


 驚いた管理人さんも抵抗はしたが、割と容易くロープで縛ることに成功した。


「おい、一回しか聞きないぞ。大輔を殺したのは、お前か?」

「はぁ?」


 ロックさんの質問に管理人さんはとぼけた顔を見せた。


「じゃあ、あの弁護士かっ!」

「弁護士?」


 管理人さんは少し考えて「ああ」と思い出したような声を出した。


 なんだ、今の間は? 


 僕は違和感を覚えた。自分で連れてきたはずなのに、まるで今まで忘れていたような雰囲気だった。


「この前、お前らに言っただろ? もう、一緒に住めないって」

「でも、大輔くんを……殺さなくてもいいじゃないですか!」


 僕も目を潤ませながら言った。


「……殺してなんていない」

「じゃあ、あの大輔の死体はなんだよ?」


 ロックさんが管理人さんの胸ぐらを掴んだ。


「お前じゃなくて、あの弁護士がやったのか?」


 ロックさん、すでに二回目です。


「……先生も殺してなんかいない」

「じゃあ、どうしたんだよ! 俺とマッキーはこの目で大輔の死体を見たんだよ。あぁ! まだしらばっくれるのか?」


 ロックさんの詰問に管理人さんは目をそらした。


「お前たちに言っても解らないよ。とにかく、ここから出ていかないなら、アイツみたいになる」

「どうしてですか! そんなの理不尽すぎるじゃないですか!」

「もう、お前たちと一緒に居たくないんだ、俺は!」


 そう言った管理人さんの表情は、ものすごく悲しい顔をしていた。まるで自分が一番の被害者だとでも言いたげな追い詰められた顔だった。


 訳がわからない。


 僕らを追い出すと言っておいて、大輔くんを殺しておいて、なんで……自分が悲しいみたいな顔ができるんだ。


 その顔を見て、僕は呆れて力が抜けてしまった。愛想はないけど、ここまで僕たちに無慈悲だとは思わなかった。


「気持ちが変わるまで、こいつはこのまま縛っておく。マッキー何があっても解くなよ」

「でも、会社はどうするんですか? 無断で休んだら、誰かが疑うんじゃないですか?」


 ロックさんは「そうか」と考え始めた。本当に行き当たりばったりな人だ。そして、「そうだ」とすぐに閃いた。本当に思いつきで行動する人だ。


「マッキー、明日は会社にお前が行け」

「はぁ!」


 何を考えてるんだ、この人は。そんなのバレるに決まってるだろ。


「大丈夫だよ。確か、こいつ、営業で外回りしてるって言ってたからよ。明日、一日、ずっと外回りだって会社に行かなきゃバレねぇって」


 そんな簡単なのか?


 そんな訳ないだろ!


「バレたら、またなんか考えようぜ」


 その時には、すでに遅しだよ! バカかこの人はっ!



 と言っときながら、翌日。

 ロックさんの命令により、僕は夢にまで見たリクルートじゃないスーツに身を包み……面接で何回か足を運んだけど、緊張で何も覚えていないオフィス街にやってきた。


「何やってんだよ、僕は……」


 さっき、上司らしい人から電話があり、なんか「何たら商事の何とかさんんトコに顔出しとけ」とか言われたけど、よくわかんないから、苦笑いで切ってしまった。


 咄嗟にこんな対応しかできないから、内定がもらえないんだな。と、己の常識の無さに絶望してしまった。


 でも。

 これで何とかアリバイはできただろうけど……明日から、どうするんだろう?


 ロックさんは……何にも考えてないだろう。


 公園のベンチに座って、ため息が出た。何で、こんな事になってしまったんだ。

 管理人さんが僕らを以前からよく思っていなかったのは感じていたけど。


 落ち込んだら、ふと、美奈に会いたくなった。

 何してるんだろう? 就活も終わってるし、大学に行けば会えるだろうか?


 えっ?


 とっさに目の前の大通りに顔を向けた。美奈の笑い声が聞こえた気がした。


 慣れない革靴で滑りそうになって、僕は大通りに駆け出した。やっぱり、反対の通りを歩いている美奈の姿があった。


 でも……リクルートスーツじゃない、垢抜けたスーツを着こなし、楽しそうに誰かと歩いている。


「美奈……」


 彼女を見た瞬間、呼び止める力は一瞬で消えてしまった。美奈の隣には、僕の知らないスーツ姿の男性がいた。


 とても、声をかけられる雰囲気ではなかった。


 浮気されたとさえ、思えなかった。彼女の表情は、明らかに僕のことなど頭の何処にもない様子だった。


 そして、一番、辛かったのはその僕よりはるかに年上のその男性と、彼女が釣り合うほどに大人びていたこと。


 就職も決まらない、ダメな僕に愛想が尽きていたのだろうか? それとももっと前から……。


 僕はうなだれてベンチに戻って、何もする気が起きなくなった。あまりにも自分が惨めすぎて、動くこともできなくなった。


 その瞬間。


「うっ!」


 何者かに突然、目と口を塞がれた。


「動かないで……あなたの瞼は、トロンと落ちていきます」


 誰の声だ?

 

 僕はよくわからないまま、瞼が重く、気持ちいい気分になり、意識を失ってしまった。


 

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