その1

「おい、マッキー! 生きてるか!」


 ドアを殴る音とロックさんの大声で僕は目を覚ました。歌手を目指しているだけあってか、ロックさんの声はドア越しでも弾丸みたいに頭を貫通して来る。


 眠い目のまま、僕はドアを開けた。


「なんですか? 大声で」

「ああ、生きる。生きてるよな?」


 そう言ったロックさんは、冗談ではなくホッとした顔を見せた。一瞬、「起きてた」と聞き間違えたかと思ったが、どうも様子がおかしい。


「どうかしたんですか?」


 ロックさんは魚みたいに口を数回パクパクさせて言った。


「だ、大輔が、し、死んでる」

「えっ!」


 僕とロックさんは大輔君の部屋へ向かった。

 ロックさんが飛び出してきたのであろう、大きく開いたままのドアの向こう、大輔君は、ベッドの上で眠るように死んでいた。


「大輔君!」


 揺すってみるが、起きる様子はない。死んでいる。


「な、なんで?」

「わかんねぇよ! 死んでるんだよ! さっきから!」


 焦っているロックさん同様、僕も頭がこんがらがって来た。


 素人目に見ても、外傷はどこにも見当たらない。薬か何かを飲んだように見える。

 が、昨日まで元気だった大輔君。田舎から一緒に出て来た彼女と同じ大学に通っていることを毎日、楽しそうに話していた。

僕も似たような境遇だったので、彼とは気があった。


「大輔君。自殺なんか……するわけないですよね?」

「決まってるだろ……」

「じゃあ!」


 ロックさんは声には出さず、視線で管理人さんの部屋を指した。


 確かに、最近の管理人さんは少し、僕らへの態度がおかしかった……でも……いくらなんでも、殺すなんて。



 このシェアハウスに住んでいるのは、僕も含めて四人。


 元々この家の住人であった最年長の管理人さん。普段はサラリーマンをしている。

 そして現在、就職活動中の僕。

 僕の二つ年上のプロの歌手を夢見て、週末に路上ライブなどをしているロックさん。最近、彼女と別れて、かなり気が荒くなっている。


 そして最後が、この春に田舎から上京して来たばかりの大学生、大輔君。


 

 数日前、管理人さんは僕らを全員、集めてある話をした。その時、彼の隣には「先生」と呼ばれる見覚えのない中年の男性が一人。


「あなた方を数日以内にここから追い出します。もし、出て行かないのでしたら、こちらも実力行使に写させていただきますので、そのつもりで」


 先生は僕たちにいきなりそう言った。そして、何やら書類のようなものを僕らに見せた。

 あまりにも細かい字で、当然のようにロックさんが怒ったが、管理人さんの意志は硬かった。


「もう、一緒には住めない」

 

 あの人が言ったのはそれだけだった。

 確かに、大輔君も仕送りが遅れていて、僕も就活中でバイトをしておらず、持ち合わせがなく家賃が遅れていた。


 でも、いきなり、そんな……出て行けというのは理不尽すぎる。


 ロックさんが文句を言っても聞く耳を持たない管理人さんと弁護士と思われる先生は、鍵のかかった管理人さんの部屋に入って出てこない。


 それどころか、それ以来、僕は管理人さんの姿をほとんど見ていない。



 ロックさんは怒りで大輔くんの部屋の床を殴った。


「ふざけんなよ。本当に殺すかよ……」


 まぁ、ロックさんに至っては、バイトも仕送りも収入もないのにデカいツラでここに居座っているので、何も言える立場ではないのだけど。


「行くぞ! 牧原! あいつに抗議だ」


 ロックさんに連れられ、僕らは管理人さんの部屋へ向かった。


「おい! バ管理人、開けろ!」


 管理人さんの部屋からの応答はなかった。


「いねぇ、のか?」


 玄関に行くと、すでに出かけてたようであった。


「くっそぉ! 人殺して、呑気に会社かよ!」

「まだ、管理人さんが犯人だって決まったわけじゃ」

「じゃあ、お前か?」

「そんなワケないじゃないですか!」


 思わず怒鳴ってしまった。

 自分の弟のような存在だった大輔君が死んだのは、僕だって悲しいのだ。


「あの先生は?」

「アイツか……」


 ロックさんは舌打ちして、黙ってしまった。

 あの日、色々と説明をしていたのはあの人だ。しかし、どうやって殺したんだ? 昨日は特に何の物音もしなかったはずだ。


 というか、なんで殺したんだ? 全くもって理解が不能だ。


「とりあえず、今日、管理人が帰ってきたら、縄で縛って白状させるぞ」

「え! そんな乱暴はっ!」

「そんぐらいやんないと、次は俺たちが殺されるんだぞ?」


 ロックさんの言葉が僕の心にズシンを刺さった。そうだ、大輔くんが殺されたということは、僕も殺される……のか?


 その日は外に出る気にはなれず、ロックさんと僕は、それぞれの部屋で過ごした。

 鍵を持っているのは管理人さんだけだ。無断で勝手に外へ出ることをあまりよく思っていない様子だった。


 幸い、授業は三年生の間に全て終わらせていたので、ゼミ以外で大学に行くことはほとんど無くなってしまった。


 隣の部屋からはロックさんのいつもの歌が聞こえてくる。


「そう言えば、美奈とも随分会えていないな」


 恋人の美奈は、すでに内定を貰って、あとは卒業だけ……このまま内定がもらえなかったら、僕はロックさんと同じ道を歩むことになるのだろうか?


 仕送りもなくなり、この部屋を追い出される恐れも……それだけは、勘弁願いたい。

 未だに内定が貰えていないことに、僕はナーバスになっていた。


 しかし、下手な歌だ。歌声の鏡を誰か発明してくれないか。


 でも、なぜだろう。ロックさんの歌を聞いてると、よく美奈のことを思い出す。


 















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る