魔女、イルが王子に惚れた訳

 「良いから話しなさいって、まだ聞いてもいないのに自分で判断するのはやめなさいって……」

 「嫌じゃ! 主がその様なロマンスをしていたのなら、儂に勝ち目は無い!」

 「言って、言ってよ〜アタシ気になるじゃない〜」


 儂は、襟元を掴んで揺らすドラゴン娘に勝てぬと判断し、顔を熱くさせ、目線を逸らす。

 いや、だって儂の話、手短に言えば水晶玉越しに覗きながらする、ノホホンとした日常って感じじゃから……。

 じゃから、此奴みたいに、命がけあり、友情ありの話じゃないし、もう恥をかくのは確定じゃ……。

 儂が甘かった、どうせ一目惚れしました〜位のゴブリン並みに軽い話じゃと思ったら、タイタン級の話じゃった訳じゃし……。


 「大丈夫よ、絶対笑ったりとかしないから、お願い、お願いよ!」


 ……まぁ良いか、此奴に話しても。


 「分かった、じゃが実に他愛もない話じゃぞ? それでも良いのかのう?」

 「全然良いわ、気になるから早く!」

 「なら、話すとするか……」


 …………。


 初めは、ほんの気まぐれじゃった。

 〈1000年に一度の、未来の聖人君子現る〉

 等と他愛もない半年前の噂が始まり。


 人間は価値ある名札をつけたがる。

 それは自分の為。

 それは他人の為。

 それは国の為。

 大概、そんな人間のエゴでつけられる名札、1000年経たぬうちに何人現れたか?

 じゃが、その時最期の〈1000年に一度〉からちょうど100年は過ぎておったし、久々人間の愚かさと醜さを見るのも悪くないと思い、水晶玉にその姿を映した。


 映ったのは、レンガの街並み、そして水晶玉の中心に、中性的な顔立ちの、いかにも王子様と言いたげな顔をした青年が映る。

 正直、第一印象は。


 「何じゃ、顔か……」


 とあまり良いものではなかった。

 正直よくある話じゃ、顔が良いから、後は適当に名目をつけて、国の士気や名声を一時的に高める。

 じゃが、その様な事をして、ハリボテである事がバレて、結果以前より士気が下がり、名声も落ちるというのオチばかり、正直この手の物語は何度も見て見飽きてしまった故、儂は水晶玉の映像を終わらせようとした、その時。


 「ん? 誰か見ているのかな?」


 そう言って王子は、映像を映しておる方向を眺めておる。

 いや、偶然じゃろう、偶然が重なっただけで……。

 そう思った儂は、映像を切った。


 じゃが、次の日になり、やっぱり気になる儂は、水晶玉で覗く、すると周りに酒場の風景、そして。


 「ん? また気配がする」

 「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 今度は映像を映した瞬間に、王子がこっちを振り向くもんじゃから、儂は驚いてつい声を上げる。

 じゃが、落ち着いて見て見ると、どうやら魔力を探知はしている様じゃが、それが何かは理解していない様子。

 結局こちらを見てはキョロキョロ周りを見渡す様子を見るを繰り返しておる。

 じゃが……。


 「普通、儂の魔力など察するものはおらぬのじゃが、魔力探知能力をもっているのではないか?」


 儂は王子のそんな隠れた能力に興味を抱いた。

 理由は、魔力探知能力がある者は、大抵大物になるからのう。

 歴史を振り返れば、フレアグルド王国史で最強と言われるムラグ大将軍、ラーグブルク帝国を打破するために戦う革命家と言われた、カオル・ハナミズキもそうじゃ。


 そんな彼らは、そろって何かを感じ取る力に優れておる。

 例えば、カオル・ハナミズキは戦いにおける危険を感知する力。

 例を上げれば、帝国元帥ラズカーンの伏兵配置を「カンだけど、待ち伏せされているから、攻めないほうがいい!」と反乱軍の作戦会議で叫んだカオルの発言はそれを印象づける。

 そして、ムラグ大将軍は敵の殺気を感じ取る力。

 目をつぶっていても、攻撃を避けれたと言われておった。


 そんな彼らじゃが、揃って短命で終わっておる。

 死因は一つ、人間の妬みや恐怖、つまり負の感情。

 カオルは妬んだ同僚たちが流した裏切り者というデマによって。

 そしてムラグ大将軍は、その強すぎる力を恐れた国王によって。


 故に気になったのだ、その様な運命を背負った王子がどの様な運命を辿るのかを……。


 そこから、儂の王子ウォッチの生活が始まったのじゃ。

 

 〈……ねぇ……ねぇ……〉


 …………。


 「……ねぇってば! 話聞きなさいよ根暗魔女!」

 「やかましいわ、痴女ゴン! ここからがいい所なのじゃから!」

 「ここからがいい所って、たたの覗きよね! と言うか、ただのストーカー日記よね!」

 「ストーカー日記と言うでない! あれは王子の監視活動、そしてその上でのコミュニケーションであって……」

 「アンタ、どう綺麗に言葉を並べようがアンタはストーカーよストーカー! それに、今言ったわね監視活動って! ママが昔言ってたわ、監視する奴はヤンデレって! アンタ、アタシを痴女ゴンって罵ってたけど、アンタはヤンデレじゃない! 今日からアンタは陰険魔女ヤンデーレよ!」

 「ええいうるさい痴女ゴン! 好きな人を覗いて何が悪い!」

 「アンタ、開き直って正当化されると思ってるの!?」

 「ええい、貴様なぞ! 開け時空よ、この失礼な痴女に氷塊を落としたまえ!」


 そして、痴女ゴンどの戦いが勃発するかと思われたその時。


 「お二人とも! 夜遅くに喧嘩して……アレ、寝てる?」

 「「グーーーッ!」」

 「聞き間違いか……、考えすぎで、最近疲れているのか、僕は……」


 突如開けられたドアとともに王子が姿を現わすが、儂らは一瞬で布団に仲良く眠ったふりをし、事なきを得た。

 あと王子よ、ミュードラがここにいる事に疑問に思うべきじゃろ……。


 「……行ったわね」

 「あぁ行ったな……、とりあえず話を聞け、ストーカー日記で無いことを証明になるからのう……」

 「分かったわよ……、でも嘘だったら殴るわよ……」


 そして、ヒソヒソ声で話は再開される。


 …………。


 こうして始まった、水晶玉による観察。

 初めはキョロキョロするだけだった王子じゃが、ある日のこと。

 いつも通り、水晶玉に王子の姿を映し、観察をし始めた時。


 「あ、来たかな? おーい!」


 なんと、寝室にいる王子が儂に向けて手を振っているではないか!

 儂はその様子に。


 (もしやこっちの姿が見えるのか!?)


 などと不安になり冷や汗を流したが。


 「えーっと私は、アルライン・フォン・アルセイユです。 アルセイユ王国の王子をしていまして……、えーっと、私は何を話そうかな、ははは、困りましたね、妖精さん」


 どうやら、妖精か何かに覗かれていると思ったらしい。

 じゃが、不思議と笑顔で語りかける王子を見ていると、自然と笑みが溢れていた。


 それからじゃよ、毎日寝る前に王子を覗く習慣がついたのは。

 そして、向こうも毎回似たタイミングで水晶玉を除いていたせいか、そのうちこちらが覗く前にベッドに座って、こちらを見ておる様になってのう。


 初めは他愛もない。

 「今日は兵士達と一緒に鍛錬を行った」

 とか。

 「父上と母上が喧嘩して、父上が逃げ回った」

 とかそんな感じの話じゃった。

 じゃが、それがそのうち。

 「私は男だけど、友達から女装が似合うと言われてね。 少し嬉しい様な、とても悲しい様な……」

 「数年前、私と共に剣の修行をした、同門の友人が戦死した。 私は何か出来なかったのだろうか?」

 といった自身の交友関係の話から。

 「私は王子として市民の役に立てているか、たまに不安になる」

 「私は困っている人を助けたい、支えたいと思っているが、本当に助けられているだろうか?」

 といった自身に対する不安や、自身の弱々しさを吐露する様になっておった。

 そんな姿を見ているうちに儂は、この危なっかしく折れそうな優しい刃を支えたくなってしまっていた。


 そして、そのうち儂は王子が寝静まった後、時空魔法でメッセージを送る様になっていた。

 最初は「自分が何のためにいるだろうか?」だったじゃろうか?

 その時は確か。

 「自分のいる理由は、誰かに頼らず自分で手にしなさい。 友のため、自分の信念の為、自分が価値を感じているものの為に……」

 そう送った気がする。


 そしてそこから、儂が手紙を送るたび、王子は素敵な笑顔で毎回感謝の言葉を口にした。

 その頃になると、儂は王子が可愛くて可愛くてしょうがなかった。

 優しく、純粋で、正義感が溢れて……。

 だけど、時に不安を抱き、時に自分を疑う。

 まるで生まれたての馬を見ているかの様な愛らしさを感じていたのだと思う。


 じゃが、三ヶ月前のある日を境に全く反応しなくなった。

 いや、どちらかと言えば避けている、そんな感じじゃった。

 気づいてはいるが反応しない。

 手紙は触った形跡はあるが、封を切り、読んだ形跡はない。


 「一体どうしたのじゃろうか? 心配じゃのう……」


 当時儂は大変心配した。

 何か困った出来事があったのか?

 何か言いにくい事でもあるのか?

 何か不安な事があるのか?

 そう考えると居ても立っても居られず、儂は原因究明に努めた。

 それは、数日を何百倍の長さにする、つまり数日を何百回と繰り返し、王子やその近辺を徹底的に調査する気の長い作業だった。

 そして遂に原因が分かる、それは実に優しく一生懸命な王子らしい原因が分かった。


 それは、儂が部屋まで行き、部屋中を調べまわったとある夜の事。

 彼が口にした寝言のおかげじゃった。


 「いつまでも妖精さんに頼っていたらダメなんです……、いつまでも頼っていたら、妖精さんの人生の時間を奪うことになるから……、だから、だから……」


 これを枕元で聞いた時、儂はふふっと笑いが溢れ。


 ( この未熟な正義は一生懸命一人で立とうとしているのか? 全くこの王子は……、しゃが寝言で本音を口にしてしまうとは、ふふ、可愛らしいのう……)


 そう王子の寝顔を見つつ、儂はそう思った。


 …………。


 「それから儂は、手紙も出さず、静かに見守りつつ……、どうしたのじゃお主? 泣きそうな顔して?」


 話し終え、ふとミュードラを見ると何故かグスグス泣いておる。

 目にゴミでも入ったのじゃろうか?


 「おい、どうしたミュードラ? 泣いていても分からぬぞ。 おい、どうした?」

 「うっうっ、だって〈影にされた王女様〉って物語あるじゃない? 呪いで影にされても王子を支え守り続けたって……、それの影の王女みたいだなぁってさ……」

 「言われてみれば……、ちなみに儂、あの物語、大好きじゃぞ!」


 その言葉が余程嬉しかったのじゃろう。

 先程までの泣き顔はどこに行ったのやら、目を輝かせとっても嬉しそうな表情へと変わり、興奮しているのか、隠していたであろう尻尾が露わになり、それをブンブン左右に振っておる。


 「え、ホント! あの作品良いよね〜、アタシあの物語大好き! と言うか、あの作品が好きって人に初めてあったからアタシとっても嬉しい!」

 「何!? お主、よく分かっておるのう、あれは恋する王女が叶わぬ恋と分かりながら、一生懸命王子を支える乙女の健気さが表現されていてな……」

 「あ、分かるわ、それ! それでさ、最後の最後で……」


 …………。


 「わっはっはっは、ミュー、儂は嬉しい! ここまで話が分かる者も見たことがない!」

 「アタシもよ、イルイル! ごめんなさいね、先走って王子を襲おうとしたりして……」

 「いやいや、それは儂の方もじゃよ、次からは一緒に……じゃな」

 「うん、分かったわ!」

 「それと、お主は自然な喋り方の方が良いぞ! 元気で実に可愛らしいからのう」

 「へ? えへへ、そうかな〜」

 「まぁ無理にとは言わぬがな、ただ言われるだけでなく、自分で物事は考えてみるべきじゃよ」

 「そうなの? ん〜やってみる!」


 儂らは長く語り合い、今や互いにあだ名で呼び合う程の仲になっていた。

 気づけばミュードラの瞳は大きく見開き、口は笑みを浮かべ、純粋な乙女の顔立ちに姿を変わっておる。

 あぁ、此奴はこんなに素敵な笑顔を奴じゃっんじゃなぁ……。

 

 「おはようございます魔女様、おや? お二人とも仲良くなったのですね、僕は嬉しいです」


 そう思っていたところ、ガチャっと扉が開き、開いた扉の向こうから王子の笑顔が儂らに向けられる、あぁ良い朝じゃ……。


 「さぁお二人とも、仲良くなったところで、朝の食事が用意できてますから、はやく食堂へいらっしゃって下さいね!」


 そう言って立ち去っていく王子。

 そして儂らは。


 「……何か急に眠くなってきたのう……」

 「……イルイル、アタシも……」

 「このまま寝ても、王子がまた起こしに来て、朝は起きて活動が何とか言われそうじゃし、昨日に戻って寝る事を提案するが、どうかのう、ミューよ?……」

 「賛成……」


 そして儂らは夜中へと戻り、改めて熟睡するのだった。

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