物語は始まる

 「振り返ればあの時やれたかも?」

 「何故、あの時やらなかったのだろうと思ってる!」

 「できるものなら過去に戻り、成功を手にしたい!」


 これは時の魔女と呼ばれる儂の住む木のボロ小屋に「過去に戻りたい」との願いを持った多くの人間からウンザリするほど聞かされた言葉だ。


 じゃが、儂も不老不死で暇である故、価値があるかもしれぬと話を聞くが「あの時、穀物を買っていれば」やら「あの時、襲っていれば、あの女を俺のものに」等と欲に駆られた愚か者ばかり。

 愚者が愚者で終わる物語など短くつまらぬ、それに見飽きている。

 故に、毎回過去へ飛ばすフリをして、儂も知らない未知の大地まで転送している。

 しかし400年、400年経っても面白き物語の主人公に出会えぬのは、何とも寂しい……。

 少しは訪ねて来る人間の中に、面白みがあったり、からかい甲斐がある人間がいてもいいものだが……。


 「失礼!」

 「あ……」


 突如バタンと開けられる扉。

 そして、目の前に現れる長髪黒髪の美青年。

 やや中性的な顔立ちだが、いずれ王子になると主張する美しく整った顔立ち。

 そして、程よく閉まった細マッチョな筋肉に、青と白を基調とした王族の服を纏っている。


 儂はそんな童の事を知っている。

 知っているが、顔を合わせた事があるという訳でない。

 それは勿論! 去年から毎日、水晶玉でこの美青年を覗き見て……オッホン!


 ただ、この美青年の右目の下に描かれた龍の紋章、それがこの少年自身の正体を語っているからだ。


 「僕はアルライン・フォン・アルセイユ。 アルセイユ王国の……」

 「通称、龍の王子様、その頰にある龍の紋章を見れば嫌でも分かるわ」


 龍の王子と言えば、顔良し、性格良し、経済力良しでカリスマ性にも優れた人物。

 まぁ、ちょっと真面目なのが玉にキズで、他にもいくつか……まぁよい。

 また、気づいているものは少ないが、魔力探知能力という希少な力も持ち合わせておる。

 そして当然、女性からの人気も高く、儂はそんな連中よりも大好きで……オッホン!


 しかし、その様な人物が訪ねて来るとは。

 ふふ、一体儂になにを望むのやら……。

 ふふ、ふふふふふ……。


 「して、儂に何の様じゃ?」

 「僕は過去へ飛びたいのです……。 そして確認したいのです! 自分の行いは正しかったのだろうか? 王国の行いが正義だったのかを!」


 その美しさ瞳で儂を見つめつつ、そう口にする王子。

 何じゃ……「とっても強くてクールで美しい魔女様、僕と結婚してください!」とか「その長い黒髪、凍る様な鋭い目、スタイル抜群のボディ、全てに惚れました!」とか言うのを期待しておっ……オッホン!


 過去へ行きたい?

 そして、自分の行いや王国の行いは正しかったのか?

 それは一体なぜ?


 「王子よ、一体何故そう思ったのか、訳を聞かせてくれぬか?」


 儂のその言葉に、王子は一つ小さなため息を吐くと、儂の目を見つめながら口を開く。


 「実は、近年打倒王国を掲げる市民達がレジスタンスを立ち上げたらしく、それも支持を受けて年々強大に……。 私も王子故に、国の安泰の為という名目で、山に隠れているというレジスタンスの討伐の命令を受けたのですが、どうも市民を相手にするのは……。 父であるアルセイユ王にも相談したのですが『大丈夫……』と顔を俯いてそうしか言わず……。 最近の父は何かおかしいと言うか……」

 「つまり何か? 市民がレジスタンスを立ち上げたのは、国王が何か影でよからぬ事をしているのではないか? そう疑っておる訳じゃな?」


 すると、気まずそうな顔を浮かべ、首をコクリと上下に動かす。

 なるほど、ここまで市民の動きをも気にかける、今時の王子にしては珍しい人物じゃな。


 「なるほど、主の気持ちはよく分かった、じゃが……」

 「……一体なんでしょうか?」

 「過去へ行く為、主は儂に、対価として何を渡す?」


 儂もボランティアではない、故に貰うものは貰う……。

 っと言うのは建前で、ホンネは「では、僕の心を……」っとうまい具合に言ってもらい、そして儂は王子の恋人に……。


 じゃが、この言葉が王子を戸惑わせてしまった。

 手で口を隠す姿で考え出し、なかなか答えが出ない様子。

 時折王子の口から「金銀財宝が良いのだろうか?」やら「私の命を渡せと言っているのだろうか?」と呟きが聞こえる辺り……、待て、命という事は、王子が死んでしまうのではないか!?

 それは儂も望まぬし、下手をすれば王子大好きな女共から「王子殺し」とでも言われて、追いかけ回されるハメになりそうじゃし!


 「ま、待て! 流石に命は要らぬからな! そんなマネしたら許さんからな!」

 「え!? それは一体!?」


 そして、気づいた時には、儂は無意識にそう口にしていた。

 む、つい感情的になり、そう口にしてしまったが、さてどう言い訳したものか……、む!そうじゃ!


 「如何なる時も、命を無駄にする様な者に大事は成せぬ! つまり、お主はまだまだ若いという事じゃ!」


 決まった〜!

 気にくわない奴を地獄送りにしてきた私がいうのもなんだけど、決まった〜儂!

 これで、儂にときめいてくれれば、素敵な王子様との恋愛が始まるかも……。


 「魔女様、私の認識不足でした。 自身の命すら軽んじる者に民を守れるはずがありませんよね……。 この上は、自らの力で事に当たる次第で……」

 「待てーい!」

 「へ?」


 うむ、とっさに呼び止めたものの、一体どうしたものか、儂!

 どう誤魔化す、儂!

 上手くやらぬと、今までのクールな魔女のイメージが台無しになってしまう。

 ええい、こうなれば力技じゃ!


 「ま、待てぃ! お主の認識が変わったのなら、それで良し! うむ、心構えも良いな! 気に入った、素晴らしい!」


 儂は右手を伸ばし王子を止めるポーズをとり、そう口にするが。


 「お心遣い、感謝します魔女様。 しかし、私は自分の未熟さを知ったのです。 これをしっかり改めずして、何が王子でしょうか?」

 「う、うむ、確かにそうじゃけど、それは後々改めても問題ないのじゃから、気にするでない! セーフ! セーフじゃ!」

 「いえ、なりません魔女様! 自分への甘さは自分をダメにします! なので……」


 ええい、儂はもういいって言っておるじゃろうに……。

 こうなったら……。


 「今日の儂、機嫌が良いし、報酬無しで頑張ってみるかのう〜。 もう、やる気全開で頑張ってみるかのう〜」


 どうじゃ!

 こちらはここまで譲歩したんじゃ、これはのってくる……、王子、なんじゃその呆れた顔は?


 「魔女様……。 とても必死に私を引き止めていませんか?」

 「ギク! な、ななななななななな何の事じゃ? 儂、そんな事しておらぬぞ!」

 「これは失礼、思い上がりも甚だしい発言でした! この上は、一刻も早く魔女様の視界から消え……」

 「ま、待って〜!」


 儂、今、大変な危機。

 もう、瞳が武者震いというか、もうパニックになり過ぎて、もう一点を見つめられておらぬし!

 と言うか、どうする、どうする儂!

 もう二度目のお手付き、また力技?

 それとも深良い話?

 うう……もう儂、どうしたら……。


 「ま、魔女様! 急に泣かれてどうされたのです! わ、私が何か粗相を……」

 「うう、泣いておらぬ! 泣いて、うう……おらぬぞ!」

 「な、泣いているじゃないですか! 明らかに目から雫が……」

 「泣いてない! 泣いてないったらないてないもん、儂!」

 「わ、分かりましたから、物を投げないで下さい!」


 …………。


 「…………」

 「…………」


 気まずい……、実に気まずい……。

 儂が冷静さを欠いたとはいえ、これは何とも……。

 そして、それは縮こまった様に椅子に座る王子も同じか……、やや下向きな視線が右往左往しておる。

 どうする、どうする儂……。


 「何だ? お見合いを始めたばかりのカップルか、貴様ら? あ、この男は我の物だ、貴様にはやらん、さぁ我が夫よ、いい加減に我との子を作ろうではないか?」

 「あ、あの〜ミュードラさん、抱きつかないで下さい……、当たってますから、ね?」


 何じゃ、この全裸に近い赤髪痴女娘は?

 む? 多数の尖った歯に、龍の鱗と人肌が混じり合った外見からするに、ドラゴンと人の間の子、もしくはドラゴンが人の姿を模した姿か?

 しかし、ノックもなくドアを開けるとは、礼儀知らずな奴じゃな。

 ただ、言葉に困っていた王子にとっては助け舟だったようじゃ。


 「え、えーっとこちらはミュードラさん、ここに来る途中、森の中で出会いまして、僕に協力してくれるとの事で……」


 そう言って、やや早口で自己紹介する。

 っがこのドラゴンは。


 「なぁ我が夫、このような根暗の力など必要ないだろう、我に身を委ねよ、さぁ……」


 っと不愉快な言葉を口にする。

 何じゃ此奴、無性に腹が立つんじゃが……。

 まぁ、そうくるなら儂も……


 「何じゃ貴様……。 偉そうな態度を示したいなら、そのおとなしい胸を服で隠してからするがいい……」

 「何だ、我の胸がいかんのか? 我が胸は平野の様に控えめでもなく、貴様の様に牛の乳でも無い。 強さと母性を備えた素晴らしきものだ!」

 「何が強さと母性じゃ! ドラゴンなんぞ、大概考えなしの暴れん坊で、強い者に肉体を捧げるクソビッチばかりじゃろうが!」

 「貴様、陰湿根暗と名高い魔女の癖に、ドラゴンである我を侮辱するか!?」

 「誰が根暗じゃ、クソビッチ!」

 「我と戦うか、陰湿根暗種族!」


 ええい、このビッチドラゴンめ、もう許しては置けぬ!

 ……何じゃ、ビッチドラゴンも殺る気満々ではないか……。

 ふふ、なぁに、軽く殺すだけじゃ、軽く……。

 そして儂は、術を唱えるため構え、ドラゴンは大きく息を吸い、火炎を吐こうとしている様だ。

 そして、互いの動きがピタリと止まった時。


 「「死ねぇぇぇぇぇぇ!」」

 「二人ともストーップ! ストップです、二人とも!」


 間一髪のところで、王子の声、それにより互いの攻撃を中止する。


 「ま、まぁまぁお二人とも……、喧嘩はいけません、ね?」


 うんそうじゃ、喧嘩はいかん、故に。


 「うむ、その通りじゃな! 故にビッチドラゴン、貴様が悪い」

 「全く陰湿根暗なだけあって、相手に責任を押し付けるのはお得意と見えるな、その愚かさ、我は初めて見た」

 「トカゲの丸焼きと、刺身。 どちらが好みじゃ?……」

 「そちらこそ、牛舎送りと豚箱送り、我自らが好きな所へ運んでやるぞ……」

 「だから二人ともダメですって、喧嘩しては……」

 「「だって……」」

 「だってではないですからね、お願いですから喧嘩はやめて下さい!」


 ち、ビッチドラゴンのせいで叱られてしまったわ……。


 「すいません、魔女様。 話は脱線しましたが、お力添えをお願いしてもいいのでしょうか……?」


 む、これはなんやかんやで良い流れではないか?

 ふふ、ここは素直に仲間になろう!うむ、そうしよう。

 まぁその〜、ちょっと恥ずかしさはあるが……。


 「我が夫よ、こんな根暗の貧弱な力を借りる必要はない!」

 「うわ! いきなり抱きついて何ですか!?」

 「なぁに、我が害虫を滅ぼした後、我らの子をどんどん作ればいい、今からでも作るのは大歓迎だ! さぁ作ろう、作ろうか、はぁ〜〜〜」

 「ミュードラさん、顔が近い! あと、甘い息を私に吐きかけないで! 頰を舐めないで!」


 せ、せっかく儂がいい感じに言おうとしたのに……。

 許さん、許さんぞ、発情クソビッチドラゴンめ!

 儂の力を貧弱と口にしおって……。

 さらに儂の家で王子を押し倒し、あまつさえ発情しおって……許さん!

 儂は右手を素早くクソビッチに向け、風の刃を飛ばす〈ソニックウイング〉を発動する。

 しかし、クソビッチといえどドラゴン、儂の攻撃が背中に直撃したのにピンピンしておる。


 「背後からの攻撃とは実に陰湿根暗な魔女らしい……」

 「目の前で発情しておったからな、躾じゃよ躾……、それに盛りきった獣と二人旅をさせるのも、見過ごせぬからのう……躾ける者がいるじゃろう? 儂は意地でもついていくぞ! そして、事の最後まで見届けてやるわ!」

 「本当ですか魔女様!? ありがとう、ありがとうございます魔女様!」

 「「え!?」」


 大きな声で喜びを高らかに表現する王子。

 そして、それ以上に驚いた間抜け面を晒すビッチドラゴン。

 まぁ儂もタイミング的に驚いたが……。

 じゃが、ここで痴女ゴン、全く醜い事に、儂に対する誹謗中傷を口にし出す。

 

 「わ、我は反対だ! 陰湿根暗な魔女だから、きっと発情する薬を盛って、足跡事実を……」

 「儂の様な清純派と、貴様の様なクソビッチドラゴンを一緒にするな! 貴様こそ、甘い息で王子を発情させて、足跡事実を作る気じゃろう! この痴女ゴンめ!」

 「わっはっはっは! 語るに落ちるとはこの事! 清純派が陰湿根暗な魔女になるものか! どうせ、水晶玉からイケメンを覗くムッツリスケベだろう! 貴様の本性は!」

 「頭が足りないドラゴンらしい言い草じゃな! 証拠ないのに、そう言って正当化させたがる、実に愚かな思考じゃ!」

 「お二人とも!」


 顔を近づけ殺し合い間近になった儂らは、王子からそこそこ長い説教をされてしまった。

 ええい、忌々しいクソビッチめ……。

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