第5話
空が朝焼けに染まる頃、ヘリから降りた紅はグッと体を伸ばし、背筋を正してコツコツと靴を鳴らしながら、ヘリポートから少し離れた大きな建物へと歩き出した。
建物の前にある門をくぐると、守衛の老人から声をかけられる。
「コウ様、お帰りなさい」
「おはよう、じぃ様」
この守衛とはもう5年ほどの付き合いとなる。紅は笑顔で軽く敬礼してから、建物へと向かう。
建物の前には、2人の警備員が立っており、紅の姿を見つけるとビシッと敬礼をした。
「巫女様!お疲れ様です!」
お疲れ様とその2人に軽く敬礼を返し、『国防軍関東支部』と重厚な石の看板が掲げられた、建物の中へ入っていく。
中央の広く長い廊下を歩き、一番奥へと進んでいく。
突き当りを左に曲がると、『巫女専用エリア』と書かれた看板の脇に、また2人の警備員が立っており、巫女と6人の世話係以外を通さないように見張っている。
「お帰りなさいませ!赤の巫女様!」
敬礼する2人の警備員に、またお疲れ様と軽く敬礼を返し、専用エリアへと入っていく。
専用エリアと言いつつも、そこはわずかなスペースで、奥は行き止まりとなっている。
紅はその行き止まりの壁の前に立つと、胸元から細長い長方形のペンダントを取り出した。
壁には注意して見ないと気付かない、小さな四角の穴が空いている。紅はその穴にペンダントを差し込んだ。
カチンと小さな音がして、ゴウンと壁が開く。出てきたパネルに、紅は自分の手を置き、奥のカメラを真っすぐに見つめる。
『虹彩認証及び、指紋認証完了……。赤の巫女様お帰りなさいませ』
ロボットのような無機質な声と共に、紅の右側の壁が開く。中はガラス張りのエレベーターになっており、紅はその扉の中に入ると、『B3』と書かれたボタンを押した。
扉が閉まり、エレベーターが静かに降下していく。B1階、B2階を通り過ごすと、ふいに目の前が真っ白になる。
真っ白な大理石で造られた、大きく、天井の高い広間。通称「巫女の間」
広間の真ん中には円形の泉があり、その中央には
エレベーターが止まり、入り口とは反対の扉が開くと、ムワリと暖かい空気が流れ込んできた。
紅は真っ直ぐに歩き、泉の前で片膝を立てる。
「ただいま戻りました。姫巫女様」
中央の台座の簾の奥で人影が動く。
「お勤めご苦労様でした、紅様」
簾の中から、鈴の振るような、少し幼い声が届く。
「またお怪我をなさって……。神水で治るとはいえ、あまり無茶はしないで下さいませ」
「……すまない」
『神水』とは、姫巫女の力で創られた、どんな怪我でも治る水。骨折や見えない体内の怪我ですら直してしまう。
但し、病気には効果がない。死んだ者を生き返らせる事も出来ない。そして、傷跡を残して泉からあがり、5分以上経過すると、その傷跡は消えなくなってしまう。
紅は立ち上がると、泉の中へ手すりが続いている場所まで向かう。泉には手すりの付いている箇所が4つあり、全て均等に並んでいる。
「巫女様、こちらを」
世話係の女性が二つの籠を、紅の足元へと置いた。
「ありがとう」
そう言って、紅はボロボロになった軍服を脱ぎ、何も入っていない方の籠へ入れる。
もう一つの籠には、絹で織られたバスローブのような薄くて白いローブが入っていた。
下着まで脱ぎ、裸になった紅はローブを取り出し、身に着ける。そして手すりを掴み、水の中へと入っていった。
泉の水温は35℃から36℃に保たれており、長い間浸かっていても湯あたりしないようになっている。
紅は肩まで水に浸かると、泉の縁に頭をあずけてフウと一息ついた。濡れた袖を顔の傷につけて目を閉じる。
「なぁ姫様……今、タイムリープは何回目だっけ」
「33回目ですわ」
「そうか……」
「なんだか複雑そうな顔をしてらっしゃいますね」
簾の中から姫巫女が話しかける。紅はふっと目を開けた。
「……昨日の出撃の前、蒼にそっくりな子を見つけた。髪型は若干違っていて、青龍の気も感じなかったが」
「蒼様と言うと、あの青の巫女様ですね?」
「そう。だが、私を見ても驚かなかったし、まるで知らない人を見ているような感じだった」
「他人の空似と言う事でしょうか」
「よくわからないが……彼女は国防軍事養成学校に入学するようで、鈴蘭寮へ行く途中だったらしく、荷物を持っていた」
「そうですか……」
そう言うと、姫巫女は暫し考えるように口を閉ざした。
そろそろ顔の傷は消えただろうと、紅は手で傷口付近を撫でる。足の傷もふさがり、あとは腹の傷がふさがるのを待つだけだ。
「良い事を思いつきましたわ!」
黙り込んでいた姫巫女が明るい声をあげた。
「良い事……?」
「そうです!紅様も学校へ行けばよろしいのでは?」
「……え?」
「紅様はずっと戦ってばかりで、青春の一つも無いでしょう?学校へ行けばお友達も出来るでしょうし、改めて授業を受けてみれば、色々と得られる物もあるでしょう。そして青の巫女様の確認も出来る、良いプランだと思いますよ」
「いやいやいや……それは無理だろう。私はほぼ毎日出撃しているし、戦いが本分だから、上も納得しないだろう。本来寝てる時間を学校に充てるなどそんな無茶は出来ないと思うのだが」
「そうですか……残念です。恋の一つでも出来るかと思ったのですが……」
「いや、それが一番無理でしょうよ……」
腹の傷がふさがり、紅はザバッと立ち上がる。
「紅様!また傷跡を残すのですか?!女の子なのですから、ちゃんと傷跡も治さねば……」
「いいんだ。この傷跡達は私が戦ってきた勲章のようなものだし、服を着れば傷跡も見えないから大丈夫だ」
女の子なのに……とブツブツ呟いている姫巫女をよそに、紅は泉からあがると、用意されていたタオルで体を拭いた。そして同じく用意されたパイル生地のバスローブに身を包み、姫巫女に一礼する。
「それでは姫様、おやすみなさい」
「おやすみなさい、紅様」
エレベーターのB2階のボタンを押し、扉が閉まる。
B2階は巫女専用の生活区域となっており、B1階は巫女に仕える者達のフロアとなっている。
ポンと軽快な音がして、B2階の扉が開いた。スタスタと廊下を歩き、自分の部屋へと帰っていく。
ボスンと頭から柔らかなベットに倒れこむと、再び長い溜息をついた。
「学校……か」
戦いのエキスパートが改めて学校へなどと無理に決まっている。巫女の一人が欠けている状況で、自分が出撃するしかない。特に満月と新月はナイトメアが狂暴化しやすい。その中で、学校に行って眠る時間が無いから出撃出来ませんなどとなれば、本末転倒だ。
「うーん……やっぱり無理だな」
そう呟くと、もぞもぞとベットに入りこみ目を伏せた。
この時間遡行に終止符を 968 @968_kurohachi
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