夏と幽霊と青年A 透けても透けなくても悩みはあるよね

ほんのり雪達磨

ノルマって嫌な言葉



 ――――それは、蒸し暑い夏の出来事だった。



 思えば、朝から嫌な予感というか、悪寒というか、そういう類のものをどこかで感じ取っていたのかもしれない。


 自分自身に第六感なんてものはないと思って居のだけれど、確かに事は起こったのだから、知らなかった、気付いてなかったというだけの話なのだろう。


 そう、俺は、幽霊と出会った。出会ったなう。


「……はぁー」


 ものごっつい溜息を吐いていらっしゃる、幽霊と出会ったのだ。出会っちゃった。


 どうしようこれ。どうしたらいいの? 半透明の、たぶんこれ幽霊でしょどうしたらいいの? 混乱するしかなかった。


 リアクション? リアクションを取ればいいの? 『うわあああああ!』ってやればいい? 満足してくれる? 驚き一本で満足してくれる?


 いや無理だよ。だってすげぇ座り込んで、力なく溜息つかれて、それ見て驚けって難しくない? 多分幽霊だから力ないのは当たり前かははは! 笑えない。


 どうしよう。『大丈夫ですか?』って話しかける? いや半透明な時点で大丈夫じゃないだろ。半透明で大丈夫ってどういう状況? 体が軽い! とかいうポジティブな状況じゃないのは確かだと思うよ俺は。


 それに、大丈夫じゃない人に大丈夫と問いかけてはならないと小耳にはさんだことがあるぞ俺は。


 『センスいいすね!』とかまず褒める作戦で行く? いや褒めてどうする。だいたい何のセンスだ、存在か。服装とか? 存在のセンスがいいってなに? いやぁーその透け感が夏らしくていいっすね? おい、人間に透けていい時期なんてない。


 服装にしても、なんでかリクルートスーツみたいに見えるの着てるんだけど、くたびれた感じの。あ、生前のとか、そういう?


 じ、地雷かな?


 幽霊に服装をあれこれいうのはよくないな! 俺は確信に至った!


 あ、戸惑っている間に目が合った。


 見てる。超見ていらっしゃる。俺のこと見えてんだろ的な視線ですかわかりません。


 あ、会釈されたからついし返しちゃったよ。なおさらみられる。ですよねー。見ますよねー。


 超注目されてる。小学生のころに、授業参観で元気よく手を挙げた後答え間違った時並みに凝視されている。


 人気か。モテ期かな? 幽霊にもててるってそれ憑依狙われてるとかじゃない? 憑りつかれてる予備軍じゃないの? 憑りかれ予備軍ってなんだよ。


「こんばんは」


「こ、こんばんは」


 普通!


 存在が普通じゃない存在から普通に挨拶された! まるで見ながら挨拶しなかった俺が非常識であるかのように!


 あ、どもっすみたいな軽い感じで挨拶。え、え。俺がおかしいの? いつの間にかこの国は幽霊を見れば挨拶をするのが常識に変わったの? 変わってしまったの貴方は……って幽霊見える時点で非常識だと思うです俺は。


「な、なにかお悩みですか?」


 しいていえば透けていることがお悩みですよね、本当にすみませんでしたぁ! なかったことに、なかったことに!


 なんか沈黙が辛いからって何をいってるんですかねぇ俺はぁ!


「就職活動に失敗して」


「就職活動」


 生前の話かな?


 なんともいえない……


「お前のような新米の幽霊に、廃墟で録音機材だけに声を届ける仕事は早すぎるって苦笑されて……見た目どっちも同じようなもんだろうが幽霊的にって思ったんですけどね……」


 透けてからの話だこれぇ!


 え? 仕事? 仕事でやってるのあれ。廃墟で肝試しにいっちゃって、録音とかして何かもちかえったりしちゃうやんちゃすぎるやつの結末とかで聞こえるオチ、とかのあれとかですよね。え? あれで給料? とか発生してるんすか? 衝撃過ぎるんですけど。ある意味。というか何に使うの? 使えるの給料。疑問だらけで超困る。


 ていうかはっきり幽霊が自分のこと幽霊っていうのやめてもらっていいすか。反応に困るので……困るので……


「次はホラーな話をしているときに寒気を感じるように、霊的な空気を出す空調系の仕事に面接いったんですけど……それも」


 え、あれもお仕事で。


 あと空調系ってなに? ジャンル? 多岐にわたるの?


「あとタクシーを止めて無駄足踏ませてそこそこでビビらせた後帰ってもらうパートタイムの仕事もダメで……あれ女性のニーズのほうが高いらしくて、俺はいらないっていわれて……」


 やだなんか世知辛い。


 あれパートタイマーがやってるんだ……いろいろ人とか服装とかタイミングが違うのってそういう? 知りたくなかった……なんか知りたくなかった……


 そもそも幽霊になってからも就職難に苦労するの? いやだわぁ……


「はぁ……もう自身がなくなっちゃって、空でも飛びたい気分なんですよ……なんて」


 いやいやいやいや。


 君もう透けてますよ! 幽霊でしょ! 飛べるんじゃないんですかぁ! って突っ込み入れなきゃダメなとこですか? 無理いわないで、ちらちらみないで本気で。


 つっこみもしないのかやれやれみたいな顔もしないで、なんか傷つく。空気読めない奴みたいで傷つくから。


 気に入らないつっこみなんて入れたらそれはそれで怒るきでしょ! お、おれはくわしいんだ……


「でも、このまま何も成果がないってわけにもいかなくて、次のところに行こうと思ったんですけど……」


「ですけど?」


「迷って……」


 人生に迷った感もあります的な? もう帰りたい。おうち帰りたい。


「ええと、どこの辺とかわかりません? 俺一応この辺地元なので、いや、俺にいけるようなところかどうかはさだかじゃないですけど……」


 幽霊と人間的な意味で……


「あー、本当ですか? そりゃありがたいですねぇ。じゃあお願いしてもいいですか?」


 さっさと説明するなりして帰ろう。それがいいと思う。そして夢だと忘れるのがいい。


 案内するために少し近づいて問いかける。って近くから見たら余計透けて見えるな……


「なんていうところですか?」


「地獄っていうんですよ」


 その瞬間、俺は足元から滑り落ちるような感覚がして――


「あー良かった、ノルマ達成できて」


 そんな声が最後に聞こえた。

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