Ⅰ 世界

 気が付いてまず最初に感じたのは体の芯まで冷えるような寒さだった。生まれも育ちも赤道に極めて近い島国だったため、寒さには慣れていない。

 だからこそここまで寒く感じるのかもしれないが、異常なまでの寒さであった。

 睫毛は凍り、吐く息は白く、息を吸えば喉が凍てつく。視界こそ今は開けているものの、いつ吹雪で視界がホワイトアウトするかもわからない。

 手足の感覚などとうになく、体を動かすことすらままならない。

 初めて味わう感覚ではない。それどころかごく最近体感したような気さえする。

 そう、死がそこまで来ているという感覚。前回のような一瞬で命を刈り取っていくような恐怖とは違い、じわじわと体を蝕んでいくような恐怖だという微妙な差異はあるものの、明確な『死』を前にした類の恐怖であることに違いはなかった。


 きっと夢を見ているのかもしれない。失われる精神世界で最後に見える幻影。走馬燈のようなものかもしれない。昔の思い出なんかが死ぬ間際にフラッシュバックするものを走馬燈というらしいが、振り返るものなど何もない俺の人生の走馬燈なんざこんなもんで十分だろう。

「…ゴホッ」

 咳をすると喉が破けて血が出た。白い雪の上に赤い液体が染み込んで雪を僅かに溶かす。それでもなお寒さの中でその紅は凍るのだろうか。

 あぁ…寒いのか暑いのかもわかんなくなってきた。遭難した死体というのは服を脱いでいたりすることが多いらしいが今みたいに脳がおかしくなると温度の感覚という物まで異常をきたしてしまうらしい。結果として暑さを感じるあまり服を脱ぎだしてしまうのだとか。

 もう、瞼もあかなくなってきた。一度瞼を下ろしたらきっと世界を見ることは二度とない。最後に、少しでも焼き付けておくといいかもな。

 どうせ真っ白過ぎて何も分かんねえけど。



「…大変!人が!」



 薄れゆく意識の中で女の子の声がしたような、していないような。

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Asterisk いある @iaku0000

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