ケータイ電話会社の“あの単語”が嫌い

飛鳥

本編

 彼女がマ●クブックを欲しいらしい。個人的にはap●leは好きにはなれないけれど、いまこそ何の役にも立たないPC知識を役立てる時だろう。僕は白い小さいやつを指さしながら丁重に進言する。

「…………スマートスピーカーほしくね」

「いらない。あんなもの何に使うのよ?」

 まったく興味なさげに切り捨てられる僕。彼女は12インチか13インチかの選定に忙しい。

「ねーねー、この安いやつと高いやつ。一体何が違うの?」

 正直、彼女の用途では安いやつで十分である。しかしながらなんとか付加価値を見出していいところを見せたいので、僕もそれなりに事前に情報収集してある。

「よく見てみ。画面が粗い」

「ええ? そうかなぁー」

 まじまじと画面を見比べる彼女。そのうちに「ああ!」と手を叩いて納得した。

 しかしながら、最近の大手企業はあこぎな商売をやっている。この価格。他人事であってもえげつない。当然、自社のPCは自社にしか作らせないように仕組みができあがっていて、一極集中のこの商売体制はもうしばらく続きそうだ。

 憂鬱になる。そういえばスマホも高かった。一体、どこまでこいつら電子機器の価格は高騰していくのだろう。

 分割払いってのも馬鹿な話だ。家や車を買う時くらいしか使わなかったローンという名の借金制度が、いまどきは電子機器にまで適用されてしまうのだから――。

「ねぇねぇ、そういえばイヤホン」

「む」

「選んできてよ、任せるから」

 彼女がついこの間紛失した、白イヤホンの代打。確かに必要だろう。でも。

「そんな無頓着でいいの」

「いいよ、適当で。キミのほうが詳しいでしょ。予算は二千円で」

「へいへい……」

 適当でいいらしい。確かに、二千円なんて音質を度外視せざるを得ないような価格帯だ。それなり程度に善処しよう。

「むーん」

 うだうだと、週末の電器屋を歩く。雑多の極み。商品もそうだが人が多い。子供は走る、泣き叫ぶ、親はもっとうるさい声で叫ぶ。

 そんな阿鼻叫喚の中でも、僕がもっとも苦手としているものがある。それが、アレだ。

「いらっしゃいませー」

 明るい挨拶。明るい笑み。親切な、揃いの明るい服を着た何者かたち。僕は、アレがかなり苦手だ。

「……人数、多すぎだろ」

 過剰なまでに配置された、家電量販店のスタッフ。目を合わせないように目的のイヤホンの棚に向かう。なるべく眉間にシワを寄せ、殺気はなしかけるなおーらをムンムン発しながら。

「どこだよ……」

 広い。遠い。はやくたどり着かないと。あいつらはエンカウントしたら本当に面倒だ。特に、携帯売り場にだけは死んでも捕まりたくない。なんて考えていたら、なんとかスマホケースコーナーにたどり着く。だいたい、スマホケースのそばにイヤホンがあるのだけれど――

「お、あったあった。」

 ちゃんとイヤホン売り場にたどり着くことができた。棚に挟まれた薄暗い区画。ここなら、話しかけられにくいだろう。じっくりと商品選びに没頭することができる。

「さて、イヤホンは――っと」

 落ち着いて商品選びできるかと思ったら、店員が何やら隅の方で商品をガサガサやっている。

「…………」

 微妙な距離感。なるべく意識しないように商品を選定していく。

「ククク」

 もちろんスマホで。価格帯から選出し、型番をすべてア○ゾンと価格○ムの検索欄に入力し、レビューを流し見る。クレームが相次いでいないか。想定している品質や用途からずれていないか。過剰に値札と通販価格が違う場合も要チェックだ。わざわざ店舗で高く買うなんてバカバカしい。しかしながら、妙に語気の強い酷評もあまり真に受けすぎるものではない。世の中には、怒りに任せてクレームを垂れ流すことが気持ちよくて仕方のないパワハラ野郎はいくらでもいる。真に受けず、掃いて捨ててやるのがもっとも有効だ。

「――――――む」

 ぴたりとハマる商品が一点。デザインはまぁまぁだが、レビューによると、海外ブランドの廉価品で、値段にそぐわず音質が突出しているらしい。

 ――よし、これでいこう。

 心の中で言葉にして商品を手に取る。あまり長く立ち止まっているのも危険だ。早々に彼女のもとへ戻ろう。

「いらっしゃいませー!」

「……………………はぁ」

 しかし、店員が多い。監視されているような気分になってくる。待ち構えているようなやつさえ時々いるので、すれ違わないルートを選んでパソコンコーナーに回帰する。そこで、面倒な光景が広がっていた。

「へー、それじゃこっちのほうがお得かも」

「そうなんですよ! ぜひぜひ、電話会社変えて新機種に乗り換えてみませんか」

「………………」

 一気に胸の中の気温が氷点下まで冷めた。我ながらどうかとは思うが、嫌いなものはしょうがない。マ○クを選んでいたはずの彼女のそばに、見覚えのない店員。”捕まって”しまったらしい。僕はすかさずずけずけと声をかける。

「どうかしたの?」

「あっねぇ聞いて聞いて。携帯ね、いまより料金安くなってしかも新機種に変えれるんだってさ!」

「ふーん」

 眼の前で、店員が笑ってる。実に計算された底の読めない、明るい笑顔。

「そうなんです! 今日明日までのキャンペーンをやってまして、いまなら“実質”千円料金が下がって、電話番号そのまま新機種に機種変していただけるんですよ!」

 出た。

 出たよファッキン。僕はこの世でその単語がもっとも大嫌いだ。

「どうして値段が下がるの? どういう計算?」

「はい! 基本料金だけでみるとこういう計算、そこに機種代が加算されるとこういう値段設定になるんですが、そこから、いまだけご契約の方に割引キャンペーンでぐっとお値段がさがるんです」

「何年契約で?」

「プランの方は、最低三年必須になります」

 長い。長いがしかし、紙面の注意書きを僕は見逃さない。ここが切り上げ時だ。

「でも、ついこの間スマホ変えたばっかりだからいらないね。そうだ、マ○クは決まった?」

「うん。決めたよ、12インチ」

「おっけー。ごめん、時間ないのでスマホはまた今度」

「PCのご購入ですね、いま担当のスタッフを呼んで参りますので」

 なかば強引に話を断ち切る。せっかく休日だってのに、いつまでも営業トークに付き合っていられるか。

 無事彼女のノートPCを購入し終え、店員包囲網をかいくぐって夕暮れの街角に出る。

「みてみて、箱までオサレ! いいね林檎! これ私のもの!?」

「そ、キミのものだよ」

 やたーと大喜びする彼女。転んで壊してしまわないことを切に祈る。

「………………」

 鳥が、頭上の電線を大挙して飛んでいく。小うるさい大合唱。待ちゆく人はまるで気にした風もなく、いちいち癇に障っている僕がヘンなんだろうか。

「ところでさ、二の倍数の最低三以上の数字って、何だと思う?」

「はい?」

「算数だよ。二の倍数、つまり偶数で三より大きな数字」

「あのー、大学生をバカにしてます? 四でっしょ!」

 その通り。変わらずご機嫌な彼女の背中をよそに、僕は暗く重く笑ってしまう。


「…………機種変更は二年ごと、プラン解約は三年目以降。”実質”が聞いて呆れるよね」


 不出来な算数。騙されているわけでもない。"しかないことだ”と説明されれば何となく納得してしまう。それが営業トークってものなんだろう。

「もう潮時なんじゃないの」

 ケラケラと暗く笑う。彼女も愛らしくご機嫌に笑っている。心底、僕は携帯電話会社の"あの単語”が大嫌いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ケータイ電話会社の“あの単語”が嫌い 飛鳥 @asuka5959

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ