第二章 5

 我々は、アンドロイドに仕事を奪われる。そして、あなたも。そう書かれたベニヤ板を角材に打ち付けて作られた古臭い様式のプラカードを掲げて、男たちは家族のために行進を始めた。武器になってしまいそうなものを用いるのは避けたかったが、彼らの表現方法に干渉するわけにはいかなかった。暴徒化することはないだろうと、ティモシーは確信していた。それに、建材を利用した無骨なプラカードは、じつによく目立つ。活用しない手はない。

 ニューヨーク市庁舎までの道のりの途中、ティモシーは幼い頃に見たデモの光景を回想していた。大衆に語りかける上で必要な所作を、ティモシーは子供の頃に見て学んでいた。彼が九歳の頃、近所に住んでいた路上生活者たちが陳情デモをしたことがあった。警察が、彼らに対する暴行事件を取り締まってくれなかったことに抗議し、是正してもらうために行われたデモだった。彼はその決起集会に、日頃から世話になっていたワイズじいさんと一緒に参加していたのだった。路上生活者の共同体で尊敬を集めていたワイズじいさんは、幼いティモシーに集会の内容を逐一解説してくれて、デモというものが何なのか、原因は何なのか、どのように振る舞えばいいのか、どのようにして問題に対処すればいいのかを教えてくれたのだった。ワイズじいさんはデモのリーダーの演説も解説してくれて、どのように話せば反感を持たれずに人々を奮い立たせることができるのかまで、事細かに教えてくれた。子供でも理解できるように、易しく、優しく。

 ワイズじいさんはデモの作法だけでなく、社会の仕組みや人付き合いのコツについても教えてくれた。ティモシーは彼の本名を知らないが、彼が持っていた知識の全てを知っている。今でも、彼の知恵に助けられることが度々ある。父親という単語を耳にしたとき、真っ先に浮かぶのはワイズじいさんの顔だ。ティモシーが獲得するはずだった美しい褐色の肌を淡くした実父の顔は、もう覚えていない。記憶しているのは、殺気に満ちた男の目と口の形だけだ。

 先頭を行くティモシーは、心の中でワイズじいさんに感謝した。デモ活動を順調に行えるのは、彼のおかげだ。彼はもういないが、彼の教えは今、反対派と共にある。怖いものなどない。強がりではなく、素直にそう思えた。反対派の一団は心も体も一つとなって、力強く歩みを進める。

 ニューヨーク市庁舎前まであと少しのところまで来たとき、一台の電磁浮遊カメラが、ぎこちない飛び方をしながら近づいてきた。恐らく、新人のテレビ局員が手動で操作し、他局を出し抜くために反対派の動きを撮影しに来ているのだろう。ティモシーは、背後にいる仲間たちに指示を出した。

「このカメラを動かしてる目敏めざとくて優秀なテレビ局員に、面白い画をプレゼントしてやろう。俺に続いて叫んでくれ!」

 反対派の面々は、用意したプラカードや拳を突き上げて叫び、すでに用意ができていることを発起人に伝えた。

「アンドロイドに人権を与えるな!」

「アンドロイドに職業選択の自由を与えるな!」

「これ以上、俺たちの仕事を奪うな!」

 分厚い叫び声が、街の空気を何度も揺らす。

 仲間の呼応を聞きながら、ティモシーは思案した。

 申し分ないな。市庁舎前にいる賛成派の耳にも届いただろう。いい流れを止めたくはない。少し冒険するか。

 ティモシーは電磁浮遊カメラに向かって手招きをして注意を引いてから、駆け足になった。この勢いを保ったまま、賛成派と対峙するためだ。反対派の一団と手動の電磁浮遊カメラが、ティモシーの後に続く。最後尾に位置していた同僚のエディーが走りながら振り向いて、後を追ってくる電磁浮遊カメラに向けて立体画像ディスプレイを掲げ、反対派の象徴になりつつあるメッセージを見せつけると、電磁浮遊カメラを操作しているテレビ局員が、そのメッセージを画面いっぱいに拡大して捉えた。その映像はインターネットを通して配信され、視聴者の意識に突き刺さっていく。

 我々は、アンドロイドに仕事を奪われる。そして、あなたも。

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