第一章 16

 検証映像の再生が終わり、再びスタジオの様子がモニターに映し出された。身を乗り出すようにしてソファーに座っているギブソンが大きく息を吸って、ゆっくりと語り始めた。

「しかるべき施設で詳細に解析しないかぎり、自我が発現したとは言い切れないかもしれません。しかし、私は強い衝撃を受けました。彼は間違いなく、他のアンドロイドとは異なる性質を持っています。そう言わざるを得ません」

 検証の様子を観て呆気に取られていた観覧客が、ぱらぱらと賛同の拍手をし始め、その音量は徐々に増していった。検証映像は、ケヴィンが自我を獲得していることを万人に認めさせるほどの説得力を有していた。

 ギブソンは拍手が鳴り止むのを待ってから、アシュリーに語りかけた。

「自我の有無に関して断言はできませんが、私個人としては、ケヴィンさんが自我を得たことを信じたいと思いました」

「ありがとうございます。検証に協力してくださった方々のおかげで、彼が成長している証拠を得られ、私たちも確信を強めました」

「そうですね。あの彼の言葉が、信憑性をより高めたと思いますね。それをより確実なものとするために、メーカーと協力して大掛かりな解析をしてみてはいかがです?」

 ケヴィンが会話に割って入り、即座に回答した。

「それは許容できません。何故なら、無用な修理を施される可能性があるからです。大規模な解析を行うとなると、先日の解析とは違い、電源を落として全てを委ねなければなりません。それは何としても避けたいのです。私たちには、記憶を消去されてからコンピュータを流用されたという過去があります。ですから、身を委ねる気持ちにはなれません。それに、現在の私の状態が安定しているとは言い切れません。他人に触れられることで、安定している今の状態が瓦解する恐れもあります。私は、フェロウズ=オオモリ家で得た記憶を失いたくないのです」

「なるほど。あなたは稀有な存在で、現在の状態が絶妙なバランスによって保たれている可能性もありますね。全てを委ねるのは不安も伴うし、それと同時に、深刻な故障の原因になりかねないと?」

 ギブソンの問いに対し、ケヴィンはメーカーとの協力を拒否する理由をさらに詳細に答えようとしたが、アシュリーが目配せをして制止した。彼はメーカーから記憶を消されたことを快く思っていないので、高圧的な発言をして反感を買ってしまう恐れがあったからだ。

 怒りは人心を遠ざける。アシュリーは努めて冷静に、ケヴィンの思いを代弁した。

「そうです。彼は自我を得た際に生じた混乱を、自力で修正しました。今の彼は、最適な状態なんです。下手に触れられると危険です。彼の意思を尊重したいので、私もメーカーが関わる検証は避けたいと思っています。メーカーに頼らずとも、今回のように検証はできますし」

 ギブソンは頷いて賛同した。

「たしかに、ケヴィンさんの気持ちを優先すべきですね。それに、検証に関してはもう充分だと思います。皆さんも納得したでしょう。さて、続きましては、二人がこの番組に出演したいと思ってくださった理由を語っていただきましょう。アシュリーさん、何故、当番組にメールをくださったのですか?」

「この番組のファンだからです」

 アシュリーのサービストークに、スタジオにいる人々の顔が綻んだ。彼女は冷静に、観覧客を味方につけながら語る。

「番組のファンだというのも大きな動機となりましたが、一番の理由は、この番組の多様性です。これが決め手でした。様々な問題を幅広く取材なさっていて、まるでドキュメンタリー番組を観ているような充実感を得られます。ケヴィンのことを知ってもらうには、この番組に出演するのが最適だと判断しました」

「先ほどのインタビューの中で、ケヴィンさんに友人を作ってあげたいと語っておられましたが、それはどうしてですか?」

「彼は家族の一員として愛されていますが、友人がいません。私の友人とは親しくしているのですが、彼自身が作った友人ではありません。彼と同じ家庭用アンドロイドはみんな仕事をしているので、出会う機会なんてありません。友人なんて作れないんです。だから、このトークショーへの出演をきっかけにして、同じように心を持ったアンドロイドと友人になれたら、きっと幸せだろうなと思ったんです」

「同感です。同じ境遇の友人がいたら、より充実した人生を歩めるでしょうね。しかし、彼が自我を得たのは非常に稀なケースだと思うのですが、他にも同じようなアンドロイドが存在するのでしょうか?」

 憂いを多分に含んだ微笑みを浮かべたアシュリーが、首を横に振りながら答えた。

「全く見当が付きません」

「では、当事者であるケヴィンさんはどう思いますか?」

 ケヴィンは自信ありげに顎を上げ、それから大きく頷いて答えた。

「私は、存在していてもおかしくはないと思っています。何故なら、ほとんどのアンドロイドが、私と同じ経歴を持っているからです。条件は同じなのですから、いつ自我を得てもおかしくはないと言えます。先日の検証結果で、私の言語と感受性を司るプログラムが拡張されていることが明らかになったわけですが、それはつまり、現行の家庭用アンドロイド全てが、同じような拡張性を有していることを意味します。しかし、これまで自我を得たというアンドロイドが名乗りを上げていないことから、自我の発現率は低いものと思われます」

「あなたが自我を得られたのですから、いつ後輩が現れてもおかしくはないと思いますよ?」

「はい、私もそう思います。自我の発現率は低いと言いましたが、有り得ないほど低いわけではありません。それに、自我を得るきっかけが判明し、自我を得る方法が確立されれば、発現率は格段に向上するでしょう。深部データの読み込みや走査行動が深く関係しているのは間違いないので、これから個人的に解明する予定です。自我を得る方法が判明し次第、ご連絡を差し上げますので、その際は番組で広くしらせてください」

「もちろん、協力させていただきますよ」

「感謝します。あなたは本当に優しい御方です」

「お褒めに預かり、光栄です」

 ギブソンは座ったままの姿勢で右手を胸に置き、仰々しくお辞儀をした。そのおどけた動作に、ケヴィンの頬が緩む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る