得たもの 失ったもの 2


 蓮華達が洗面所から戻ってきたところで、僕もリビングへ。ベッドの前に腰掛けると、水月が降りてきて左隣を陣取った。そして僕の左前にすみれさんが。一歩遅れて、右前に蓮華が正座する。その表情には不安があった。


「何かあったの?」

「母様から電話で……葵が、行方不明のままらしくて。スマホも電波の届かない場所にあるみたいで、本家の方は『葵が神隠しにあった』って大騒ぎになってるみたい」


 昨日の出来事以降、蓮華からは王子様の仮面が外れ、口調も昔のそれに戻っていた。不安もそのまま表情に出ていて、心配が伝わってくる。

 それを払拭するように、水月が微笑んだ。


「ああ、そのことなら心配するな。アオイは同胞と共にある。暫くして事態が落ち着いたら、一緒に戻ってくるだろう。同胞は、アオイを護る為に彼女を連れて行ったのだからな」

「ど、どういうことです?」

「神は執筆者が想像するものだ。『かくあれ』と周囲が望み、執筆者がそれを叶えたとしても、その根底には執筆者の望みが反映されている。儂やすみれがそうであるように、何かあれば執筆者を最優先にする訳だ。同胞は御神家の神ではなく、アオイの神なのだからな」


 言われてみれば――だ。

 いくら御神家が神の力をコントロールしていたとしても、執筆者と神の間にある関係性までは手を出せない。

 それが大きな誤算となり、四百年以上に渡る、神との歴史の終焉を招いたのだ。


「だが、同胞は葵の全てを把握していた訳ではなかったようだ。蓮華の母の話にあったように、御神家側に都合よく想像されていた結果、必要最低限の接触しかしていなかったらしい。

 しかし、予期せぬ要素が三つあった。

 一つ目は、ナオトだ。蓮華のそばにナオトがいたことで、蓮華は本家が与える『御神家の人間』としての運命から外れる行動を多々取るようになった。

 二つ目は、蓮華だ。ナオトの影響があり、駄目だ、と言われても蓮華はアオイのところに遊びに行くことが出来た。そんな蓮華からナオトの話を聞いて、アオイは恋というものの存在を知ってしまった。

 そして三つ目は、それによってアオイが自らの恋を自覚したことだ」


 恋。

 思ってもいなかったその言葉に、僕達は驚くしかない。

 水月が難しい顔で言葉を続けた。


「親や親族から教えられる恐ろしい神、おんかみさま。それは人を罰し、時に御神の人間相手でも厳しく当たる。故に本来であれば、巫女はその存在に畏怖するはずだった。――だが、アオイは焦がれてしまった。彼女の持つ、元来の被虐性故に、な。それが『おんかみさま』に対する想像に変化をもたらした。

 結果、二人の関係性は、御神家の定める神と執筆者という厳格さを維持したまま、歪んでいった。同胞はより厳しくなり、アオイはより畏縮し、従順になっていった訳だ。

 はたから見れば、二人は御神家の理想だっただろう。だから、周囲は何の疑問も挟まなかったようだし、本人達も明言したことはなく、無意識だったようだ。だが、昨晩全てが明かされた。御神家の真意。アオイの現状。そして、彼女の秘めたる想い。故に、同胞はアオイを連れ去ったのだ。アオイを護り、彼女の想いに応える為に」

「「……、……」」

「少女は理想の神を想像した。そして神はそれに応え続ける。これからもずっと、な」


 いつか、運命の人が――なんて。

 誰もが一度は考え、ありえないと否定する想像が、現実に具現化したようなものだ。

 思わず蓮華を見ると、彼女は困惑しつつも、水月を見つめた。


「では、葵は自分の意思でおんかみさまと一緒に?」

「ああ。蓮華としても、思い当たる節があるんじゃないか?」

「……。言われてみると、確かにあの子には、そういう被虐的なところがありました。ですが……」

 困惑を隠せない様子で、蓮華が呟きを漏らす。その時、すみれさんの髪が、風もないのにふわりと舞った。





「ごめんなさい、かみさま……。葵は悪い子です。ですから、葵に罰をお与えください。今日も、明日も、ずっと……」





「すみれさん?」

「ちょっと電波が……。……えっと、心配いらないと思います。今、凄いものが見えたので」

「え、一体何が見えたんです?」

「んーと……」

 すみれさんが恥ずかしそうに言う。

「おんかみさまと、元気そうな葵さんと……乱舞するハートマーク、です」

「マジですか」「嗚呼……」


 驚く僕の隣で、蓮華が天を仰いだ。


「わ、私は家にどう報告すれば……」

「放っておくのが一番だろうな。同胞には悪意などない。アオイに求められる限り、それに応えるだけだ。精神的にも――肉体的にも」

「で、ですが……」

「ならば蓮華、こう考えてみろ。――食料の心配のない無人島にナオトと二人きりで放り込まれたら、蓮華はどうする?」

「――帰りません」

「それが答えだ」

「うぅ……」

「蓮華、即答しといてダメージ受けないの」

「だってぇ……」


 蓮華が僕のベッドに突っ伏し、頭を抱える。僕は苦笑しながら、その頭を軽く撫でた。


 今にして思うと、蓮華の王子様キャラは、葵が作り出した――御神家に『かくあれ』と与えられていたものだったのだろう。なのに、蓮華が『おんかみさま』の運命操作について知らなかったのは、近くに僕がいたからだ。

 他の執筆者に余計な情報が渡らないように、蓮華は御神家の秘密を知らされていなかったのだ。だから蓮華は、あの御神の血を引きつつも、他人を損得で計らない性格になっている。

 そう。素の蓮華は、腕っ節が強いだけの、普通の女子高生なのだ。


 ……ただ、僕も内心ではショックを受けている。

 昨日からタイムラインに現れていない三つ葉さんは、バッドエンドを好む人だった。その創作傾向の根底にあるものが、彼女の境遇に起因していたのだとしたら、それほど悲しいものはない。

 でも、彼女の取り巻く状況は、大きく変わったのだ。

 今までずっと抑圧されていた分、愛する人と存分に楽しんで欲しいと思う。

 十六年分、たっぷりと。

 そうして満足して、こちらの世界に戻ってきたら、新しい作品を書いて欲しいところだ。

 バッドエンドの作風が続くのか、或いは大きく変化するのか。期待して待っていようと決めた。


「けど、あの短時間でどうやって説明したんです? 水月は、僕が知っている以上のことは――あ、すみれさんは何でも解ってるんでしたっけ」

「はい。壁を壊して結界が緩んだ瞬間に、この星の情報を全部取得出来ましたから。それと、氷雨さんが倉庫へと電話をかけたことで、そこにいる人達の物語も紐解けました。そうして得られた情報を圧縮して、おんかみさまにお渡しした訳です」

「圧縮……?」

「神様ですから。人間だと発狂するくらいの情報量でも、全然平気なんです」

 笑顔で凄いこと言うなこの人……。

「筒抜けですよ?」

「そうだった!」


 何のことはない。以前から、すみれさんは僕の心を読めていたのだ。それまでは無意識だったものが、神として繋がりなおしたことで完全となり、水月と同じように筒抜けになった、という訳だ。

 水月にはバレても平気な思考でも、すみれさん相手だと妙に恥ずかしい。気を付けないと。

 そう思ったところで、蓮華が顔上げ、すみれさんを見た。



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